序章 四話 かくしごと

【かくしごと】

 親の顔を見たことはない。朝起きて外に出ると、一日分の小さなパンが置いてあった。

 言葉はずっと一緒のセキセイインコに。教養は小説に。どれも、見栄を張って隠した私のすべて。




大人と子供の全面戦争。一人の少女の未来を懸けた戦い。

それが、「武器を持たない国」の小さな村が一夜で滅んだ原因だった。

全ての始まりは、七つになったばかりの少年が「近づいてはならない」と口酸っぱく言われていた林の中に、たった一人で踏み入ったあの日。



俺は、あの日のことを忘れはしない。

幸せにさせてやりたかった彼女が、さらに不幸になる始まりの日を。俺たちの出逢いの日を。



大人たちがこぞって入ってはいけないという理由がわからなくて、小学校の帰り道に鬱蒼とした林に飛び込んだのだ。

『大人たちは「この小さな村は森や林と共にある」と言うのに、なぜあの林だけはいけないのだろう。』

小さな子供がパンドラの箱を開ける理由は、それだけで十分だったのだ。



彼女は林をしばらく進んだ先の、等間隔に植えられた手入れがされていない低木でできた塀の先にいた。


等間隔に並んだ低木を見たとき、俺は「ここに大人たちが大事に隠しているお宝があるに違いない」といった、母親が高いところに隠した少し高価なお菓子を見つけた時のような感覚で、低木の根元の枝のないところを潜り抜けてしまったのだ。

長らく手入れがされていないことが分かる低木の先には、古びた教会が建っていた。

それを見た俺は、子供の間で流れた怪談話にあった、「昔街に出た村の女性がキリスト教の宣教師を連れて帰ってきたが、気味悪がられてその女性と宣教師は殺されたらしい。そしてその二人が建てた教会が村の近くの森の奥にあるらしい」というものに出てくる教会だと察し、まずは珍しい石造りの教会を外から一周見ることにした。――断じて血の跡やお化けを見たくなくて外観だけで我慢しようと思ったわけではない。


教会の周りを回り始めて十分ほどたっただろうかという頃に、俺は先ほどまでより視界が広いことに気がついた。

どうやらいつの間にか教会の裏手近くまで来たようで、協会の奥には様々な野花が一面に広がる広場が見えた。小さな村でこんなにたくさん花が生えている場所は秋の田んぼくらいしかなかったので胸が弾んだ。俺は教会の外観を眺めるのを一旦やめて広場の真ん中の方へ行こうと足を踏み出して、それ以上動けなくなった。

なぜなら、広場の真ん中で同い年くらいの少女が動物たちと戯れていたからだ。


俺の父親は狩猟を趣味にする。それ故にいくら気になっても近くへ行くのは憚られたのだ。父が彼女の友人を奪い、俺は彼女の友人を食べていたのだから。それも一度ではなく、何度も。そのくせ彼女と一緒に動物と戯れる自分の姿を妄想してしまった自分が、とても汚いものに感じて、足が動かなくなったのだ。


俺は教会の影で彼女たちから見えない場所にしゃがみこみ、そっと彼女を見守った。

大人たちに隠されるように存在する幽霊屋敷のような教会の庭で遊ぶ少女。俺と同い年のように見えるのに村で一度も彼女の顔を見たことがないことを思うと、大人たちが隠していたのは教会ではなく彼女のことではないのだろうかという憶測が頭に浮かんだ。

否、いつも優しい村の大人たちが俺と同い年の女の子をこんな所に隠すわけない。と、憶測を振り切ろうとするも、一度浮かんでしまった嫌な憶測は俺の頭から離れてくれない。

『もしかして彼女は、宣教師と一度街に出た女性の子孫だったりするのだろうか』



こうして彼女の特徴的な髪の色と瞳の色の理由ができてしまったのである。


一秒ごとに増えていく大人たちへの不信感に、俺は顔から血の気が引くのを感じた。

『このままではいけない』と、頭の良い友達に助けを求めようと、慌てて立ち上がった。

俺の腰の丈程ある雑草が、手入れのされていない低木が、大きな音を立てた。



人が近づくだけで逃げてしまう動物たちが気づかないはずもなく。


「だれ?」

小さな、猫の首につけた小さな鈴のような彼女の細い声が、他でもない俺自身に向けられて発された。




あの出来事から三年が経った今日。

彼女は、村の中心で磔にされている。

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