序章 三話 幕開き

【幕開き】

 緞帳が上がっていく。もう役者の招待は始まってしまった。

 あの悲しみを紛らわせるような笑顔の理由をつくったわたしを、わたしは許すことはないだろう。




「ん、」

目を覚ますと、ぼくはコットンのようにふわふわとした物の上に寝転がっていた。

おかしい。病室のベッドはこんなにふわふわしていないし、枕元には携帯ゲーム機が転がっているはずだ。

その上、たとえ今が深夜だとしても暗すぎる。病室ならば廊下から暗いオレンジ色の光が漏れてきたり、カーテンの隙間から目の痛くなるような白や赤といった街の光が鬱陶しいくらいに入ってきたりしているはずなのだ。


もしかして、これもあの変な黒紫のせい?


ぼふん。ふと浮かんだ嫌な推測を振り払うように、いつもよりもふかふかしているような気がするベッドに体を沈めた。

何もかも、ぼくの知ったことか。

たとえここが夢の中でなかったとしても、今すぐに脱出しなくてはならないような場所だとしても、関係ない。

親も友人も見舞いに来ない、ぼくが自殺することを防ぐためだけの病室になど帰る必要はない。

……眠っているうちに死ぬことができるのなら、それこそ願ったり叶ったりというものだ。

「どうか、ぼくがきづかないようにころしてください」

ぼくはまた、ふて寝をするように目を瞑った。



真っ暗な夜。寒さをしのぐために、先刻まで同じ村で暮らしていた人たちだったモノの中で眠った。そんないつかの日のように体は生暖かく、顔は冷たい北風が頰を撫でて……。


いつからかべっとりとこびりついていた、どの作品のものかもわからない物語。

――それに出てくるさみしい夜のようで。

――すべてが似ていて。

もう思い出せないくらいに疎遠だった雨水が一雫、頰に小さな川をつくってベッド(死体)を濡らした。



――あの日の炎が、あの日のアカが、翌朝の赤と青の境界線が。

遠くで、ぼくが其処に留まることを拒むように。手を振っているような気がした。

ぼくを乗せた車が、街へ。すべてがなくなった村から、街へ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る