第54話 レノルと魔王復活(2)

 こうして神絵師になるべく、絵の猛特訓をすることになった私。


 まず最初にやったのは、町に出てデッサンや絵画の本を買うこと。

 田舎町なので品ぞろえは悪いですが、何とか美術の本を手に入れると、私は来る日も来る日も、絵を模写しました。


 そんなある日、行商人が神殿にやって来ました。


「おや、人影があると思ったら、この神殿にもついに新たな神官さんがやってきたのですね!」


 小太りな行商人はケラケラと笑います。

 彼が言うには、長い間この神殿には人が住んでいなかったとのこと。人里から遠く離れており、何をするにも不便なので分からなくもりません。


「何か必要なものがあったら言ってくださいね。街まで行って取り寄せますよ」


「そうですか。でしたら、絵画にまつわる本は無いですか? 絵を上手く描くコツが描かれている本だとありがたいのですが」


 尋ねると、行商人は首を傾げます。


「おや神官さんは絵を嗜まれるのですか?」


「い、いえ。子供がですね」


 慌てて口からでまかせを言うと、行商人はキョトンと目を丸くしました。


「子供?」


「はい。ここで身寄りのない孤児を引き取って育てているのです。ですが体が弱くて外で遊べないので、彼の好きな絵が上達するような本があればと」


「ああ、それならば」


 私の咄嗟の言い訳を真に受けた行商人は「可愛い女の子を描くコツ」「萌えるイラスト入門」などの本を荷物の中から取り出しました。


「これなんか人気ですよ。今売れ筋の本です」


 私はその時に初めて「萌え絵」という物を知りました。


 初めに見た時は目も大きく、胸や太ももが強調されていて異様だと感じましたが、売れていて人気だというし、これが今風の絵なのだろうと納得し、とりあえずその本を買ってみることにしました。


 その日から私は萌え絵とやらの模写を始めました。


 初めは異様だと思っていたのに、見慣れると可愛く見えて来るので不思議です。


「厚塗り……アニメ塗り……塗りにも沢山あるのですね……」


 沢山のイラストを見ているうちに、次第に私は自分好みの絵柄やお気に入りの絵師も見つけました。


 そして本の中に出てくる、最新の魔道具にも興味を惹かれました。


 「絵画版」というその板は、鉛筆や筆がなくてもそれ一枚で絵が描けるというのです。


 早速私も絵画版とやらを手に入れ使ってみることにしました。


 すると、わざわざ紙を無駄にせずとも絵が描けるし、間違えた線を消す時も、消しゴムで紙をこするより綺麗に消えるので便利だということに気が付きました。


 他にも多種多様なブラシや色を使うことができたり、レイヤー分け機能や、乗算や加算、オーバーレイなる便利な機能を使えたりすることも分かりました。


 しかも描くのに便利だというだけでなく、自分の描いた絵を世界に発信できるのが絵画板の大きな特徴です。


 魔法によって作り出された幻想空間に自分の絵をアップすれば、世界中のどこに居ても見られるのです。


 魔法技術の進歩が目覚しいとは思っていましたが、まさかここまで進んでいるとは、驚くばかりです。


 こうして私の描いた絵は、幻想空間を通して世界に発信され、沢山のいいねやブックマークを貰い、他の神絵師たちとも交友を持つことができました。


 そして自分の絵に自信がついてきた頃、私は魔王様の顔を作るのにもう一度チャレンジしてみることにしたのです。


「できたか?」


「はい、できました! ですが……」


 私は目の前の顔を見ました。


 そこに居たのは、紛れもなく魔王様――ではなく「私の考えた最強の美少女」でした。


 何しろ学んだのは萌え絵でしたので、私はすっかり美少女しか描けなくなっていたのです。


 慌ててもっと男に近づけようと頑張りましたが、どう足掻いても中性的な美少女にしかなりませんでした。


 でも見慣れてくると、不思議なことに、成人男性の顔より美少女の顔の方がしっくりくるような気もしてきました。背も低くて可愛らしいし、むしろ美少女で何か悪いことがあるでしょうか。いえ、美少女の方がいいに決まっています。


 私は開き直って言いました。


「あの、魔王様。以前とは顔が違ってしまいましたがよろしいでしょうか?」


「違うとは、どのように違うのだ?」


「その……以前より子供っぽいと言いますか……しかし、今の体のサイズ的には成人男性の顔よりこちらの方がしっくりくるかと」


「うむ、それは構わん。お前に任せた」


 私はホッと息を吐くと、呪文を唱えました。すると魔王様の顔は光に包まれ、口が裂け、鼻が盛り上がり、眼球と髪の毛が生えてきました。


「おお……」


 思わず感嘆の息を漏らしました。私の絵を元に作られた魔王様の顔は、想像以上に可愛らしかったのです。


「ふむ。顔はだいたいできたか? レノル、鏡を」


 子供らしいボーイソプラノが部屋に響きます。以前とは違う高い声でしたが、不快ではなく、むしろ好ましいと感じました。


「はい、魔王様」


 手鏡を渡すと、魔王様はじっと鏡に映った顔を見つめました。


「ど、どうでしょうか」


「ふむ、確かに以前とはだいぶ違うが……」


 魔王様はふわりと笑いました。開いたばかりの花弁のように柔らかく瑞々しい笑顔です。


「これはこれで良いではないか。美しい」


「……! ありがとうございます」


 てっきり美少女すぎると文句を言われるかと思っていたのですが、意外にも魔王様は私の作った新しい顔を気に入られたようでした。


「外の景色を見るのは久しぶりだ」


「そうでしょうね。外は月が綺麗ですよ」


 私がカーテンを開けると、魔王様は夜空に浮かぶ月を食い入るように見つめました。


「……ああ。綺麗だ」


 静かな夜の光に照らされる、魔王様の美しい横顔。


 魔王様が復活して良かった。

 私は心からそう思いました。


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