番外編② レノルと魔王復活(レノル視点)

第53話 レノルと魔王復活(1)


「君、外はずいぶん雨が降っているよ? 田んぼの様子を見てこなくてもいいのかい?」


 がそんな事を言ったのは、単なる偶然だったのでしょうか、それとも何かを察知したからだったのでしょうか、


「いや、すぐそこまで勇者が迫っているのに、そんな事をしている場合では」


「いいからいいから。この天気じゃ勇者たちもすぐにはここにはこれないよ。それに、転移の魔法陣を使えばすぐに戻って来れるし」


 今となっては真相はわかりませんが、の押しがいつもに増して強かったので、私は渋々城の外に出ることにしたのです。


「何かあったらすぐに呼んでくださいよ?」


 雨合羽を被って念を押します。


「ああ、勿論だとも」


 だけど私が城を出て程なくして、魔王城は木っ端微塵に吹き飛んだのでした。


 見たことのないような眩しい光と、轟音。


「……マジですか」


 私は跡形もなくなった城を見上げ、途方に暮れるしかありませんでした。





「……魔王様、魔王様!」


「レノル、お前か?」


 それから二ヶ月後、肉片に成り果てた魔王様がようやく返事をしました。


 目も口も無い肉の塊が、どうやって返事をしているのかは分かりませんが、恐らくテレパシーのようなものを使っているのでしょう。


 私は目の前のピンク色の物体を見つめました。


 無残な姿になってしまった魔王様。だけれど私は、魔王様の意識があり会話ができる、それだけで嬉しく思いました。


 魔王様は「核」さえ無事であれば何度でも復活すると教わってはいましたが、実際に復活する所を見た訳では無いので、半信半疑だったのです。


「レノル、俺はどうなったのだ?」


 魔王様に尋ねられ、ギクリとします。

 本当の事を言うと、魔王様はショックを受けるかもしれません。


 ですが嘘をついても仕方がないので、魔王様を動揺させないように、できる限り冷静に今の状況を説明しました。


「電磁魔導砲で城ごと木っ端微塵になりました。文字通り粉々です。ですがさすが不死身の魔王様ですね。このような肉片になられても生きているとは」


「そ、そうか」


 少し困惑したような声。私は魔王様を元気づけるために言いました。


「大丈夫ですよ、すごい勢いで再生してますから。残りのパーツもすぐに私が見つけて差し上げますから、ご安心ください。」


「そうか。それなら頼んだぞ」


 安心したような声。

 そしてそれっきり、魔王様は返事をしなくなりました。おそらく眠りについたのでしょう。


 さて、魔王様と約束をしてしまった以上、何とかして魔王様の残りの肉片を手に入れて元に戻さなくてはなりません。


 だけれども、魔王様の体を探すのは容易なことではありませんでした。


 何しろ粉々でしたし、翌日には人間による規制が敷かれ、魔王城の周りは立ち入り禁止になってしまいました。


 それでも私は、関係者や研究者に化けたり、夜間に警備の目を掻い潜っては肉片を集めました。


 魔王様の体を持ち帰った人間を襲って力づくて魔王様の体のパーツを奪ったこともありました。


 そのかいあって、魔王様の体はだいぶ人間らしくなってきました。


 しかし、ただ一つ重要な部分が魔王様には欠けていました。


 魔王様の首です。


 それに他の四天王の死体や魔王様の愛剣、邪王神滅剣の行方も分からなくなっていたので、私はそれらと一緒に魔王様の首の行方を必死になって探しました。ですが、どういう訳か見つかる気配もありません。


 しばらくして、勇者が魔王様の首を持ち帰り戦利品としているという噂が耳に入ってきました。


 さすがの私でも、一人で勇者の家に押し入るほど無謀ではありません。


 なんとか魔王様の頭部を復元できないか調べていると、さる魔法書にその方法が記されていました。


 曰く、肉を粘土細工のようにこねて頭の形にし、目と鼻と口を作ってやれば、きちんと頭として再生するのだとか。


 私は魔法書を信じ、早速魔王様の頭を作ってみることにしました。


 肉をこねて卵形の顔を作り、彫刻刀で削ると、草花の汁を使い、魔王様の顔を描いていきました。


 ですが――


「こ……これは」


 私は出来上がった魔王様の顔を見て絶望しました。


 丸くポッカリと空いた不気味な目、不格好な鼻、歪んだ口元――


 な……なんだこれは!?


 気味が悪い!!


 そこにいたのは、まるで子供が左手で描いたかのような、いびつな顔の魔王様でした。


 私には、絶望的なまでに絵のセンスが無かったのです。


「レノル、どうしたのだ?」


 怪訝そうな魔王様の声。


「……いえ、そ、その、ほんの少し失敗したようです」


 慌てて水で草木の汁を洗い流し、肉をこねて卵形の肉片に戻します。


「……すみません、まだ時期が早かったようです。その、顔を作るのはもう少し後でも構いませんか?」


 のっぺらぼうになった魔王様に笑いかけると、魔王様は特に疑うことなく頷きました。


「ああ。お前の好きにするといい」


「ありがとうございます」


 私は自分の部屋に戻ると、慌てて紙とペンを取り出し、人物画の特訓を始めました。


「魔王様の顔……魔王様の顔……どんな顔でしたっけ??」


 記憶の中から魔王様のお姿を引っ張り出し、必死になって再現しようとしました。

 ですが、いくら書いても納得するような顔は描けません。


「……だめだ! もっと絵のセンスを磨かなくては!!」


 私は怒りに任せて下手くそな絵の描かれた紙を丸めると、ゴミ箱に投げつけました。


 そしてふと窓の外を見ると、外はもう真っ暗で、暗闇の向こうには、ポッカリと丸い月の光が見えました。


「今夜は満月だったのですね。綺麗な月です」


 私は窓を開け月を見上げました。

 荒んだ心を浄化してくれるような、静かで美しい光。


 私はこの美しい月を、魔王様にも見せてあげたいと思いました。


 だけれど、私が絵が下手なばっかりに、魔王様には目も鼻も口も無く、月を見ることさえできないのです。


 このままではいけない。

 頑張って、上手く絵を描けるようにしなくては。魔王様の顔を再現出来るような絵師にならなくては!


 心の中で宣言して、机に向かいます。

 私の胸の中では、小さな炎が燃えていました。


 こうして私は、絵を猛特訓し――神絵師になることを誓ったのです。



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