第50話 魔王様と身体測定(4)

 カナリスが、二人いる!?


 口をポカンと開けながら二人のカナリスを見比べていると、トイレから出てきたほうのカナリスがふふっと頬を緩めて笑った。


「紹介するね、こちら僕のお兄様のセキレイだよ」


「セキレイ・キーリストンです! よろしくね、マオくん」


 セキレイは僕の手を握ると上目使いで見つめてくる。


 なるほど。そういえばカナリスには双子の兄がいるとか言ってたな。


 俺はピンクのドレスを着ていた双子の兄の姿を思い出す。


「じゃ、じゃあ君がカナリスのお兄さん? もしかして身体測定の時も!?」


「ぴんぽーん! 僕たち、入れ替わってたんだぁ」


 きゃは☆とウインクするセキレイ。何だか妙にテンションの高い奴だ。


「なんだ、そうだったんだ」


「うん。流石にカナリスの裸を男の子たちの前に晒すわけにはいかないしね」


 セキレイは髪の毛に手をかけると、被っていたウイッグを外した。


 短い金髪の下から、長い金髪が溢れ出す。

 どうやら本当は長髪なのに、カナリスに変装するためにショートカットのウイッグを被っていたらしい。


「はー、スッキリした。やっぱりこっちの方が落ち着くね。男装は疲れる!」


 髪をまとめていたピンを外し、頭をブルブルさせるセキレイ。


 ロングヘアーになったセキレイは、まるでお人形さんのよう。どこからどう見ても可愛らしい女の子だ。


「元から男でしょ?」


 カナリスがツッコミを入れる。


「そうだけどぉ! やっぱり髪が短いのは僕らしくないってゆーか!」


 プリプリ怒るセキレイ。


「ねっ、君もそう思うでしょ?」


 セキレイは、いたずらっぽい目で俺の顔を覗き込んでくる。


 カナリスと同じ、澄んだブルーの吸い込まれそうな瞳。


 長い金髪はウイッグを被っていたせいか、少しペちゃんと潰れている。華奢な手脚に薄い胸。


 男と女の中間みたいなアンバランスさに、少しドキドキする。


「う、うんそうだね。髪が長い方が可愛いと思うよ」


 苦笑いすると、セキレイは俺の髪に触れてきた。


「君も髪、長いよね。ていうか髪キレー。サラサラ!」


 至近距離で髪を撫でてくるセキレイ。ち、近い!


「う、うん。まぁおまじないみたいなものかな。髪の毛には魔力が宿るっていうし」


「ふぅん? ていうか体も華奢だねー」


 今度は俺の体をぺたぺたと触ると、セキレイは満面の笑みで言った。


「ねっ、女装してみない?」


「は?」


 思わず凍りつく。

 女子寮に潜入する訳でもないのに、なんでまた女装しなくちゃいけないんだよ!


 ……いや、待てよ?


 俺はチグサに渡された紙袋をチラリと見た。


 これは、カナリスに女装をさせるチャンスなのでは!?


「あ、そうそうマオくんが女装姿なら」


 カナリスが投影機を取り出す。


「ほらっ」


「ほうほーう。いいね。でも僕は君が女装した所を生で見たいんだよ! ほら、あそこに僕が着てた私服があるし、君なら入りそう」


 俺の服を無理矢理脱がそうとするセキレイ。


「ちょ、ちょっと待った!」


 脱がされかかった制服を慌てて直す。


「女装してもいいけど、条件がある!」


 俺は紙袋をカナリスに押し付けた。


「カナリスに、これを着て欲しい!」


 カナリスが紙袋の中を確認し、困った顔になる。


「これは、女子の制服?」


「うん。実は新聞部の子に頼まれちゃってさ

。カナリスの女装姿を撮ってきてほしいって」


 カナリスは予想通り、少し困ったような顔をする。


「うーん、でもこんなのを着たら女だっていうのがバレちゃうかも」


「そっかぁ」


 俺が下を向くと、セキレイがカナリスの手から紙袋を奪った。


「じゃあこれは、僕が着るよ! ふふーん、ここの制服、着てみたかったんだぁ」


 満面の笑みを浮かべるセキレイ。


「うちはセーラー服だけど、ブレザーも可愛いよね。このローブもいかにも魔法学園って感じだし」


 セキレイは着ている服を脱ぎ捨て、いそいそと着替えだす。


 ま、いっか。セキレイはカナリスと同じ顔だし。


 でもカナリスにも女子の制服を来て欲しかったから、残念といえば少し残念だけど。



「着替えたよー。どう? えへへ、可愛い?」


 女子の制服を着たセキレイがクルリと一回転する。


「うん、可愛いよ。撮っていい?」


「どうぞー!」


 ウインクしてピースサインをしたセキレイを念写像しゃしんに収める。


「うん。可愛い可愛い」


 上目使いや振り向きざま、四つん這いになった念写像しゃしんを次々に撮る。


 セキレイはかなり写り慣れているようで、どの念写像しゃしんもバッチリ可愛らしく写っている。


「すごい。どれも完璧に女の子にしか見えない」


「えへへーでしょ?」


 嬉しそうにするセキレイ。

 だけど……俺は身体測定の時の事を思い出した。


 カナリスのことを女子だと疑っている生徒は他にもいるかもしれない。

 だとしたら、あまり女子っぽい念写像しゃしんを広めるのは良くないのでは?


「そうだ、胸元とかちょっと開けてみたらどうかな。胸がぺったんこだって分かれば、カナリスの事を女子だと疑う奴も居なくなるだろうし」


「了解っ!」


 セキレイはペタンと床に座ると、胸元のボタンを開けていく。少し火照った滑らかな白い肌が露わになる。


「どう? こんな感じ?」


 頬を赤らめるセキレイ。潤んだ瞳が俺を捕える。解けかけのネクタイ。靴下が少しずり落ちる。見えそうで見えないスカート丈……


 待って。胸はぺったんこで男の体なのに、なんでこんなに卑猥なんだ!?


「ふふ、マオくん照れてる? 男の子の体に興奮するなんてエッチだね♪」


「ち、違うよ!」


 ドキリと心臓が鳴る。全く、人のことを変態みたいに言うな!


「ほら、もう撮ったからボタン閉めていいよ」


「ちょっと見せて」


 俺の撮った念写像しゃしんを確認するセキレイ。


「うーん、これは……」


 セキレイの顔が真剣そのものになる。


「ちょっと学園新聞に載せるには刺激的すぎかなっ! 袋とじだねっ」


 ニッコリと笑うセキレイ。


 ……学園新聞に袋とじなんてあるのだろうか。大いなる謎である。

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