第49話 魔王様と身体測定(3)

「男子生徒が女子寮に立ち入るのは校則違反ですよね?」


 チグサが目をキラリと光らせる。


 や、ヤバい。女子寮に潜入したことがバレてる!


「い、いや、それは……」


 何とか上手い言い訳は無いかと考えていると、チグサは俺の頬をムニッとつまんだ。


「ふふっ」


「……へっ」


「にゃはっ! やーだなぁ、マオくんたら。そんなに深刻な顔をしなくてもいいんですよぉ!」


「ええっ!?」


 俺の頬をムニムニしながら笑い続けるチグサ。


「安心してください。私はこのことを他の人に言ったりはしませんよぉ。その代わり、私に少しだけ情報提供してくれればいーんです」


「情報提供?」


「ええ。勇者の息子にして、学園の王子様、カナリスくんについての情報です!」


 ニヤニヤしながら両手を広げるチグサ。


「チグサは新聞部なの」


 ルリハがこっそりと教えてくれる。


「新聞部……」


 新聞部がカナリスについての情報を探っている!?


 一体どうして。まさか女だということがバレたんじゃ……。


「そうなのです! 学園の王子様であるカナリスくんのことを記事にすれば、部数アップってワケなのです。にゃはは!」


 豪快に笑うチグサ。


「なんだ」


 ホッと息をつく。どうやらカナリスが女だと疑っているわけでは無さそうだ。


 でも新聞部に辺りを嗅ぎ回られるのは、俺にとってもカナリスにとってもあまりいい事ではない。


「という訳でー、何か無いですか? カナリスくんのう・わ・さ!」


「噂って言われても」


「何、そんな大したことじゃなくてもいいんです。例えばピーマンが食べられないだとか、虫が苦手だとか、小さい頃に犬に追いかけられただとか、そういう些細なエピソードで良いんですよ」


「あ、そんなことでいいんだ?」


 ホッと胸をなで下ろす。


「それだったら――ええと、カナリスは人参が苦手で、出てくると僕の皿にコッソリ避けたりするんだ」


「ほうほう、それは意外なエピソード!」


 サラサラとメモし始めるチグサ。


「あとは、そうだなぁ、寂しがり屋で、僕の帰りが遅くなると拗ねたり、あとは意外と甘えん坊で、僕の頭を撫でたり、触ったりするのが好きで」


「な、な、なんですかその話は!? これは腐った女子たちが喜びますねぇ!」


 興奮してハアハア言い始めるチグサ。何だか妙に喜んでるみたいだ。


「そんな感じでいい?」


「はい、大丈夫です! あ、あと物はついでなんですが、カナリスくんのいい感じの念写像しゃしんでも撮って送って貰えれば! はい、これ私のアドレスです」


 無理矢理俺にアドレスの書いた紙を握らせるチグサ。随分と強引だなぁ。


「それから、これ私の予備の制服なんですが、何だったらこれをカナリスくんに着せてもいいですよ!」


 チグサはニコニコとしながら紙袋を押し付けてくる。


「カナリスくんの女装姿が撮れたら発行部数アップ間違いなしです!」


 ハァハァと興奮しだすチグサ。


「ですので、是非ともお願いしますよ!!」


「う……うん」


 チグサの強引さに負けてつい紙袋を受け取ってしまう。


「では私はこれで!」


 ウインクをしながら右手を上げ敬礼するチグサ。


「くれぐれもお願いしますよーっ! でないとあなたの女装のことをバラしますからね! にゃはっ☆」


「あっ、チグサ! 待ちなさいよ!!」


 ドタバタと去っていくチグサとルリハの後ろ姿を見ながら、俺はポリポリと頭をかいた。


 ちらりと紙袋を見やる。

 どうやら俺が女子寮に忍び込んだことをバラされたくなければカナリスの女装姿を撮るしかないらしい。


 ……でもカナリス、女子の制服なんて着るかなぁ。





「ただいまー」


 結局チグサの制服を部屋に持って帰って来てしまう俺。


 チグサの頼みを断ればどうなるか分かったものではないし、それにカナリスが着たがるかどうかは別として、カナリスが女子の制服を着ているところは俺も少しだけ見てみたい気がするのだ。


「あ、おかえりー」


 ベッドに腰掛けて足をブラブラさせているカナリス。


 その姿を見て、俺は少しだけ違和感を覚えた。


「……あれ?」


 カナリス……いつもと少しだけ雰囲気が違うような。あっ、魔法の効果でまだ体が男なのか。


 俺はカナリスの体の曲線をまじまじと見た。


「な、何? 何か変かなあ?」


 困ったように笑うカナリス。


「いや、変っていうか……」


「キュウ?」


 するとカバンの中からモモちゃんが顔を出した。


「あっ、モモちゃん」


 モモちゃんはカナリスが大好きで、いつもならば服の中に潜り込んだりするのだが……今日はいつもとカナリスの様子が違うせいか戸惑っている。


「わぁっ!」


 カナリスは、俺の鞄から出てきたモモちゃんを見て大袈裟に飛び上がる。


「なっ、何なのそれ」


 ビクビクとしながら尋ねるカナリス。


 んん?


「何って……モモちゃんだよ? どうしたのカナリス、いつも見てるでしょ」


「ああ……うん。そうだね。モモちゃん……うん」


 目をそらすカナリス。


 怪しい!!


 そこへトイレを流す音がして、奥のドアが開いた。


「あれっ、マオくん帰ってたんだー。おかえりっ」


 トイレから出てきたのはカナリスだ。


 ……ってことは、えっ? あれっ??


 俺は部屋に居たカナリスとトイレから出てきたカナリスを交互に見つめた。


 カナリスが、二人いる!?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る