第27話 魔王様とレノル
俺は悩んだ末、カナリスが風呂に入っている隙にレノルに連絡をとることにした。
「あ、レノル、俺、俺」
投影機に向かって声をかけると、画面の中のレノルが怪訝そうな顔をする。
「すみません、映像の映りが悪くて、どなたでしょう。近頃街で流行るという特殊詐欺でしょうか?」
「俺だよ、魔王!」
切られたらまずいので慌てて叫ぶ。
「冗談ですよ。そう大きな声を出さないで下さい」
「お前なぁ」
全く。こんな時に冗談はやめろ。
そう言おうとしたのだが――俺は映し出されたレノルの顔を見て何となく違和感を覚えた。
いつも背筋をピンと伸ばし笑顔を絶やさないレノルが、今日は力なくソファーに寄りかかっている。いつもと違って酷く疲れているように見えたのだ。
「――お前、顔色悪いけど大丈夫か?」
「大丈夫です。ただ疲れているだけで」
俺ほどじゃないにしろ回復力の高いレノルが疲れるだなんて珍しい。
「隣国のイシアスで地震があったのはご存知でしょう?」
そういえばクザサ先生もそんなこと言っていたような気がする。
「ああ、聞いたよ」
「それで被災者のために炊き出しとか、神殿の建て直しとか、結界の貼り直しとかして、ちょっと疲れているのです。ご心配ありがとうございます」
口元に笑みを浮かべるレノル。こいつがそこまでして人間のために尽くすとは。
「凄いな。レノルが慈善活動だなんて。まるで本物の神官みたいじゃないか」
「一応私は本物の神官ですので、神官の務めは全うしなければなりません」
レノルが不機嫌そうに言う。俺は身を乗り出した。
「えっ、神官って嘘の経歴じゃないのか? 偽造免許とかじゃなくて、本物の神官なの?」
「失礼な。私は学生時代に取れる免許は全部取ったのです。正真正銘、本物の神官ですよ」
「そうだったのか。てっきり偽神官なのかと」
「イシアスは、霊峰ガロがあってアレスシアに魔力を供給する霊脈の上流にあたるんです。だからイシアスに何かがあればアレスシアにも被害が及びます。もし魔王様に何かがあったら大変ですから」
レノルによると、隣国の地震の影響で、本当にこの国の魔力は乱れているらしい。ということは、クザサ先生は嘘をついている訳では無い?
クザサ先生――
俺はあの死神めいた顔を思い浮かべる。
よく考えたら、無愛想なのはいつも通りだし、少し態度が変だと思ったけど、考えすぎだったのだろうか。
「そういえばクザサ先生がお前のことを話していたけど、知り合いなのか?」
「クザサ先生が、私のことを?」
レノルは片眉を少し上げた。
「ああ。昔ちょっと、って言ってたけど」
尋ねると、レノルは少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。
「実は、彼は私の同級生なのです。私も入学案内で名前を見てまさかとは思いましたが」
クザサ先生が――レノルと同級生!?
思わず投影機の前でポカンと口を開ける。
「えっと、一応聞くけど、クザサ先生は人間なんだよな?」
「ええ、人間ですよ。私が人間だった頃、一緒にアレスシア魔法学園に通っておりました」
レノルが人間だった頃、クザサ先生と一緒にこの学園に通っていた? 確かにレノルが昔人間だったとは聞いていたが……。
「まてよ。――ってことは、レノルって今いくつなんだ?」
尋ねると、レノルは顔をしかめて嫌そうに答えた。
「アラフォーですとだけ答えておきます」
四十歳前後?
外見だけで言えばレノルは二十代にしか見えないが、何しろ四天王だし、てっきりウン百歳はいってるものかと。
俺はレノルの顔をしげしげと見た。
「そうなのか。じゃあ魔物になってから意外と間もないんだな。親とか兄弟とかもまだ生きてるんじゃないのか?」
「いいえ、私は孤児院育ちですので、親も兄弟もいません」
「そうなのか」
レノルはうっとりと微笑む。
「心配なさらなくても、私の家族は魔王様だけですよ。私の帰る場所は魔王様の元だけですのでご安心下さい」
「そ、そうか」
なんだろうか、重い。思いが凄く重たい気がするのは気のせいだろうか。
「それで、今日私に連絡したのはどんな訳ですか? まさか私の歳を聞くためにわざわざ連絡を寄越したのではないでしょう」
「ああ、うん。それなんだが」
とりあえずクザサ先生との関係は分かった。だが他にも話したいことが沢山あって何から話せばいいのやら頭がこんがらがってきた。
カナリスや生徒会長のことと、俺を襲った謎の肉片のこと。それから邪王神滅剣のこともある。
アルバイト作戦も失敗したし、早くしないと売り切れてしまうかもしれない。ここはレノルに援助を頼むか。
俺は咳払いをすると、改まって切り出した。
「実はちょっと欲しいものがあるのだが、お金を送ってはくれないか? 三万ゴールドでいいんだけど」
レノルはあからさまに不機嫌な顔になる。
「どうやら、やはり魔王様ではなく新手の特殊詐欺のようですね。それでは」
通信を切ろうとするレノル。
「わー、待て待て! 違うんだよ、これには理由が」
レノルは重苦しい息を吐いた。
「言っておきますがね、うちにはお金なんかありませんよ。魔王様を学校に入れるだけでも大変だったのですよ。毎日毎日節約して、もやしずくしの毎日を忘れたのですか」
くどくど言いながら、わざとらしく嘆くレノル。
「ご、ごめん。分かったよ。冗談だって。そんなに怒るなよ」
「別にそういう訳ではありません。ただここの所、忙しくて気が立っているところに、魔王様が久々に連絡してきたと思ったらお金の無心でしたので、私もつい」
「悪かったって。忘れてくれ」
「ええ、そうします」
どうやらレノルに金の無心をするのは無理そうだ。
俺は話題を変えることにした。
「そ、そうだ。それから学園の中で妙な魔物に出くわして」
「妙な魔物とは?」
「肉の塊みたいなやつなんだけど、なんていうか、こう凄く嫌な感じがして」
「嫌な感じ?」
「つまり……もしかして、あれは十五年前に失った俺の肉片なんじゃないかと思って」
言っても信じてくれないんじゃないかと思ったが、意外にもレノルは真剣な顔でうなずいた。
「分かりました。こちらの件が片付きしだい調べてみます」
レノルは俺を肉片の状態から今の姿に戻してくれた。レノルが調べてくれればあれが俺の一部かどうかはっきり分かるだろう。
「ああ。頼んだぞ」
「他には何かありますか?」
「ああ、後は――」
どうしよう。レノルにカナリスのことを言うべきか。でも言ったらレノルはカナリスに危害を加えそうだし、それはまずい。カナリスのことはしばらく内緒にしておくか。
「いや、それぐらいだ。それじゃ――」
ガラッ。
「ねーマオくん、シャンプーもう無いんだけどマオくんの借りていいー?」
俺が投影機を切ろうとした瞬間、浴室から体にタオルを巻き付けたカナリスが出てきた。
「わぁっ!」
思わず投影機を放り投げる。
何というタイミングで出てくるのだ、お前は!
「あ、うん、シャンプーね。どんどん使って。どうぞどうぞ」
冷や汗をダラダラと流しながら返事をする。
「うん。じゃあ、遠慮なく使うね」
不思議そうな顔をしながらカナリスは浴室に戻った。
「ふぅ」
俺は恐る恐る投影機をのぞき込んだ。
「今のは何でもないぞ。気にするな」
慌てて誤魔化そうとしたのだが、レノルの顔が今までに見たことがないほど強ばっている。
「魔王様」
「う、うん?」
怖い。レノルの表情が死んでる。
「まさか魔王様が女性を部屋に連れ込んでいるとは」
光を失い曇る瞳。
「いや、違うんだよ、これは」
「よく分かりました。金の無心はするわ、女性を部屋に連れ込むわ、どうやら魔王様はすっかり都会の絵の具に染まってしまったようで」
「だから誤解だって」
「良いんです。魔王様がどんなに穢れようと、私は魔王様の味方です」
「だーかーら!!」
レノルは清々しいほどの笑顔を見せる。
「いいえ、ご安心ください魔王様。魔王様の邪魔をするものは、この私が全て消してみせますからね。魔王様は何も心配しなくていいんですよ。それではさようなら」
ブツリと通信が切れる。
「おい!」
俺は真っ暗になった画面を見つめた。
……何だか凄ーく嫌な予感がするのだが、気のせいだろうか。
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