第28話 魔王様と捕獲

「今日もダンジョンは使えないみたいね」


 ルリハが教室に来るなりため息をつく。

 黒板には、模擬ダンジョンがまだ当分使えないと大きく書かれている。


「クザサ先生はもうじきって言ってたけど、もうじきっていつなのかしら。明日? 明後日?」


 ぼやいていると、教室にクザサ先生が入ってくる。いよいよか!?


 身構えていると、先生は無表情のまま教室内を見渡した。


「この中で、手が空いているものはいるか。手伝って欲しいことがあるのだが」


 俺とルリハは顔を見合わせた。


「どうする?」

「暇だし、いいんじゃない?」


 俺とルリハは手を挙げた。他にも何人かの生徒たちが手を上げた。


「2、4、6……ふむ。これだけいれば充分だな。着いてくるように」


 クザサ先生の後についてぞろぞろと歩く。

 やってきたのは生物実験室だ。


「実はここからゲロガーの幼体が逃げ出してな」


 クザサ先生は、巨大なガマガエルの形をした魔物を指さす。


 どうやらつい最近、このゲロガーが卵を産んだのだが、先生の予想を超えるスピードで成長してしまい、孵化した子供が逃げ出したらしい。


「逃げ出した幼体は全部で三十二匹だ。皆にはその捕獲を手伝って貰いたい」


 生徒たちがザワザワと顔を見合わせる。


「ダンジョン関連じゃなかったわね」


「うん」


 俺とルリハは肩を落とした。


「先生、使ってない封印石を持ってきました」


 そこへマリナが生物準備室から箱を抱えてやってくる。


「ああ、すまない。ありがとう」


 クザサ先生は箱を開け、中から丸い水晶のような石を取り出した。


「見つけたらこの封印石に封印して、この箱に入れておいてくれ。何か分からないことがあったら、先生の所に来るように」


 クザサ先生は去っていく。恐らくまた模擬ダンジョンの整備に行ったのだろう。


「ゲロガーの幼体かぁ。私、カエルって苦手なのよね」


 ルリハがゲンナリした顔で机の下を覗き込む。俺もルリハの真似をしてその場にしゃがみこんだ。


「あ、もしかして、あれのこと?」


 視線の先には、小さな緑色の蛙がいた。


「そうかも。はい、封印石」


 ルリハが封印石を渡してくる。


「う、うん」


 俺はゴクリと唾を飲み込んだ。

 封印石の使い方は一度授業で習ったのだがその時は結局上手くいかなくて、結局他のクラスメイトに封印してもらったのだった。できるだろうか。


 俺は封印石をひっくり返したり回したりしてやり方を思い出そうとしたが、よく思い出せない。


「ルリハ、この蛙、封印してみてくれる?」


「嫌よ。姿も見たくないわ」


 ルリハは断固拒否の姿勢だ。キョロキョロと辺りを見回していると、マリナがやってきた。


「どうしたの?」


「うん、封印玉の使い方が分からなくて」


 マリナは俺の手の中にいた蛙を見てクスリと笑った。


「やだ、マオくん、それただのアマガエルよ」


「えっ、ただのアマガエル?」


「うん。ゲロガーの幼体はこういうの」


 マリナが手に持っていた封印石を見せてくれる。透明な石の中、人間のような脚が生えたオタマジャクシがトコトコと歩いている。


「なるほど。オタマジャクシなんだ」


「良かった。これなら捕まえられるわ」


 ホッと胸をなでおろすルリハ。

 俺としては、ただの蛙より脚の生えたオタマジャクシの方が気味が悪いと思うのだが。


「封印玉の使い方はこう。穴の位置はここだから、指はここに添えると入れやすいと思うわ」


 マリナが手を取り教えてくれる。押し付けられるたわわな胸。シャンプーかボディーソープの匂いだろうか。花のような甘い香りがふわりと舞う。


「あ、ありがとう」


 ドギマギしながら封印玉の使い方を教わっていると、ルリハがジロリと俺を睨んだ。何だよ。


「よし、試しにアイツを掴まえてやろう」


 マリナに教えて貰った通り封印玉を指で押すと、反対側にポッカリと穴が開き、オタマジャクシは玉に吸い込まれた。


「お、意外と簡単」


「便利ね」


「ありがとう、委員長。詳しいんだね」


「ええ、一応、魔法生物部だから」


 照れたように笑うマリナ。


「そうなんだ。すごいね」


「いえ、大したことはしてないわ。部員も一年生しかいないし、顧問のクザサ先生もほとんど来ないから気楽だし」


「そうなんだ。最近クザサ先生忙しそうだもんなぁ」


「ええ。それに先生は自宅にラボを持っているから、自分の研究はそこですることが多いみたい」


「自宅にラボが?」


 ということは、クザサ先生はこんな都会の一等地の一軒家に住んでいるのか。というか、研究って何を研究しているんだ?


「高校の先生なのに凄いのね。先生って、そんなに儲かるのかしら」


 ルリハも不思議そうに尋ねる。


「いえ、先生はここに務める前は国のもっと大きな研究所で働いてたみたいなの」


「そうなんだ」


「ねぇ、マリナぁ」


 セリがマリナを呼び、会話はそこで終わってしまう。セリは相変わらず短いスカートでパンツを見せながら床にしゃがみこんでいる。


「これ、どうやって使うの」


「ちょっと待ってね。今、教えるわ」


 マリナが俺たちの側を離れる。


 セリはマリナに封印玉の使い方を教わると、不機嫌そうに立ち上がった。


「ふーん。だいたい分かった。じゃ、私は外を探して来るよ。この部屋から逃げ出したかもしんないし」


 あいつ、あんなこと言ってサボる気なんじゃあ。


 俺がセリの様子を見ていると、セリは俺の視線に気づいたのか、吐き捨てるように言い放った。


「……フン。マオのくせに、最近カナリスや生徒会長と仲が良いからって調子乗ってんじゃねーぞ」


「ちょ、調子に乗ってなんか」


 だがセリは俺の言うことを無視し、ガンと生物室の机を蹴って教室から出ていってしまった。何なんだよあいつは。


「じゃあ、俺は隣とか奥とかの部屋を探してみるわ」

「俺はグラウンドにいると思う」

「プールじゃね? オタマジャクシだし」


 セリに釣られたように、他の生徒も教室を出始める。


「ねぇ、私たちも外を探しましょうよ」


「そうだね」


 ざっと生物室の中を見渡したが、ゲロガーの幼体は見当たらない。恐らくセリの言う通り、本当に外に出てしまったのだ。


 俺とルリハも学校の外を探すことにした。


「いたわ!」


 校舎の裏を歩いているオタマジャクシをルリハが捕まえる。


「これで三匹目」


「凄いなぁ」


 俺は一匹も捕まえられないまま、校舎の裏をグルグルと歩き回った。


 模擬ダンジョンの前までやってくると、クザサ先生が、相変わらず険しい顔でダンジョンの魔法式と睨めっこしている。


 無言でその横を通り過ぎると、校門の前――昨日、例の肉塊と戦った辺りにやってきた。


 地面には黒い煤。目を凝らさなくては分からないが、戦いの後がうっすらと残っている。

 

 ガサリ。


 黒い影が目の前を横切り。植え込みの中へと入っていく。


「ゲロガーか?」


 茂みをかき分ける。が――


「なっ……」


 そこにいたのは昨日の肉塊だった。大きさは手のひらサイズに縮んでおり、肉塊というよりは肉片になっていたが間違いない。


 目も鼻も無い、卵のようなつるりと丸い体に、二本の足が生えじっとうずくまっている。


「こいつ……ルリハが焼き払ったのに」


 いや。よく考えたら、こいつが俺の体の一部だとすると、俺と同じく不死身だとしてもおかしくない。


 このままではどんどん復活し、やがては元の姿に戻ってしまうに違いない。


「グ……ギ……」


 肉片が不気味な声を出す。俺は思わず後ずさった。


「寄るな!」


「どうしたのマオ、そんな所で大きな声を出して」


 呆れ顔でこちらに向かってくるルリハ。


「いや、それが」


「グぅ!」


 ルリハが茂みの中を覗き込むと、肉片がひときわ大きな声で鳴いた。


「えっ? こいつ……小さいけど昨日の?」


 ルリハは肉片を見て顔をしかめた。


「うん、多分」


 俺は思わず封印石に力を込めた。


「あ」


 シュン!


 脚の生えた肉片が、透明な石の中に吸い込まれる。


「えっ!?」


 俺は封印石の中でしょぼんと体育座りをする肉片を見やった。


「どうするのよ、それ」


 呆れたように腰に手を当てるルリハ。


「そうだね。つい封印しちゃったけど、どうしよう」


 俺があたふたとしていると、肉片はかすれた声で呟いた。


「……グ……ガ……パパ」


「へ?」


 今度はハッキリとした声で聴こえた。


「パパ」


「……パパ?」


 俺はルリハと顔を見合わせた。

 ちょっと待て。誰がパパじゃ。

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