第14話 魔王様と謎の少年

 目の前に現れたネズミ型のモンスター。

 こいつはスコップラットという、低級の魔物である。


 元々、人里近くに住む魔物ではあるが、こんな都会にまで出没するとは珍しい。それも結界が張られているはずの校舎の中に。


 低級モンスターと言えど、今の俺の実力では一対一では勝てるかどうかも怪しい。できれば気付かれる前に玄関から逃げたいと思った。


 ゆっくりとにじり寄ってくるスコップラットは明らかに殺気立っていて、俺はとりあえずダガーナイフを構えると、相手を刺激しないようにゆっくり後ずさりをした。


 そうして俺とスコップラットは、しばらくじりじりと見つめ合った。



 ゴトリ。



 風が吹いて玄関の戸が揺れた。

 スコップラットの視線が外に逸れる。


 今だ。


 俺は全力でダッシュした。

 このまま逃げて職員玄関口から帰ろうと頭の中で計画を立てる。

 だがその瞬間、俺の足は何かを踏みズルリと滑った。


「ええっ?」


 羽織っていた長いローブに足を取られたのだと気づいた時には時既に遅し、俺は思い切り顔から廊下に突っ伏してしまったのである。


 ――カランカラン。


 おまけにナイフまで廊下を滑り手の届かない所へ飛んでいく始末。


 まずい。早く武器を――


 立ち上がろうとした俺の頭上へ、スコップラップのスコップが迫った。


 やられる。


 思わず両目をつぶった。

 こうなったら仕方ない。どうせ不死身だし、攻撃の一度や二度受けても、大したことは――

 

 ガキン!


 鋭い金属音が廊下に響き渡る。


「痛たたたたっ――って、あれ?」


 痛くない。


 スコップラットが攻撃を止めた?


 恐る恐る目を開けると、青くはためくマントが目に飛び込んできた。


 サラサラと風になびく輝かしいブロンド。海の底みたいに青く綺麗な瞳に、輝く黄金の剣。


「きみ、大丈夫?」


 気がつくと、見知らぬ金髪碧眼の美少年が、スコップラットを真っ直ぐに斬り捨てていた。


「危ないところだったね」


 少年は柔らかく微笑む。俺は床に座り込んだままその顔を見つめ返した。


「ありがとう。助かったよ」


「ううん。無事で良かった」


 開いた窓から吹きこむ風で前髪が揺れる。夕日に照らされた白い顔はまるで天使のようで、男の俺でも思わず見惚れてしまうほどだ。


 美少年が俺に手を差し出す。


「大丈夫。起き上がれる?」


「ああ、うん。ありがとう」


 彼の手を取ろうとしたところ、腰がズキンと傷んだ。


「――うっ」


「どうしたの?」


「いや、転んだ拍子に腰を痛めたみたいで」


「それは大変だ。無理して起き上がらないほうがいいかも知れない」


 腰をさすってくれる美少年。


「あ、ああ。ありがとう」


 俺が呆気に取られていると、今度はカツカツという高い靴音が近づいてきた。


「カナリス、ここにいたのか」


 不機嫌そうな女の声。


 顔を上げると、長身の女生徒が長い髪をなびかせている。


 この女生徒には見覚えがある。


「生徒会長?」


 思わず口に出すと生徒会長は冷たい瞳で俺を見下ろした。


「おや、私を知っているのか」


「ええ、有名人ですから」


「そうなのか?」


 無表情に髪をかきあげる生徒会長。


 知っているも何も、入学式で見たし。

 才色兼備でテストではいつも一位、クールな美貌で、「氷の女王」と呼ばれる生徒会長を知らない者など、この学園には存在しないであろう。


「おーい、会長、カナリス、どうしたんだ」

 

 茶髪で背の高い男が走ってくる。背中にデカい大剣を背負った体格のいい男だ。


「ああ、副会長。スコップラットが校内に侵入してきて、この生徒が襲われていたんです」


 カナリスが大男に事のあらましを説明する。どうやらこの大男は生徒会の副会長らしい。


「そうか。校内でモンスターが増えているという噂は本当だったのか」


「これも魔王軍の仕業か?」


「いや、分からない」


「いずれにせよ、これからは校内の見回りも強化していかないと」


 三人がコソコソと会話を交わす。


 魔王軍? 一体何のこととだ。


 訳が分からないまま三人を見つめていると、カナリスがクルリと振り返った。


「それより、今は彼を保健室に」


「えっ、いや、大丈夫ですよ」


 慌てて首を横に振るも、カナリスは心配そうに俺を見つめる。


「でもさっき、腰を痛めたって」


「そうか、なら僕が保健室に連れていこう」


 大男が俺をかつぎ上げる。


「ひゃあっ!」


「なんだ小僧、まるで女子みたいだな」


 はっはっはと笑う副会長。失礼な。


「じゃあ副会長、頼みますよ」


「私たちは見回りを続ける」


 カナリスと生徒会長が去っていく。

 俺は副会長に担がれ、保健室に連れてこられた。


 保健室にはもうすでにルリハの姿はない。

 回復して寮に帰ったのだろう。

 少し皺になったなったのシーツから、ほんのりと温かさを感じた。


「ここで少し休んでいくといい」


 副会長が俺をベットに寝かせ、カーテンを引く。


「はい、ありがとうございます」


 なにせ不死身なので、腰はもう良くなっているし怪我も無いのだが、折角だし少し休んでいくことにする。


「じゃあ、僕はこれで」


 パタン、と保健室のドアが閉まる。

 俺はベッドの中で目をつぶった。


「あの金髪の少年――カナリスとか言ったか」


 脳裏に浮かぶのは、カナリスの青く透明な瞳。そして豊かな金髪と長い黄金の剣。


 とっても綺麗な顔で、優しそうで、非の打ち所のない、そんな少年であった。だけど――


 背中がゾクリと冷える。


「どこかで見覚えがあるような?」


 だけど、どこで彼に会ったのか、俺は全く思い出せなかった。


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