第15話 魔王様とルームメイト
寮に戻る頃には、空はもう真っ暗になっていた。
「おかえりマオ。同室の人、もう来てるよ」
エイダさんの言葉にドキリと心臓が鳴る。
いよいよか。手のひらに滲む汗を握りしめる。
「大丈夫、優しくて感じの良さそうな子だよ」
「そうですか、なら良かった」
少なくとも怖そうな奴だとか変な奴では無さそうだと、ホッと胸を撫で下ろす。
落ち着け。ここはプラス思考で行こう。自分で自分に言いきかせる。
ルリハの言った通り、ルームメイトがいた方が色々と便利な場面も多いかもしれない。
それに俺が読んだ学園ラブコメの主人公には、必ずと言っていいほど、主人公と仲の良い親友キャラがいた。
今の俺には全くと言っていいほど男友達が居ないし、憧れの学園青春生活を送るためには、気を許せる男友達も必要なのではないだろうか。
初めは不満だったが、そうした自己暗示のかいもあってか、部屋に着く頃には、俺は同室の奴と仲良くしようという気になっていた。
俺が魔王だなんて、余程のことがない限りバレないだろうし、きっと大丈夫だろう。
部屋の前まで来ると、大きく深呼吸をする。こういうのは初めが肝心だ。
心を落ち着かせると、思い切りドアを開いた。
「こっ、こここここんにちはっ!」
だが、がらんとした室内には誰もいない。
一瞬ほっとした俺だったが、ふと部屋の隅に見慣れない青い鞄があることに気づいた。やっぱり同室の奴はもう来てるようだ。
俺は部屋を見渡した。どこだ。トイレだろうか。
ガチャリ。
浴室のドアが開く。
どうやらシャワーを浴びていたらしい。
「あ、あの、僕っ……」
言いかけた言葉が喉の奥に引っ込む。
「ふー、タオルタオル。確かここに」
浴室から出てきたのは、短い金の髪。青く大きな瞳。そして白く柔らかそうなおっぱいをした女の子だった。
「あった、あったー」
娘は全く恥じる事のない様子で裸のまま鞄をガサゴソと漁ると、白いタオルを手に取った。
「あ、あの、あの、その、俺……じゃなくて僕、この部屋の……あれ? 部屋間違えたかな? ご、ご、ごめんなさいっ」
一方の俺は、情けないことに気がついたら部屋から逃げ出していた。
なぜだ。なぜ裸の娘が。何かの罠か? おのれ下劣な人間どもめ!!
「502」の部屋番号を何回も確認する。ここは俺の部屋である。間違いはない。
そもそもここは男子寮。女の子が居るはずはない。
というかあの子、どこかで見覚えがあるような。
頭の中に、先程スコップラットから助けてくれた美少年の姿がフラッシュバックする。
まさか――
廊下で思考を巡らせていると、不意にドアが開いた。
「あのー」
先程の美少女だ。当たり前だが今度は裸ではなく白いシャツに黒の短パンという出で立ちだ。
シンプルな服装だが、湯上りで火照った肌が妙に艶めかしい。
「もしかしてキミ、同室の人かな?」
謎の金髪美少女はニッコリと笑った。
「同……室?」
どうやら、この娘が俺のルームメイトらしい。
俺は事態が飲み込めないまま部屋に戻ることとなった。
◇
「僕はカナリス・キーリストン。よろしくね」
「僕はマオ。よろしく」
カナリスは濡れた髪を拭きながら嬉しそうに笑う。
「というかキミ、スコップラットに襲われてた子だよねぇ。奇遇だね」
やはりこの娘は、先程俺を助けてくれた金髪の美少年であるらしい。
あの時は男子の制服を着ていたから美少年だと思い込んでいたけど、実際には美少女だったのだ。
「その節はありがとう。ていうか……君は女の子だよね。何で男子寮に?」
娘はふふんっと鼻を鳴らす。
「僕は男だよっ」
「え、でも」
俺ははっきりと見たのだ。白くて柔らかそうな二つの膨らみを。まさかあれは、おっぱいの幻影だとでも言うのか。
おっぱいが見たいがあまり、俺は有りもしないおっぱいの幻覚を見ていたとでも言うのか?
シャツを押し上げる膨らみや肉感的な太ももに目をやった。おっぱいがある。やはりどこからどう見ても女だ。というかこの娘、下着を付けて――
「――っていうことにしてるんだ」
カナリスが訂正する。
「だよね」
ホッと息を吐き出す。
「でも、どうして男装なんか」
カナリスは急に真面目な顔になる。
「それなんだけど……マオくん、このことは絶対に他の人には話さないと約束できる?」
「大丈夫、口は固いほうだと思う」
言われなくとも、他に友達など居やしないし。
「そう。なら君のことを信用して本当のことを打ち明けるけど」
真剣な瞳が俺を見据える。
「うん」
ゴクリと唾を飲み込むと、勢いよくカナリスが立ち上がった。
「実は僕は勇者の娘なんだ。この学園にやってきたのは、学園に潜んでいるという魔王を退治するためだよっ」
「えっ?」
頭の中が真っ白になった。
まさか、
「で、でも魔王は十五年前に死んだはずじゃ」
何とかして言葉を振り絞ると、カナリスは神妙な顔をしてうなずいた。
「信じられないよね。僕も初めはただの噂だと思って信じていなかったよ。でも単なる噂というだけじゃない」
「そ、そうなんだ」
「確かに、魔王がいるという確実な証拠はない。けど、実際にこの学園では最近妙な魔力の動きがあって、学園内にも魔物が増えているんだ」
なるほど。ひょっとすると誰かが俺の名を騙っているのだろうか。よりにもよってこの学園に偽魔王が居るだなんて、迷惑極まりない。
でも――この話しぶりからすると、カナリスはまだ俺が魔王だと気づいてないようだ。
とりあえずここは不自然に思われないように話を合わせておくことにしよう。
「でも仮に魔王がこの学園にいたとして、どうしてそれで男装を?」
「それは、もし魔王が居るとしたら恐らく男子寮だと踏んだからだよ。いかに魔王と言えども魔法で性別を変えるのは難しいからね」
「そうなんだ。大変だね……」
カナリスは荷物から金色に輝く剣を取り出す。
「待っていろ魔王め。この僕が、父上の意思を引き継ぎ、必ずやこの聖王龍殺剣で仕留めてやるぞ!」
勢いよく宣言するカナリス。
俺はようやくのこと声を絞り出した。
「は、はは。がんばってね……」
せっかく仲間ができて、落第の危機から逃れられると思ったら、なぜこんな展開になるのだろうか。訳が分からない。
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