第16話 魔王様と勇者の朝

 美少女とひとつ屋根の下というのは、男子たるもの一度は憧れるのではなかろうか。


 そんな全男子憧れの甘美なる同居生活、それが現実のものとなった。だが――


「ん……」


 まぶしい。


 カーテンの隙間から差し込む朝の光。小鳥の鳴き声で俺は目を覚ました。


 昨日の疲れからかやけに体がだるい。瞼も重く、目が中々開かない。寒いせいか、妙に暖かく心地よい布団。もう少し寝ていよう。


 窓の光を避けるように寝返りをうつと、手に何か柔らかいものが当たった。


 むにゅっ。


 ん? 


 何だこれは。

 

 むにゅっむにゅっ。


 再度その柔らかいものを揉んでみる。蕩けるような柔らかくて暖かい感触。これはまさか――


「……ぅんっ」


 耳元でカナリスの吐息が聞こえた。


「えっ?」

 

 思わずガバリと飛び起きる。目の前には、カナリスの顔。俺の掌の中にはカナリスの柔らかな白い胸が――


「ちょ、ちょっとまて」


 ……何で俺の横にカナリスが眠っているのだ? しかもカナリスは服を着ていない。


「………………えっ?」


 さっと血の気がひく。


 事後か。まさか事後なのか!?


 どういうことだ。俺の書物ラノベの知識からすると、こういうのって普通、二、三回デートして、告白して、色々と段階を踏み、その後三ヶ月後ぐらいに起こるものでは無いのか!?


 慌てて自分の下半身を確認するも、何せ経験の無いことなのでよく分からない。


 とりあえずこの状況はまずい。身を離そうとすると、カナリスは寝ぼけているのか、ガバリと俺を抱きしめ、太ももでガッチリとホールドしてきた。


「ええっ!?」


 う、動かない。


「……お兄様ぁ」


 耳元で吐息とともに囁かれる。全身の血が沸き立つように体が熱くなった。一体何だ。何なのだ、この展開は。やはり勇者の罠なのだろうか。


「カ……カナリス、落ち着いて……起きて!!」


 カナリスに抱き枕にされたまま身動きも取れず硬直するしかない。


「むにゃむにゃ、お兄様ぁ」


「ぬ、抜けない。カナリス……起きて……頼むから……」


 ユサユサとカナリスの体を揺らすと、ようやくカナリスは目を開けた。


「むにゃ……あれ、マオくん。おはよう」


 何事も無かったかのように笑うカナリス。


 少しは男の布団に潜り込んだことを意識してはどうだろうか。


「いや、おはようじゃなくてだね……というか服を着て!」


「はぁい」


 俺が言うと、カナリスはようやく着替えを始めた。


 一応補足しておくと、よくよく見るとカナリスは全裸ではなく一応パンツは履いていた。だけれども危ないシチュエーションであることは間違いない。


 全く。俺が童て……紳士でなければ襲われている所であったぞ!


「ごめんごめん。実家にいた時は、よくお兄様のベッドに潜り込んで一緒に寝てたんだー。だからつい」


 照れたように笑うカナリス。


「えっ、兄妹で一緒に寝るのか!?」


 なんということだ。


 先日見た人気小説ラノベ『お兄ちゃんはロリのもの!~妹が俺を好きすぎて困る件~』に書いてあったことは本当だったのか。


 妹が兄を好きだなんて、てっきり空絵事だと思ってたのに。人間というのは摩訶不思議な生き物である。


「うん、でも双子で顔もほとんど同じだし、むしろ向こうの方が小さくて可愛いんだ。だから、寝ぼけてマオくんと間違っちゃったのかも」


 カナリスはそう言うと、一枚の念写像しゃしんを見せてきた。


「ほら、これが僕のお兄様だよ」


 見ると、金髪の兄妹が写っている。二人とも美形で、顔はそっくり。兄は金髪の短い髪で、妹は金のロングヘアーに、ピンクのドレスを着ている。


 へぇ。カナリスは昔は髪が長かったのだな。スカートが似合っていて可憐な正統派美少女だ。今からでも髪を伸ばしてくれないものか。


「このピンクのドレスを着ているのがお兄様だよ」


 カナリスが女の子のほうを指さす。


「は?」


 思わずフリーズする。


「だから、このピンクのドレスを着て髪が長いのがお兄様なの」


 カナリスが言うには、カナリスの兄は女の子の服を着るのが趣味らしい。現在は、カナリスの代わりに女子高に通っているのだとか。


「お兄様は昔から荒事が嫌いで、可愛い服とかお裁縫とかが好きなんだ。だから僕がお父様の意思をついで、この学校に入ったというわけ」


「そうだったんだ」


 どうやらカナリスの兄は俗に言う「男の娘」というものらしい。

 書物ラノベで人間の生態を色々と予習しておいて良かった。


 しかし分からないこともある。


「それで――どうして裸なんだ」


 カナリスはキョトンとした顔で首を傾げた。


「え? 寝る時って、たいてい裸じゃないの?」


 どこの裸族だ?


 それとも俺が知らないだけで人間というものは皆そうなのだろうか。


「とりあえず、僕はお兄ちゃんじゃなくて赤の他人なんだから、同じベッドで寝ないこと」


 注意すると、カナリスはしゅんと下を向く。


「うん、ごめんね。僕みたいなのに抱きつかれても嬉しくないよね。背も高いし、男みたいだし」


「い、いやいや、別に嫌と言うわけでは」


 手に残る柔らかい胸の感触とホールドされた太ももの暖かさを思い出し、赤面する。


「胸だって、寄せて上げないと谷間もできないし、小さすぎるよね」


 自分の胸を鷲掴みにして持ち上げるカナリス。


 不意に先程の柔らかい感触を思い出し顔が熱くなる。


 小さいか? 思ったよりはボリュームがあったような気がするが。


 これがルリハだったら、寄せるべき胸も上げるべき肉も皆無なので到底谷間なんか出来そうにないし。


 ――って俺は何を考えているのだ。


「とにかく、人のベットに入り込んで抱き枕にするのは禁止。あと寝る時はパジャマを着ること」


「はぁい」


 呑気に返事をするカナリス。

 全く。カナリスは、自分が美少女だということには気づいていないのだろうか。


「はぁ」


 なるほど。これはこれで、学園青春ライフではあるのかもしれない。

 ただし、その相手が勇者の娘だということに目を瞑ればだが。



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