第20話 魔王様と魔物の見分け方

 結局その日は教室で臨時の講義を受け、早めに寮に戻ってきた。


「ただいまー」


 部屋に戻ると、カナリスが明るい笑顔で出迎えてくれる。


「おかえり、マオくん。きのこパスタ作ったけど、食べる?」


「本当? 折角だから食べたいな」


「よっし、待っててね」


 できたばかりのパスタを手際よく盛り付けるカナリス。


 細くくびれたウエストに巻き付く紺のエプロン。そこから伸びる女性らしい腰の流線に思わず目がいく。


「ビックリしたよ。カナリス、料理なんてできたんだね」


「料理だなんて大袈裟だなぁ。ただのパスタだよ?」


 照れたように笑うカナリス。


「でもあの狭いキッチンでよく作ったね」


 俺は申し訳程度の流しと、お茶ぐらいしか沸かせないであろう小さなコンロを見やった。


「ふふ、思ったより平気だったよ。毎食食堂だと飽きると思ってね」


 美しい碧眼がすっと細くなる。


 カナリスの瞳は南国の海にどこか似ていた。深くて温かくて、青と緑が溶け合う感じ。不思議な色だ。


 レノルの目も青だけど、レノルの瞳はどちらかと言うと冬の夜空みたいに冷たく澄んでいる。同じ碧眼でも色々あるみたいだ。


 あいつは――ふと俺の城を砲撃した憎き男を思い出す。あの勇者も、こんな目の色をしていたのだろうか。


「どうしたの? マオくん」


「えっ」


 しまった。ジロジロ見すぎて変に思われただろうか。


「変なの、怖い顔して。何か考え事?」


「あ、いや、うん。今日のダンジョン前の騒ぎのこととか」


「あー、あれね」


 カナリスが視線を落とす。


「みんな魔王がどうたらとか言ってたけど」


 俺はお茶を入れながら尋ねた。


「うん。実はこの学校には、新魔王軍といって魔王を崇拝している組織があるみたいなんだよね」


「新魔王軍?」


 聞くに、魔王が学園内にいるって言う噂を流して信者を募ったり、魔王復活の名の元に、カツアゲや暴力沙汰を起こしたりして悪さしているらしい。


 他にも違法に魔物を増やしたり変な薬に手を出しているなんていう噂もあるんだとか。とんでもないことだ。


 頼むから、俺の名を騙って騒ぎを起こすのはやめてほしい。


「この学園はお父様も卒業した神聖な学び舎なのに、許せないよ。マオくんは、そういう人達には近づかないように気をつけてね」


「大丈夫だよ」


 言われなくても、誰が近づくか。


「うん、僕もマオくんは大丈夫だと思うけど。いい人だし」


「いい人? どうして」


 思わず素っ頓狂な声で聞き返してしまう。


「だって僕の正体を知っても優しいし、変わらず接してくれるし」


「そうかなー。当たり前じゃないかな? だって女の子だろうと勇者の子供だろうと、カナリスはカナリスだし……」


「ううん、そこがマオくんのいい所だと思う」


 ニッコリと笑うカナリス。そう言われるとなんだか照れてしまう。


「でも生徒会長は僕のこと、気に入らないみたいだけどね」


 思わず呟くと、カナリスはビックリしたように身を乗り出した。


「生徒会長が?」


 どうやらカナリスは、生徒会長が俺をマークしていることに気づいていなかったらしい。


「気がついたらいつも睨まれているし、もしかして僕、生徒会長に嫌われてるのかなと思って」


「ええっ、そんなまさか」


「……ひょっとしたら新魔王軍と繋がりがあるって思われてるとか?」


 思い切って聞いてみると、カナリスは目を大きく見開いた。


「ええっ、そんな事ないよ! 生徒会長は男の人が苦手で、男の人に触られると蕁麻疹が出ちゃうんだって。だからマオくんだけが特別に嫌われている訳じゃないと思うよ」


「そうなの?」


 よく考えたら、副会長が会長に触った時も凄い反応だったもんな。確かにあれはガチの男嫌いだ。でも――


「あ、でももしかして、あれかな? 学園内に魔王がいるっていう噂の出どころを調べたら、どうやらうちのクラスに行き着いたらしいんだよね。だからひょっとしたらそれでかも」


 思い出したように言うカナリス。


「そうなんだ?」


 魔王の噂の出どころがうちのクラスだったとは。今まで全くそんな噂聞いたこと無かったのでビックリしてしまう。


「だから、もし疑われてるんだとしても、マオくんだけじゃなくて、うちのクラス全体が疑われてるんだと思う。あんまり気にしないほうがいいよ」


「うん」


 とはいえ、やはり気になる。それに生徒会長のやつ、クラス全体というより明らかに俺にマークを絞っているような気がしてならないのだが、気のせいだろうか。


「ねぇ、そもそも本当に魔王はこの学園に居るのかな? ただの噂じゃないの?」


 恐る恐るカナリスに聞いてみる。そもそも何を根拠に魔王がこの学園にいると生徒たちは信じているのか。俺はボロなんか一切出していないはずなのに。


「分からない。でも噂だけじゃなくて、最近この学園内の魔力も変に高まってきているんだよ。生徒会長はそれを、力の強い魔物が居るせいだって言ってる」


「つまり学園内に強大な力を持つ魔物がいて生徒たちを扇動してるってこと?」


「うん。怪しい人は何人かリストアップしてはいるみたいだけど、決め手は無いみたい」


 カナリスは唇を噛み締める。


「魔王め、上手く人間に化けているらしい」


「そ、そうなんだぁ……」


 変な汗が頬を伝う。


「でもそんなに魔物と人間の見分けってつかないものなんだ?」


「うーん、よく違いとして言われているのは、ニンニクが苦手だとか、唐辛子が苦手だとか、日差しを浴びると灰になるとか」


「そ、そう」


 随分デタラメな話だな。俺はニンニクも唐辛子も好きだし、日光に当たっても平気だぞ。


「あとは、人間に化ける時には腕輪とか指輪とかピアスとかで魔力を封印するっていう話もあるね」


 思わず紅茶を吐き出しそうになる。何でそこだけピンポイントで合っているんだ。


「へ、へぇ、そうなんだ……」


「あれっ、そういえば、マオくんもピアスしてるよね」


 急にカナリスが耳の魔力制御装置ピアスに触れてきてビクリとする。


「い、いや、これは」


 思わず目をそらす。


「マオくんてひょっとして……」


「ひょっとして?」


 ゴクリと唾を飲み込む。

 カナリスの青い瞳がぐいと近づいた。


「マオくんて、思っていたよりおしゃれさんなんだね!?」


 思わずガックリとズッコケそうになる。


「そ、そうだね……ハハハ」


 俺はカナリスの天然さに密かに感謝したのであった。


 でも生徒会長が一体なぜ俺をマークしているのか不思議だったが、その理由が何となく分かった気がする。


 うちのクラスが魔王の噂の発生源。その中でも俺はピアスをしている。中等部からの持ち上がりではなく高等部から編入してきたというのも怪しまれるポイントかもしれない。


 どれも決定的な証拠にはならないが、くれぐれも行動には気をつけないと。


 俺は明日からはいっそう行動に気をつけることを誓った。

 



 

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