第21話 魔王様と武器屋
「今日もダンジョンは使えないのか」
翌朝、黒板に貼られた「模擬ダンジョンの使用はしばらくできません」という張り紙に、俺は肩を落とした。
「皆、静かにするように」
クザサ先生がやってくる。
「見ての通り、模擬ダンジョンは今調整中だ。その代わりレベル10以上の者はギルドと連携して、外部のクエストを受けられるようにした。希望者は多目的ホールに集まるように」
レベル10以上か。俺とルリハには関係ない話だな。
「ちぇっ、まだ使えないのか」
「でも、外部のクエストなんて面白そうじゃない?」
「冒険者ギルドってどんな所かしら」
クラスメイトたちがゾロゾロと教室を出ていく。まさか皆レベル10以上なのか!?
「マオ」
教室を出ていく生徒たちを見て焦っていると、先生に呼び止められる。
「お前はこの間、レベル1のダンジョンをクリアしたそうだな」
何か紙のようなものを手渡してくるクザサ先生。見ると、それは学園近くの武器屋の割引チケットである。
「これは――」
顔を上げ、目の前の仏頂面を見つめる。
「ダンジョンのクリア特典だ。申請をすれば、1つのレベルのダンジョンをクリアする事に特典がもらえるのだ。知らなかったのか?」
眉間に皺を寄せる先生。
「知りませんでした」
先生は呆れたようにやれやれと首を振った。
「……そうだと思って、今回は私が申請しておいた。今度から自分でするように」
「ありがとうございます!」
俺は深々と頭を下げた。
「仲間もでき頑張って居るようだが、周りに比べたらまだまだレベルは低い。一つダンジョンをクリアしたからと言って気を抜かずコツコツとやっていくことだ」
先生は無表情に言うと、バサリと黒いローブを翻して去っていった。
俺は握りしめた武器屋の割引チケットを見つめた。
あれ? もしかして先生って、思っていたよりも良い人なのだろうか。
◇
そんな訳で俺とルリハは、早速チケットを手に武器屋へと向かった。
「わぁ、武器が沢山あるわね」
赤いレンガ造りの広く清潔な店内。中には、学生向けの値段や大きさのお手軽な剣や杖、弓が所狭しと並べられている。
「これなんか良さそうね。こっちはナナカマドで、これはニワトコ? どっちがいいのかしら」
ルリハが木の杖を交互に手に取る。ルリハが杖を見ている間に、俺も剣を見て回ることにした。
短剣、長剣、曲剣、レイピア。
様々な剣がテーブルの上に並べられていたり、壁にかかっていたりしている。
「似たような見た目でも塚の握り心地や軽さ、長さの違うものが沢山ありますから、色々試して見てください。ご要望があれば、お客様に合うものを店の奥から出してくることもできますよ」
いきなり現れて話しかけてくる店員。
「あ、ありがとうございます」
親切なのだろうが、俺は買い物中に店員に話しかけられるのが一番苦手なのだ。
とりあえず曖昧な笑みを浮かべ、店員を避けるように店の奥へと向かう。
奥の方には、手前よりも装飾の凝った一点物や、年代物の剣や斧、槍が飾られていた。
――ブルリ。
不意にどこからか視線を感じ身震いをする。
振り返ると、そこには誰もいない。
ただ壁に一本の小さな黒い剣がかかっているだけだ。
「まさか」
俺の目はその剣に釘付けになった。
遠くからでも分かった。懐かしい感覚。体の奥から熱くなる。信じられなかった。手足ががくがくと震えた。
「マオ、良いのあった?」
会計を終えたルリハがやってくる。俺はルリハの声に答えないまま、剣の側へと走った。
「どうしたのよ、マオ」
目を擦り、何度も何度も確認する。何度見ても間違いない。
十五年前、あの戦いの中、いつの間にか紛失してしまった邪王神滅剣だ。
まさか、こんな学生街の小さな武器屋にこいつがあるなんて。
まさに運命としか言い様がない。もし邪王神滅剣が人の姿をしていたならば、俺は迷わずハグしていたであろう。
「すみません。あの剣、見たいんですけど」
店員に頼んで、少し高い位置にかかっていた剣を見せてもらう。
「この剣が欲しいの?」
怪訝そうに剣を覗き込むルリハ。
「ああ」
黒い刀身に、自らの顔が反射した。
魔王愛用の邪王神滅剣は、使用する者に合わせて姿が変わる。
魔力を込めれば相手を馬ごと斬り捨てることもできる大剣となるが、今はナイフより少し長い程度の短剣になっている。
恐らくそのせいでだれもあの剣が邪王神滅剣だとは気づかなかったのだろう。
値札を見る。3万ゴールド。手持ちを確認してみるも、200ゴールドしかない。割引チケットも適用対象外となっている。
「あら? この剣、どこかで見覚えが」
ふと邪王神滅剣を見つめていたルリハが首をひねる。
「えっ、どこで」
「分からないけど、もしかして昔、うちにあったかも」
「そんな馬鹿な――」
すると店員が揉み手をしながらやって来た。
「それは無銘ですが、店長によると物はかなり良いそうなので高めに価格設定しているそうですよ」
ニコニコと教えてくれる店員。そりゃ魔王の剣だからな。3万ゴールドでも安いくらいである。
「この剣、取っておくことってできますか。もしくは分割払いとか」
「いや、残念ですがそれはちょっと」
店員は首を振る。ケチなやつだ。
「そうですか」
しかし無銘なのにこの値段。この辺の客は学生ばかりだし、割引チケットも使えない。早々に売れるということはまず無いだろう。
俺は諦めて、割引チケットでそこそこ良い短剣を一振り買った。
だが瞼の奥には、かつての相棒の姿が目に焼き付いて離れなかった。
その日から俺の頭の中は邪王神滅剣でいっぱいになった。
寝ても醒めても、かつて共に戦ったあの剣の姿が頭から離れない。
どうしてもあの剣を手に入れなくては。
何としてでも。
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