4.魔王様と氷の女王様

第19話 魔王様と魔王の噂

 生徒会長はなぜ俺をマークしているのか。俺の正体に気づいているのか。気になることは沢山ある。だが――


「ま、悩んだって仕方ないわね。とりあえずレベル2のダンジョンをクリアすることを考えることにするわ」


 考え込んでいると、ルリハが笑いかけてくる。


「だからマオもそんな深刻な顔しないで。私なら大丈夫」


 どうやら俺が考え込んでいるのはルリハを心配してのことと思われたらしい。


「そうだね。そっちのほうが重要だ」


 笑みを作りルリハに返す。

 とりあえず勇者や生徒会は驚異ではあるが、奴らに俺が魔王である証拠を見つけられるとは思えない。


 それより俺には、レベルを上げて落第を免れなくてはいけないという差し迫った課題があるのだ。


「前回は毒にやられてマオに迷惑をかけてしまったわ。今回は前回の反省を生かして頑張らないと」


 ルリハが拳を握りしめる。前回ポイズンバタフライにあっさりとやられてしまったことを気にしていたらしい。


「ああ、それなんだけどね」


 俺はカバンから購買の袋を取り出した。


「実は僕、購買でマスクを買ったんだよ。少し高かったけど、炭が入ってるから、これで毒を吸着してくれるかもしれない」


 今朝購買で買った秘密兵器だ。毒消し薬は高くて買えなかったけど、購買のおばちゃんによると鱗粉や胞子、毒霧系の敵にはマスクが一番良いらしい。


「ありがとう、準備がいいのね。実は私もこれを買ったのよ」


 ゴソゴソと荷物を漁るルリハ。


「えっ、何?」

 

 もしかして毒消しの薬を用意してくれたのだろうか?


「じゃーん!」


 ルリハが鞄から出したのは一冊の薄い本だった。


 思わずパチクリと瞬きをしてしまう。


「これは?」


 表紙には、やたら目がキラキラしていて顎が尖ってて背後に花を背負った黒髪で赤目の男がいた。これはもしや……


「魔王様よ。ほら、レベル1のダンジョンをクリアする時、マオが『魔王の力を信じて』って言ってくれて、それで力が出たじゃない? だからより一層魔王様の力を感じるために、常に魔王様を持ち歩こうと思ったわけ」


 ギュッと同人誌を抱きしめ、うっとりと頬を染めて天を仰ぐルリハ。


 え、えーと。


 なんとか言葉を絞り出す。


「そ、そう、良かったね……」


 俺は死んだ目で、キラキラした魔王の絵を見つめた。ルリハは同人誌を抱えたまま嬉しそうにクルリと一回転する。


「やっぱり神絵師Leno様の絵は最高だわ。見て、この繊細な線。魔王様がこちらに語りかけてくるようなこの構図も素晴らしいし、愛を感じるわ」


 熱弁するルリハ。もはやどこから突っ込んでいいのか分からない。


「これでレベル2のダンジョンも楽勝ね!」


 俺は心の底から不安に思ったのだった。





 校舎の裏を抜け、いつものように模擬ダンジョンの前までやってきたところで、ルリハが急に足を止めた。


「あら、何かしら。随分人が多いわね」


 見ると、模擬ダンジョンの前に何やら人だかりができている。


「本当だ。どうしたんだろう」


 首をひねっていると、人だかりの中にいたマリナが振り返った。


「あら、マオくん、ルリハちゃん」 


「これは何があったの?」


「それが、ダンジョンの前に張り紙がしてあって、しばらくこのダンジョンが使えないみたいなの」


 マリナの眉が八の字になる。


「ダンジョンが使えない?」


 見ると、確かにダンジョン前に張り紙がしてある。


「『調整のため、しばらくダンジョンの使用を禁じます』だって」


「ダンジョンの調整って何よ」


 俺とルリハがぶつくさ言っていると、マリナが教えてくれる。


「なんでも模擬ダンジョンの近くに、見たこともないモンスターが現れて、生徒が襲われたんですって」


「模擬ダンジョンに?」


「見たことも無いモンスターって」


「そうよね、不思議だわ」


 どうやらマリナにもらよく分からないらしい。


 模擬ダンジョンのモンスターたちは、生徒に危険がないように人工的に繁殖させ、レベルを調節したモンスターばかりだ。


 生徒が対処できないようなモンスターが現れるのも、そもそもダンジョンの外にモンスターが出てくるなんていうことも普通じゃ考えられない。


 俺はスコップラットに襲われた日のことを思い出した。


 あんな所にスコップラットがいたのも、本来ならば考えられないような事態なのだ。


 この学園で何かが起こっている?


「ひょっとすると模擬ダンジョンに何らかの異常があるのかも知れないわね」


「そっか」


 模擬ダンジョンには複雑な魔法式が使われている。ひょっとしたらその魔法式に何らかの不具合があったのかもしれない。


 他の生徒も口々に噂する。


「その生徒、重体で今も意識が戻らないって」

「そのモンスターがダンジョン内のモンスターを食べてる所を見た人が居たんだって」

「やだ、何か不気味」


 ルリハがローブの袖を引っ張る。


「ねぇ、あれ」


 見るとダンジョン前の芝生の上にどす黒い血の跡がある。背中にゾクリと悪寒が走った。あれが謎のモンスターに襲われたという生徒の血の跡だろうか。


「魔王のしわざだ」


 どこからか声が聞こえた。


「やはり、この学園に魔王が潜んでいるんだ!」


 ザワザワとその場にいた人達の間に動揺が広がる。


 どうやら学園内に魔王がいるという噂は思っていた以上に広まっているらしい。


「魔王様だ」

「ついに魔王様が蘇るんだ」


 そんな話が聞こえてくる。


 いや、魔王ならもうとっくに蘇っているし、何なら君たちのすぐ横にいるのだが?


 ルリハも同人誌をギュッと握りしめる。


「何なのよ、下らない。魔王様ならここにいるわ。私の心の中にね!」


 それも違うぞルリハ。お前の横に居るのが魔王だぞ?



「何なのだこの騒ぎは!」


 鋭い声がざわめきを切り裂く。見ると生徒会長が大股で歩いてくる。騒ぎを聞き付けてわざわざやってきたらしい。


「げえっ、生徒会長!」


「貴様ら静かにしろ! 模擬ダンジョンは故障中だ。分かったらさっさと教室に戻り自習をするなり剣や魔法の鍛錬するなりすること!」


 流石は生徒会長。

 この一言で、生徒たちは静かになり、ダンジョンの前から去っていく。


「さぁ、帰った、帰った」


「先生たちが特別授業を開くという話もあるので教室に戻ってみては?」


 副会長とカナリスも生徒たちを誘導する。

 カナリスも転校早々大変だな。

 ルリハはその光景を見ながら小さく息を吐いた。


「私たちも戻りましょうか」


「うん、そうだね」

 

 ルリハに促され帰ろうとすると、生徒会長とバッチリ目が合う。


 間違いない。生徒会長はやはり俺をマークしている。


 カナリスに生徒会長に、学園中に広がる魔王の噂。何だか厄介事がどんどん増えていくような気がするのだが、気のせいだろうか。

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