第45話 魔王様と決着

「マオくん」


 カナリスの大きな瞳が見開かれる。瞳に強さが戻る。俺は手を一層強く握り、力を与えた。俺の魔力を、少しでもカナリスに、


「私もついているわ!」


 ルリハも反対の手を握る。

 カナリスはルリハの顔をじっと見つめ、嬉しそうに微笑み、頷いた。


「うん」


 カナリスと俺、そしてルリハの体が、目には見えない糸で繋がった気配がした。体がポカポカと暖かくなる。体の奥から光が湧いてきて、カナリスへと流れていく。


「……いける!」


 カナリスが剣を構えた。白く整った横顔が煌めき、青い瞳が宝石のように輝いた。


 ふわりと羽が舞い、辺りが朝日のような黄金の眩しさに包まれる。


「行けっ……」


 自信に満ちた瞳。


 そこにいたのは、神々しいまでの輝きに包まれた伝説の勇者だった。


 光り輝く剣が振り下ろされる。



「聖王龍殺波!!」



 振り下ろした剣とともに、光がスパークする。


 辺りが真っ白になり、俺たちは暖かな光の中に飲み込まれる。


 聖なる光に、飲み込まれていく肉塊。


 熱くて、眩しくて、どこか懐かしい、そんな光。


 肉塊は、ゆっくり、ゆっくりと煌めく塵になって宙に消えていく。


 ああ。


 これが――



 これがかの剣の。

 勇者の力か。

 かつての俺が戦うはずだった――



 凄まじいまでの光と音。

 揺れる地面と崩れ出す天井と壁。

 全身から力が抜ける。


 俺は憑かれたように、ただただ真っ白な光に魅入っていた。


「すごい」


 ルリハの口が動いた。


「……うん」


 俺は、頷くしかなかった。


 やがて光は収束する。


 白い煙と埃が辺りを包む。


「……やったか!?」


 煙が徐々に晴れていく。

 俺達は、先程まで肉塊がいた場所に目を凝らした。


 そこには何も無かった。


 後にはただ、そこに何かが居たような痕跡だけが残っているだけだった。


「……やった」


 カナリスがペタリとへたり込む。


 間違いない。あの肉塊は、カナリスの聖王神光剣によって、跡形もなく消滅したのだ。


「凄いわ!」


 ルリハの目から涙が噴き出す。俺はルリハを抱きしめ、それからカナリスを抱きしめた。


「ああ、頑張ったな」


 二人の頭をポンポンと撫でる。

 だが――


「魔王様」


 レノルの厳しい声。

 何を言わんとしているのか、その顔を見てすぐ分かった。


「ああ。取り逃したな」


 マリナが居ない。


 俺の目は、聖王神光剣から光が放たれる直前に、マリナが姿を消すのをしっかりと捉えていた。


「ええ、その様ですね。追いましょう」


 レノルが手を差し伸べてくる。


「マオ?」

「マオくん?」


 ルリハとカナリスが不安そうな顔でこちらを見てくる。


 俺は口の端を少し上げてやった。

 上手く笑えていたかどうかは分からない。


「――大丈夫。すぐに終わらせるから」


 俺はレノルの手を掴む――と同時に強烈な目眩に襲われる。



 いよいよ、最後の戦いだ。






「痛っ!!」


 ドサドサッ!


 地面に転がり思い切り腰を打つ。


「あたたたた……」


 顔を上げると、辺りには鬱蒼と木が生い茂っている。どうやら森の中にワープしたようだ。


「大丈夫ですか? 魔王様」


 俺は手を差し伸べてくるレノルを思い切り睨みつけた。


「貴様、ノーモーションでワープするなよ。体がついていけないではないか。しかも着地する時に手まで離すし」


「すみません、魔王様ほどの方であれば、きちんと着地できるかと」


 白々しく頭を下げるレノル。俺はフンと鼻を鳴らした。


「俺はそこまで器用ではない。事前に心の準備が出来ていたならともかく」


「でも魔王様、そんなことを言っている場合ではありませんよ?」


 レノルの指さす方向、数メートル先に見慣れた人影が見えた。マリナだ。カナリスが聖王龍殺波を打つ瞬間、負けを悟ったマリナはワープしてまんまと逃げ仰せたのだ。


 逃がすか!


「ふん、この俺から逃げられると思うなよ」


 俺はマリナ目がけて思い切り走った。


「待てこの野郎!!」


 マリナが俺たちの顔を見てギョッとしたように目を見開く。


「あ、あんた達、なぜここへ」


「そりゃカナリスが聖王神光剣を打つ直前に、お前が逃げるのが見えたからな」


「クッ」


 マリナが腕を構え何かの魔法を使おうとする。が、それより一瞬早く、レノルがワープし、間合いを詰めた。


 マリナの腕をきつく掴みねじり上げるレノル。


「逃がしませんよ」


「クソッ。放せ!」


 マリナはレノルの顔を真正面から睨みつける。


 ――と、マリナの瞳が赤く光った。


「ふふふ、貴方も私の奴隷になりなさい」


 妖しく笑うマリナ。

 普通の人間や魔物ならば耐えられないほどの強い魅了の魔法をかけたのが分かった。


 だが生憎、レノルはあいにく普通の魔物ではない。


「何の真似ですか」


 レノルはマリナの視線を平然と受け流すと冷笑を浮かべた。


「なっ……どういうことだ!」


「やれやれ、この程度の魅了でこの私を操れるとでも?」


 呆れたように肩をすくめるレノル。レノルに精神攻撃系の魔法はほとんど通じないのだ。


「そんな。魔王十三将が一人、サキュバス・クイーンの右腕であるこの私の魅了が通じないなんて」


 青ざめるマリナ。俺とレノルは顔を見合わせた。


「魔王十三将の部下か」


 魔王十三将といえば、四天王の次に位の高い魔族である。その右腕といえば、そこそこの実力ではあるのだろう。


「魔王様、こいつに正体を明かしても?」


 レノルは自身のピアスに手をかけながら言う。


「ああ。ここなら学校から離れていて誰も見てないし、魔力を察知されても問題ないだろう」


「はい、では」


 レノルは片手でマリナの腕を捕らえたまま、赤く輝くピアスを外した。

 

 長い銀髪が白みがかった紫色に変わる。青い目は金色に。頭には歪な二本の角が生え、白い法衣は月と星をあしらった闇のように漆黒の法衣へと変わっていく。


「おお、お前のその姿は久しぶりに見たな」


 レノルの悪魔形態を見るのは十五年ぶりだ。何だか懐かしい。


 マリナは力なく地面に尻をついた。


「あ……ああ。お前は四天王……悪魔神官!? どうしてこんな所に!?」


 真っ青な顔。唇がわなわなと震える。


「ふふ、流石に私の顔はご存知のようですね」


 不敵な笑みを浮かべるレノル。


「じゃあ……あんたは」


 マリナが俺に視線をやる。

 レノルはあっけらかんとした顔で答えた。


「この方は魔王様ですよ。昔と大分姿が変わりましたので、分からないのも無理はありませんが」


「ま、魔王様!? まさか……」


「いかにも。俺は魔王だ。しかし力を失って久しく――」


 俺はマリナの手に握られた邪王神滅剣に目をやった。


「しかも貴様の手には俺を殺せる邪王神滅剣がある。――今なら俺を殺せるかもしれん。どうだ、やってみるか?」


「魔王様っ!?」


 レノルが慌てた声を出す。


「大丈夫だ」


 俺はレノルを制止すると、真っ直ぐにマリナを見据えた。


 マリナは邪王神滅剣を手に後ずさる。


「ふ、ふんっ、どうやら確かに力を失っているようね。今のあんたならこの私でも勝てるわ! そうしたら私が次期魔王よ!」


「そうかもな」


 俺は頷いた。

 風が、森の木々を揺らす。

 落ち葉の舞う音。


 だがマリナは、剣を構えたまま動かなかった。


「どうした? 来ないのか?」


 口元には、自然と笑みが浮かんでいた。


 不思議だ。


 どういう訳か、頭の中はひどくクリアで、心は穏やかだった。


「――く、クソッ!」


 マリナは邪王神滅剣を構えると、一直線に斬りかかってきた。が――


 それより早く、俺の剣はマリナの胸に吸い込まれていた。


「ガハッ……!」


 枯葉の擦れる音。


 勝負は一瞬だった。


 視線を落とすと、マリナは胸から血を流し枯葉だらけの地面に横たわっている。


 不思議と感情は動かなかった。


「……呆気ないものよ。俺はこんな女を相手にしていたのか」


 ようやく息を吐くと、俺はマリナの胸から剣を抜き取った。


「人間を操るしか脳のない女ですから。元より魔王の素質など無かったのです」


 レノルが冷たい瞳でマリナを見下ろす。


「――そうか」


「しかし、さすが魔王様です。邪王神滅剣を前にしても怯むこともないとは」


「ああ。自分でも驚いている」


 俺は自分の手を見つめた。


 不思議な感覚だ。一度俺は討伐された。バラバラの肉片となり、魔王の力を、姿を、全てを失った。


 だが――


「だが不思議と負ける気はしなかったよ」


 レノルは一点の曇りのない笑顔で笑った。


「それは貴方が魔王様だからですよ」


「……そうか」


 俺は短剣を鞘に仕舞った。

 そういうものなのだろうか。いや――


 きっと俺はこの学園で何かを得たのだ。以前の俺には無い何かを。そう信じたい。


「レノル」


「はっ」


 俺は横たわるマリナに目をやった。


「こいつを蘇生しろ。それで生徒会に引き渡せ。あ、もちろん俺の正体に関する記憶は消すように」


 レノルは少し不思議そうな顔をする。


「はい。しかし――」


「あれだけの騒動を起こしたのだ。犯人が居ないと格好がつかないだろう。その後処罰するなり魔法警察に引き渡すなり、それは生徒会に任せる」


「はい」


 俺は木々の間から輝く満天の星空を見上げると、大きく伸びをした。


「ああ、疲れたなぁ。早く寮に戻って書物ラノベでも読みたいものだ」


 レノルはクスリと笑った。


「それでしたらいくつか新作を用意しておりますよ」


「でかした。後で読んでみるとしよう」


「ええ、是非」


 人間社会は不思議がいっぱいだ。

 もっともっと、色々学ばなくては。


「さて、早く帰るぞ。仲間みんなが待ってる」

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