第44話 魔王様と激闘

 まずいな。あれは俺が失った邪王神滅剣だ。俺を殺すことができ、カナリスの持つ聖王神光剣に対抗しうる唯一の剣。


 あの剣の攻撃を食らったら、例え俺でもただではすまない。


 武器屋から無くなったと思っていたら、まさかマリナが持っていたとは。


 ギリリと唇を噛み締める。

 ルリハは困惑したようにマリナを見つめた。


「気は進まないけど、マリナさんを倒せばいいのね?」


「ああ」


 俺が頷くと、ルリハは唇を引き締め杖を構えた。


「そう。なら……ファイアー!」


 炎が吹き出る。が、心無しか火力が弱い。

 マリナの見た目が人間に近い分、戦うのに少し抵抗があるのかもしれない。


 マリナの体が炎に包まれる。手足が茶色く焦げる――。


 だが次の瞬間、マリナの隣に居た俺の肉塊がピクリと動いた。


 マリナの体が金色の光に包まれる。

 それと同時に、マリナの体から火傷があとかたもなく消えていく。


「あの化け物、ヒールを使うの!?」


 目を見開くルリハ。

 参ったな。いくら俺の体の一部とはいえ、俺と同じ魔法まで使ってくるとは。


「回復してくるのか。なら先にあっちを倒した方が良さそうだね」


 カナリスが小さく呟く。ルリハが同意する。


「そうね、私もその方が戦いやすいわ」


「だああああっ!」


 カナリスが剣を手に駆け出す。

 襲いかかる触手。それを今度はルリハが焼き払う。いいぞ、ナイスコンビネーションだ。


「ふん、小癪な真似を!」


 マリナが呪文を唱える。紫色の霧があたりを包む。毒の霧だ。


「モモちゃん!」


 モモちゃんを大きく盾の形にして霧をブロックする。


「でやあああ!」


 そしてその隙に、カナリスが肉塊に斬りつける。真っ二つになる肉塊。だが――


「何っ」


 真っ二つになった肉塊は、見る見るうちに再生していく。


「だめか。カナリス、聖王龍滅波を」


 あれなら俺の体であろうと消滅させられるはず。だがカナリスは首を横に振った。額に変な汗がかいている。


「それが実はさっきヘドロ相手に打ってから、魔力が回復しなくて」


「え?」


 なぜだ? 生徒会長がやられたから、動揺しているのだろうか。


「実は私も、さっきから魔力を節約してるんだけど、どんどん消耗している気がして」


 ルリハも息苦しそうに肩で息をする。


「えっ、僕は別に平気だけど」


 俺が戸惑っていると、マリナが大きく口を開けて笑う。


「ふふ、気づいたようね。この怪物は、魔王様の体の一部。その不死身の体は、一度傷がつくと周りの魔力を吸って回復しようとするの。この土地や建物からだけじゃない。あなた達からもね」


 俺たちから、魔力や体力を奪っている?


「そんな。じゃあ、どうしたら」


 不安げな顔になるカナリス。俺は二人に作戦を伝えた。


「とりあえず、聖王龍滅波を撃てれば勝てるはず。カナリスの魔力が回復するまで、俺とルリハで粘ろう」


「それしかないわね」


 俺とルリハはそれぞれの武器を握りしめた。


「たあぁっ!」


 俺は短剣で斬りかかった。

 が、肉の腕に跳ね返される。咄嗟に受身を取ったものの、地面をゴロゴロと転がる。


「マオ!」


「大丈夫だ。それより魔法で攻撃を」


「ええ」


 ルリハが魔法を繰り出す。だが、自分の体だからこそ分かる。あまり効いていない。俺の体には火耐性、水耐性、風耐性があるからだ。


 やはりカナリスの聖王滅神剣でなくては。


「ふふ……貴方たちも魔王様の体の養分になりなさい。今夜は魔物の力が高まる満月。この学校の生徒たちの魔力を取り込んで、今度こそ魔王様は復活するのよ!」


「馬鹿な。そんなことをしても魔王は復活しない!!」


 思わず叫ぶ。


「いいえ、復活するわ。貴方に何が分かるのよ!」


 キッとマリナが睨む。分かるさ。だって魔王は俺だし。


 チラリとカナリスの顔を見る。相変わらず顔色が悪い。


「カナリス、あいつは人から魔力を奪う。距離を取って。後ろに下がって魔力を回復するんだ」


「だけど、二人が戦ってるのに」


「マオ、危ない!」


 俺がカナリスと話している隙に、肉塊の触腕が俺の方へと向かってくる。


「くっ」


 完全に油断してた。避けきれるか!?

 

 だが向こうのスピードが僅かに俺を上回っている。触手は俺の腕を貫き、腕が地面に落ちた――かと思われた。


「えっ?」


 が、俺の腕は一瞬の内に再び元通りにくっついた。全身が暖かい光に包まれている。俺だけじゃない。ルリハとカナリスも。


 これは、回復魔法ヒール


「大丈夫ですか、魔王様」


 現れたのは、レノル――と、レノルに首根っこを捕まれ、じたばたと暴れるセリであった。まるで母猫に運ばれる子猫のようである。


「てめぇっ、離せ! 私はマオの使い魔にはなったけど、てめぇの部下になったつもりは無いんだよっ!」


「何言ってるんですか、私は彼の右腕ですよ。つまり部下の中で一番偉いんです。だからあなたも私の言うことを聞きなさい」


「絶対嫌だ!! つーが離せよ!!」


「やれやれ、煩い犬だ」


 レノルが手を離すと、セリはズデッ、と地面に勢いよく転がった。


「痛ってえ! てめぇこのクソ神官……」


「揉めてる場合かっ!!」


 俺が一括すると、レノルとセリはようやく口喧嘩をやめた。やれやれ。


「二人とも……?」


 カナリスが不思議そうな顔をする。


「うん、色々あってさ、とりあえず二人は味方だから大丈夫」


 こと回復にかけてはレノルほど広範囲で多くの体力を回復してくれる者はいない。セリも攻撃面で役にたつ。これで何とか凌げるだろうか。


「あら、裏切り者がどの面下げてここに来たのかしら?」


 マリナはセリを見ると渋い顔して腕を振り上げる。


「やっておしまい!」


 触手セリの方へまっすぐに向かっていく。


「ガウッ!」


 セリはそれを、爪の一振りで木っ端微塵にした。


「ごめんねぇ? 私のご主人様は今はマオだから」


 ペロリと唇を舐めるセリ。マリナが眉間に皺を寄せる。


「いいわ。みんなまとめて吹き飛ばすから」


 邪王暗黒剣が暗黒のオーラを纏い始める。ヤバい。あの剣で攻撃してくる気だ!


「皆、俺の後ろに固まれ」


 モモちゃんを盾の形に展開すると魔力を通す。赤い魔法式が、紋章のように光って消えた。


 モモちゃんの体には、あらかじめ回復と防御力アップの魔法式を何重にも書き込んである。これである程度の攻撃は防げるはずだ。


「なるほど。私も助太刀しますね」


 その上から、レノルもシールドを張って二弾重ねの盾とする。これで凌げるだろうか。


「行けっ」


 マリナが力を貯める。天翔る龍の如く渦を巻く黒い霧。やがてその霧が剣に収束する。


「邪王暗黒魔弾――っ!」


 黒い霧が螺旋を描き、砲弾となって発射された。


 轟音と地響きが辺りを包む。


「きゃあっ」


 凄まじい衝撃に地面が揺れる。砂埃で辺りが見えない。


「みんな、無事か!?」


「ええ、何とか」


 ほっと息をつく。どうやら本来の持ち主でない者が技を放ったせいか、思ったより威力は高く無かったようだ。


「キュイ……」


 だがモモちゃんはもう限界のようで、力なく地面に崩れ落ちた。


「モモちゃん!?」


「大丈夫だ。しばらく休めば元に戻るはず」


 これで盾はレノルのシールド一枚となった。次の攻撃を防げる保証はない。

 あの攻撃を連続して打てるとは思えないから、その隙に何としてでもこちらが先に攻撃しなくては。


「カナリス、そろそろいけるか!?」


 カナリスは首を横に振った。


「それが……」


「魔力切れですか。何せここには、魔力を奪う者が三人も居ますからね。立ってるだけで魔力を消費しますよ」


 レノルがため息をつく。俺には全く自覚は無いが、レノルの言い方からして、あの肉塊だけでなく、俺やモモちゃんも魔力を吸収しているのだろう。


 つまり俺が側にいるだけでカナリスが消耗するというわけだ。


 カナリスの手がワナワナと震える。


「なんで僕は肝心な所で役に立たないんだ。シラユキさんやマオくん……大事な人たちを守りたいのに」


「カナリス……」


「大丈夫よ、もう少し休めば……!」


 俺やルリハが慰めるも、カナリスは完全に自信を失った顔をしている。


 どうすれば……!


「ふふふ、一撃は防げたようだけど、次の攻撃はどうかしら」


 マリナは余裕の表情を浮かべ、肉塊に触れる。肉塊はマリナが触れると、金色に輝いた。


 ん?


 その様子を見て、俺はふと疑問に思う。


 俺の肉塊からだに触れているはずなのに、マリナの魔力が枯渇する気配は無い。それどころかさっき大規模攻撃を使ったのにまた何かしようとしている。一体なぜだ?


 ――もしかして、あの肉塊がマリナに魔力や体力を分け与えているのか?


 俺はレノルに尋ねた。


「なあ、俺の魔力をカナリスに分けることってできるか?」


「はい、出来ますが……まさか」


 レノルは少しびっくりしたように答える。


「そうか」


 俺はカナリスの手をとった。ビクリとカナリスの体が震える。


「確かに今のカナリスは父親には及ばないかもしれない。だけどカナリスは間違いなく勇者だ。聖王神光剣を受け継ぐ――魔王を殺しうるただ一人の人間なんだ。自分を信じて」


 カナリスが俺の言葉に顔を上げる。


 ギュッと掌を握り、包み込む。目をつぶり、魔力の流れを意識する。


 今は俺がカナリスの魔力を奪っている。それを逆流させるイメージで。


 俺はいつも周りに助けられてきた。カナリスの優しさに支えられてきた。今度は俺がそれを返す番だ。


「大丈夫、カナリスは負けないよ」


 俺はカナリスの手を握り、真っ直ぐに青く輝く瞳を見つめた。ゆっくりと、だがはっきりとした声で俺は言った。


「だってカナリスは、勇者なんだから」


 そうだ。お前はこの俺と対になる者。俺が心待ちにしていた強者。


 俺をを殺すことのできるただ一人の人間だ。こんな所で負けるはずはない。


 ――負けられては困るのだ。


「……うん」


 カナリスは力強くうなずいた。

 その目にはもう、迷いは無かった。

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