第43話 魔王様と魔王の肉塊
凍りついた廊下を三人で慎重に歩く。
「この辺りは、もう全部探したんだよね?」
「うん。とりあえず鍵のかかってない教室は大体探したよ」
マリナのやつ、どこにいるんだ。生徒会長もマリナに捕まっているのか?
「じゃあ、あとは……」
「そうだ、セリに聞いてみよう」
投影機でセリに連絡を取ろうとするも、何度呼び出しても繋がらない。
「駄目だ、繋がらない」
「もしかして、マオの下僕になった事がバレて、マリナや新魔王軍に酷いことをされてるんじゃ」
ルリハが険しい顔をする。
「まさか」
でも、ひょっとしたらセリの裏切りがバレて、それで相手は事を起こすのを急いだ可能性はある。
だとしたら、生徒会長や他の生徒会メンバーが襲われたのはひょっとしたら俺のせいかもしれない。
「……クソッ」
窓の外には血のように真っ赤な満月が浮かんでいる。満月には魔力がある。満月の夜には魔物がその力を増すのだ。
下唇を噛み締める。
早く見つけないと。
他にマリナや新魔王軍が隠れそうな場所はどこだろう。考えを巡らせる。
脳裏に浮かんだのは、ゲロガーの幼体を捕まえた時のことだ。
そういえばマリナは生物部だと言っていたっけ。
「分かった。着いてきて!」
俺はローブを翻し走った。
「えっ、どこへ行くの?」
「生物室だよ!」
急いで生物室のドアを開ける。しんと静まり返っていて、そこに人の気配は無い。
「誰も居ないわよ」
「本当にこんなところに?」
訝しがるルリハとカナリス。
「いや、恐らくここだ」
俺は黒板の横の扉を指さした。ゲロガーの幼体を封印した時、マリナはこの扉の奥にある生物準備室から封印石を持ってきたのだ。マリナはここの鍵を持っている。
「モモちゃん」
「キュイ」
モモちゃんを細長く変形させ、鍵穴に差し込む。
カチャリ。
音がして、扉が開いた。
暗い部屋の中を投影機で照らし、慎重に中を照らし出す。
「誰もいないわよ?」
「――いや」
床を注意深く見てみると、何かを引きずったような擦り傷がついている。
その跡には、見覚えがあった。確か魔王城にもこんな仕掛けがあった。
「よいしょ」
目の前にある本棚の本を片っ端から押していく。
「何してるの?」
「隠し扉を探してるんだよ」
腕に力を込める。手応えがあった。赤い背表紙の本を押すと、ぐっと本棚自体が後ろに動いた。
ゴゴゴゴゴ。
低い音。
「な、何!?」
ルリハとカナリスも思わず狼狽える。
「やっぱりか」
先程まで本棚があった場所にはポッカリと人ひとり通れるだけの穴が空いている。
「ビンゴ。隠し通路だ」
暗闇の奥には、地下へと続く不気味な階段が伸びていた。
「隠し通路!?」
ルリハが興奮気味に声を上げる。
何だかやけに嬉しそうだ。
通路の奥を照らすと、薄暗い闇の中には石でできた階段が続いている。誰がなんの目的で作ったのだろうか。
「とりあえず、行ってみよう」
「うん」
先に通路に入ろうとしたルリハをカナリスが制止する。
「待って、僕が先頭に立とう」
それもそうだ。この先、どんなモンスターが現れるか分かったものじゃない。剣士のカナリスが先に立ってくれるのは心強い。
警戒しながら、三人で薄暗い階段を降りる。投影機で照らしてはるものの、模擬ダンジョンと違い、明かりが自動的に灯る訳では無いので先は真っ暗だ。
ひんやりと這い寄るような地下の冷気。
かび臭い匂いがあたりを包んでいる。
「足元に気をつけて」
カナリスが慎重に隠し通路の先の謎の地下空間を照らしだす。
がらんと広い石造りの空間に、微かな水音が響く。真ん中には水路があり、その量側にそれぞれ道が続いていて先は見えない。
「地下水路?」
「かなり広いみたいね」
「凄いや、まるでダンジョンだね」
冷たい石畳に声と足音が反響する。
かなりの広さだ。まさか学園の地下にこんな空間があったとは。
「一体どこまで続いているんだろう」
カナリスを先頭にして薄暗い通路を進む。
ときおりピチャリピチャリと水滴の落ちる音がする中を歩いていると、不意にカナリスが立ち止まった。
「モンスターだ」
見ると、闇の中に蠢くものがある。木のモンスター人面樹だ。
「任せて」
ルリハが杖を振る。
「フレイム!」
軽やかに吹き出し、壁状に広がる炎。レベルが上がったせいだろうか、魔法の発動も以前よりスムーズになったように見える。溶けるように人面樹は塵になる。
「凄いね、いい魔法だ」
カナリスが褒める。
「ありがとう。でもこれは、マオのおかげよ」
「マオくんの?」
不思議そうな顔をするカナリス。
俺は苦笑した。
「いや、ルリハの力だよ。それより先を急ごう」
駆け出そうとした瞬間、今度は水路の水面が山のように盛り上がった。
「きゃっ!」
「モンスター!?」
俺たちの数倍はある大きなヘドロモンスター、ヘドロドンが俺たちの行く手を阻む。
「二人とも、ちょっと離れてて」
カナリスが俺たちを下がらせる。
聖王神光剣の周りに黄金のオーラが集まっていく。
「聖王破魔光波!」
剣から光の帯が溢れ出る。
辺りが真っ白な光に包まれ、轟音とともにヘドロドンが消滅していく。
凄い。
体にゾクゾクと震えが走った。カナリスが手にした黄金の剣から目が離せない。
十五年前、ついぞ対決が果たせなかったあの剣が目の前にあるのだ。
俺の体は不死身だ。俺の体の中にある核を壊されない限り、何度でも復活する。
だがその核を壊すことの出来る唯一の剣、それがこの聖王神光剣なのである。
「凄いわね……」
ルリハもポカンと口を開ける。
カナリスは少し視線を落とした。
「いや、これくらい大したことないよ。父さんには遠く及ばないし。それより早くシラユキさんを見つけなきゃ」
「うん」
「そうね」
モンスターの襲撃を警戒しながら、さらに奥へと進む。
薄暗い通路の先に、分厚い扉が見えてきた。そこから濃厚な魔力と邪気が漏れ出てくる。
ゴクリ、唾を飲み込む。
間違いない、この先だ。
扉に鍵はかかっていない。ゆっくりと押し開ける。
ギィ……。
扉を開けると、そこには人の倍ほどの大きさに成長した巨大な肉塊があった。
「……な、何あれ」
そして肉塊の横には今回の件の首謀者が邪悪な笑みをたたえ立っていた。
「あら、いらっしゃい。遅かったのね」
クスクスと笑うその女は、頭から角が生え、露出度の高い衣服を身にまとってはいるが、間違いなくマリナである。
「角……マリナも魔物だったの?」
カナリスが戸惑う。
「ああ、セリの言った通りだな」
セリが言うには、マリナはサキュバスの血を引く悪魔で、そのフェロモンで男子生徒たちを操り、新魔王軍の集会で精気を集め、魔力を蓄えていたのだという。
「セリ。そうそう、あの使えない駄犬、裏切ったのね。後でお仕置きをしておかなくちゃ」
妖しげな笑みをたたえるマリナ。
「びっくりしたな。いつもとまるで雰囲気が違うじゃないか」
カナリスが剣を構える。
「ええ、彼女もそう言っていたわ」
「彼女?」
マリナが暗がりをランタンで照らす。灯りの先には生徒会長が横たわっていた。制服が赤く染まっている。どうやら腹を刺されたようだ。
「シラユキ!」
「彼女、魔法は強いけど、精神異常魔法への耐性がまるでないみたいね。私が幻惑の魔法をかけたらこの通りよ。ま、満月で力が増してるってのもあるけど」
「この……っ」
カナリスが刀を振り上げマリナの方へと走る。
「カナリス、いけない!」
慌てて叫ぶも、蠢く肉塊から矢のように無数の触手が飛び出てくる。
「くっ」
避けきれない――そう思ったその時、ルリハがフレイムで肉塊の触手を焼き払った。
「ナイス、ルリハ!」
カナリスは触手が焼き払われたその隙に、生徒会長を救出することに成功した。
「マオくん、ヒールを」
「うん、分かった」
傷口に手を当てヒールをかける。
真っ白な光が生徒会長を包む。
「ありがとう……うっ」
だが起き上がろうとした生徒会長がかおをしかめ腹を抑えた。見ると、塞いだハズの傷口が紫色に変色していた。
「ひょっとしたら毒かな。無理しないで、もう少し寝ていた方がいい」
俺は生徒会長を攻撃の届かない奥の方に寝せた。
「シラユキさん……」
カナリスの顔が真っ青になる。俺はカナリスの肩を叩いた。
「カナリス、とりあえず血は止めたし命の危険はないと思う。それよりマリナたちを倒そう」
「う、うん。そうだね」
カナリスは剣を構える。大丈夫。カナリスの聖王神光剣があれば勝てるはずだ。
「たあああっ!」
カナリスが大きく剣を振りかぶる。が――
ガキン!
「何っ!」
カナリスの剣は、マリナの持つ漆黒の剣によって阻まれる。
「フフ」
黒い刀身をペロリと舐めるマリナ。
「あれは……」
まさか邪王神滅剣!?
武器屋にあったはずの邪王神滅剣を買ったのは、マリナだったのか!?
「まずいな」
俺は奥歯を噛み締めた。
不死身の
勇者の持つ聖王神光剣と、魔王の持つ邪王神滅剣だ。
すなわち邪王神滅剣を手にしたマリナの攻撃を食らえば、俺は死ぬ可能性があるのである。
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