8.魔王様vs魔王様

第42話 魔王様と氷漬けの校舎

「ただいまー」


 生徒会長からのメッセージに違和感を覚えながらも部屋に戻る。燭台が自動的に灯り部屋がぼんやりと明るくなる。


 生徒会長の言葉通り、部屋にカナリスの姿が無い。誰も迎えてくれない静かな部屋は、いつもより少し寂しく見える。


「ふう」


 ローブを脱ぎ、荷物を床に置くと、机の上に書き置きがあるのが目に入ってきた。


『ちょっと出かけます。帰るのは夜中になるかもしれません。どうかマオくんは心配しないように』


 基本的には生徒会長と同じような事が書かれているが――なんだか嫌な予感がした。


 やはりカナリスや生徒会長たちは、今から新魔王軍の集会に乗り込むつもりじゃないのか。


 二人は俺よりも強いだろうし、大丈夫……だと思うが、なんだか気持ちが落ち着かない。


「……ちょっと確認しに行くか」


 俺は部屋を抜け出すと、男子寮の三階、副会長の部屋へと向かった。


「副会長、副会長! 居ますか?」


 部屋のドアを激しくノックすると、同居人が出てくる。


「イーグルなら居ないよ」


「どこへ行ったか、分かります?」


「えっと、確か学校から妙な魔力を感じたから生徒会のみんなで向かうってさ。恐らく新魔王軍絡みじゃないかって」


「ありがとうございます」


 俺はローブを翻し走った。やっぱり生徒会のメンバーたちは新魔王軍の集会に乗り込むつもりなのだ。


 走りながら、レノルに急いで連絡を入れる。


「もしもし、レノル、今どこだ?」


「学校ですよ。当直なので」


 当直。良いタイミングだ。


「学校で何か異変は無いか?」


「異変も何も明らかにおかしいですよ。ひょっとしたら、こちらの行動が敵にバレたのかもしれませんね。学校中が妙な魔力で満ちてますし、校舎や生徒も――」


 やはり学校で何かが起きているのだ。


「分かった。今から向かうから待っていてくれ」


「あ、ちょっと」


 ――ピコン。


 ちょうどそこへ、ルリハから連絡が入る。俺はレノルとの会話を打ち切りルリハの方に出た。


「もしもし」


「ちょっと! 何か学校から変なオーラが上がってるからとりあえず来てみたんだけど、何か変なの。これって新魔王軍の件と何か関係があるのかしら?」


 ルリハの慌てた声。なんでルリハまで学校に居るんだよ!


「分からない。けど生徒会の面々も動いてるみたいだし、その可能性が高いと思う。今から俺も向かうから、ルリハは宿直室に行ってレノルと合流して」


「分かったわ」


 俺は大急ぎで校舎へと向かった。


「クソッ」


 ルリハのやつ、上手くレノルと合流できればいいけど。


 息を切らしながら校門にたどり着く。


「……何だこれ」


 確かにレノルやルリハの言った通り様子がおかしい。


「凍ってる?」


 校舎の中の至る所が凍っている。しかも氷の中に生徒が閉じ込められている。


「これは……生徒会長の魔法か?」


 氷の魔法を使う魔法使いと言ったら、生徒会長ぐらいしか思い浮かばない。

 でもどうしてこんなに沢山の生徒を氷漬けにするようなまねを。しかも学校ごとだなんて。敵の親玉はマリナじゃないのか?


 とりあえず職員室の横にある宿直室を目指すとするか。単独行動は危険だ。今はルリハとレノルと合流することを優先しよう。


 宿直室にやってくると、コピー機で何やらコピーしているレノルと体を震わせるルリハがいた。


「マオ、寒くなかった?」


「寒かったよ。どうなってるんだ? これ」


「どなたかの魔法でしょうね」


 コピー機から出てきた紙を部屋中に貼り付けるレノル。


「それは?」


「魔法陣プリンターです。インクに魔力物質が含まれているので、コピーするだけで簡易的な結界が張れるんですよ。便利な時代ですねぇ」


 ヘラヘラと笑うレノル。笑っている場合か。


「それよりこれは……何で学校が凍ってるんだ」


「分かりません」


 レノルは首を横に振る。


「ですが、とりあえずこの部屋は結界で何とかしていますが、魔力炉だとか学校の設備が心配なので、私はこれから校内の見回りに行こうと思います」


 レノルは錫杖を手にコートを羽織ると、クルリと振り返った。


「魔王様たちはくれぐれもここを動かれませんよう」


「ああ。すぐ戻ってこいよ」


 俺とルリハは、肩を震わせながらレノルの帰りを待った。

 魔法陣のおかげで凍結は防がれているものの、部屋の外が凍っているせいか、まるで氷の中にいるみたいである。


「遅いわね、レノル先生」


 はぁ、とルリハが手に息を吹きかける。


「ああ」


 宿直室の時計を見上げる。レノルが出て行ってから三十分近くは経っただろうか。あいつ、いつ戻ってくるんだ?


「少し様子を見に行こうか」


「そうね」


 二人で教室のドアを開け、辺りを慎重に見回す。


 レノルの張った結界から一歩出たら最後、どこから敵が襲ってくるか分からない。


 俺たちは、足音を立てないようにソロリソロリと校舎を見て回ることにした。


「しかし、どこもかしこもカチコチだね」


「そうね。もうちょっと厚着してくれば良かった」


 震えながら職員玄関口にやってくると、誰かが走ってくるような足音が聞こえた。


「レノル先生かしら」


「いや、分からない。とりあえず隠れよう」


 俺とルリハが息を殺し靴箱の裏に隠れていると、足音の主が姿を現した。


 見慣れた金色の髪にブルーの目。そして腰から下げた金色の剣。


「カナリス!」


 思わず声を上げる。

 カナリスも顔を上げこちらを見ると、びっくりしたような顔で駆け寄ってきた。


「マオくん、どうしてここに!?」


「ルリハから学校がおかしいっていう連絡が来てここに来てみたんだよ」


「それでしばらく宿直のレノル先生と宿直室にいたんだけど、レノル先生が外に出たまま帰ってこないから、私たちも様子を見に出てきたのよ」


 ルリハが付け足す。


「そうだったのか」


 ほっと白い息を吐き出すカナリス。


「カナリスは? 生徒会の人たちと一緒じゃないの? 生徒会長は?」


 カナリスは目を伏せ、唇を噛み締めた。


「それが、学校で妙な魔力を感じて生徒会のみんなと学校に乗り込んだんだけど、学校に足を踏み入れたとたん、男子生徒たちが誰かに操られたように襲いかかってきて」


「男子生徒たちが?」


「うん。それで、一緒に来てた副会長や他の生徒会のメンバーも皆操られてしまって、平気だったのは僕とシラユキさんだけになってしまって」


「精神異常系の攻撃かしら」


 ルリハが顎に手を当て考え出す。


「シラユキさんは『ここは私の氷魔法で何とかするからカナリスは先に』って。でも学校のどこを探しても敵の姿は無いし、それでシラユキさんと別れた場所まで戻って来たんだけど、今度はシラユキさんの姿もなくて」


 カナリスが俯く。その手はガクガクと震え、目には涙を溜めている。


「どうしよう、シラユキさんが……僕のせいで危険な目にあっていたら。僕があの時シラユキさんをあの場に置いてきたせいで……」


 泣きそうになるカナリスの手を僕はギュッと握った。


「大丈夫だよ。カナリスのせいじゃない」


「そうよ。あの会長だし平気よ。殺しても死なないわ!」


 ルリハも慌ててカナリスを励ます。


「二人とも……」


 ルリハが俺の腕を引っ張る。


「ねぇマオ、私たちも生徒会長たちを探すお手伝いをしましょうよ。ねっ」


 ルリハの瞳が極寒を照らす炎のように光った。俺は頷いた。


「そうだね。三人で生徒会長と、生徒たちを操った犯人たちを見つけよう」


「ありがとう」


 カナリスは涙を拭う。

 ルリハは力強く右手を突き上げた。


「じゃあ、生徒会長を探しに行くわよ!」


「おう!」


 俺とルリハ、カナリスの三人は廊下を急いだ。

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