第39話 魔王様と取引
男子寮に戻る頃には、外はすっかり暗くなっていた。
「ただいまー」
そそくさと受け付けの前を通ろうとすると、男子寮の寮母・エイダさんに引き留められる。
「ちょっと」
パイプの煙を吐き出しながら人差し指をクイクイと曲げるエイダさん。
「な、何でしょうか」
俺が恐る恐る近づくと、エイダさんは口の端をニィと上げた。
「アンタ、やるねぇ。可愛い顔してるくせに」
「え?」
何のことだかさっぱり分からない。
「口紅、付いてるよ」
言われてハッと気づく。
口にルリハのリップを付けたまま男子寮に戻ってきてしまったのだ。
慌てて袖で口を拭う。
「あ、あの、これは」
「若いっていいわねぇ。でも、学生なんだからイチャつくのも程々にしなさいね。門限はきちんと守ること」
どうやらエイダさんは、口にリップがついているのは女の子とイチャついたせいだと思ったらしい。
女装したなんてバレるよりはましだが、大きな誤解である。
「はい、分かりました」
慌てて部屋に戻る。
はー、びっくりした。心臓をバクバク鳴らしながらエレベーターに乗り五階へと向かう。
「おかえりー、遅かったね?」
カナリスが出迎えてくれる。
「あ、うん。ちょっとね」
「ふーん」
今度はカナリスが探るような目で俺の顔を見てくる。な、何だ。まだ何かあるというのか。
「じゃ、じゃあ俺、手を洗うから」
そそくさと洗面所へと向かう。
何なんだカナリスのやつ、人の顔をジロジロ見て。
手を洗い終え、顔を上げると、その理由が分かった。
「げ」
口の端から頬にかけて、べっとりとピンクのリップの色がついてしまっている。
どうやらさっき袖で口を拭った時に、かえって色が広がってしまったようだ。
うわ、これ逆に女の子とイチャイチャした感が増してるじゃん。
「いやー、ルリハにリップクリームを借りようとしたんだけどさ、間違って色つきのを借りたみたいで参ったよ。あっはっは!」
誤魔化したものの、カナリスは不審そうな目をこちらに向けた。
「ふーん?」
ピコン。
カナリスの投影機が光る。
「あ、ほら、鳴ってるよ?」
話題を変えようと投影機を指さすと、カナリスは不審そうな顔のまま投影機を拾い上げた。
「ルリハちゃんからだ」
「ルリハから?」
カナリスは投影機をしげしげと眺めると、俺に向かってニッコリと笑いかけた。
「へぇ、マオくん、女装似合うね!」
「ゲホゲホゲホゲホ!」
ルリハのやつ、何でカナリスに女装
「い、いや、これは」
「凄く可愛いよ。いつもこの格好にすれば?」
「勘弁して」
やけに上機嫌なカナリス。やっぱり兄貴が女装趣味だから女装が好きなんだろうか。
すると俺の投影機にもメッセージがくる。ルリハだろうか。開くと生徒会長からだ。
>【生徒会長】貴様の女装姿は中々に似合っている。以後この格好で過ごすように(๑•̀⌄ー́๑)b
なぜ生徒会長にまで!?
大きなため息をつく。
全く、俺は男の娘では無いのだぞっ!?
◇
「――で、こんな所に呼び出して何なの?」
翌日、俺とルリハはセリを裏庭に呼び出した。セリは見下したような目で俺たちを見やる。
「単刀直入に言うけど、クザサ先生をやったのはあなたでしょ?」
「は? 何を証拠に」
「証拠ならある」
俺はセリの部屋から盗んだ制服を見せた。
「ほら、この袖。ここについてるのはクザサ先生の血だろう? 鑑定すれば一発だぞ。それにこれ、クザサ先生の部屋から見つかった獣毛と同じだ」
証拠を突きつけると、セリは一瞬キョトンとした後、腹を抱えて笑いだした。
「ハハッ、ハハハ。その子から呼び出された後、制服が無くなったのには気づいていたけどさー、てっきり生徒会長かと思ってたら、まさか犯人がアンタだったとはね! どうやって女子寮に忍び込んだの? まさか女装?」
可笑しそうに腹をよじらせ笑うセリ。
「うっ、うるさい! 色々と手はあるんだよ!」
「でぇ? 私が犯人だとして、どうするワケ? 警察に連れていく? それとも生徒会長に引き渡すの?」
「いや、取引をしよう。俺は生徒会長サイドじゃないし、奴らに見つかったら魔王の体を壊されるかも知れん。俺は魔王の体を回収したいんだよ」
セリは俺の言葉を聞くと、ニヤリと唇を歪ませ笑みを浮かべる、
「なるほどねぇ。アンタも魔物だから、勇者サイドには魔王の体は渡したくないってワケ」
「えっ?」
ルリハがビックリしたように俺の顔を見やる。
「そうなの?」
俺はその問いにはあえて答えなかった。
「俺が魔物? どうしてそう思う?」
セリの目を見据える。
「そりゃ、アンタみたいな大人しそうなのがピアスなんかしてたら目立つしさ、私と同じで魔力制御装置なんじゃないかって、ずっと思ってたんだよね」
「やっぱりお前のピアスも魔力制御装置か」
「あったり前じゃーん」
おどけてみせるセリ。
「なるほど、派手なアクセサリーをジャラジャラつけたり、そんな露出度の高い格好をしていたのはピアスから注意を逸らすためだったのか」
俺が言うと、セリはキョトンする。
「まさか。これはただのファッション!」
セリはスカートをめくり上げパンツを見せてくる、
「ほら、これはただの見せパンだしぃ。見られても全然恥ずかしくないやつ! このブラも見せブラだし、まー水着みたいなもん? 全然恥ずかしくなんて無いしぃ」
「わ、分かったからスカートをたくし上げるのはやめろ!」
「そうよそうよ。破廉恥よ!」
全く、最近の若者のファッションはサッパリ分からん。どう見ても下着ではないか!
「ププッ、赤くなっちゃって、アンタらって本当にお子様」
悪戯っぽく笑うセリ。
「そんなことはどうでもいい。魔王の体はどこだ?」
「教えるわけないじゃん」
「何っ?」
「だいたい証拠があるっつったってさー、その証拠だって、アンタから奪い取れば良いわけじゃん?」
「……なるほど。戦闘が希望か」
セリが捕食者の目になりせせら笑う。
「アンタみたいな雑魚、簡単に倒せるし」
セリは制服のローブを勢いよく脱ぎ捨てた。ネクタイを緩め、ブラウスのボタンを外す。
「やってやろうじゃん」
セリの体が見る見るうちに大きくなっていく。毛に包まれ、獣耳が立ち上がる、
「ワーウルフ!?」
真っ黒な毛、赤く血走った目。大きな口にびっしりと牙の生えた獣がそこにいた。
やはりクザサ先生を襲った犯人はセリだったのだ。
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