第40話 魔王様と人狼

 赤い舌からボトボトとヨダレを垂らし喉を鳴らす真っ黒な狼。


 ルリハは顔を青くして後ずさった。


「大丈夫だ、ルリハ。獣型の魔物は火が苦手なんだ。ルリハの魔法との相性は良いはずだ」


 それにワーウルフは夜に比べて昼間の戦闘力が落ちる。今夜は魔物――特に獣型の魔物の力が最も高くなる満月だ。満月の夜に戦うよりは今戦っておいたほうがいい。


「そ、そうね」


 ルリハがキッとセリを見据える。


「覚悟なさい、オオカミ女!」


「ふん、威勢だけはいいじゃん」


 ――アオーン。


 セリが遠吠えをする。ビリビリと体に悪寒が走る。


「くっ!」


 足を止めると、すかさず鋭い爪が襲いかかってきた。


「ガウッ!」


 辛うじて避けつつ、短剣で反撃する。脇腹に鋭い痛み。腹部を押さえると、べっとりと血が付いていた。


 ――速い。


「へーえ、よく避けたね」


 セリは余裕の笑みを浮べている。腕から血を流しているが傷は浅いらしい。


「マオ!」


「大丈夫だよ、すぐ回復する。それより攻撃を」


「え、ええ」


 ルリハは震える手で杖を構えた。


「ファイアー!」


 灼熱の炎が開く。


「くっ」


 セリが炎を嫌がり後ろに下がった。やはりだ。獣系のモンスターは炎を嫌がる習性があるのだ。


「ルリハ、その調子だよ。ファイアーで追い詰めるんだ」


「分かったわ」


 ルリハが小さくファイアーを放つ。


 そしてセリをどんどん壁際へと追いつめた。


「さて、追い詰めたぞ」


「ふん、壁際に追い詰めたからってなんだっていうの? 炎が来ようとサーベルで攻撃されようと、避けれるし、むしろ接近戦ならこっちの方が」


「そうか?」


 瞬間、背後の壁からニュルリと触手が湧き出てきて、セリの手足の自由を奪う。


「げえっ、何なのこれ!」


 モモちゃんに壁に化けてもらい、背後からセリを羽交い締めにする作戦だ。


「クソッ動かない!」


 口を大きく開け、モモちゃんを噛みちぎろうとしたセリだったが、その口に触手が巻き付き、噛みつきを封じる。


「よし、そのまま抑えてて」


「どうする? ファイアーで焼く?」


 ルリハが杖を構えると、セリは身を固くする。


「やっ、やれるもんならやってみなっ!!」


 俺は首を横に振った。


「いや、こいつにはまだ聞きたいことがある。――レノル!」


 俺が呼ぶと、レノルが何も無い空間からすうっと現れた。


「はい、魔王様。これを」


 レノルが持ってきたのは、犬の首輪の形をした魔道具だ。


 セリの顔色が変わる。


「首輪だと?」


「そうです。ここは主従決闘をなさっては。勝った方が負けた方の主人となるということで」


 ニコニコとレノルが言う。


 主従決闘とは、魔物同士が行う睨めっこみたいなもので、先に目を逸らした者が負け。負けた方が勝った方の使い魔になるという決闘方法である。


 前の体の時は、一度も負けたことが無かった。欲しいと思った魔物であれば、敵将でも容赦なく強奪できた。だが今の体ではどうだろうか。モモちゃんの時は上手くいったが――


「アンタ本気?」


 セリの顔が青くなる。


「ああ。そうでもしないとお前が首謀者について口を割るとも思えんし。お前には使い魔になってもらう」


「大丈夫ですよ。魔王様が生まれながらに持つスキル、魅了があれば魔物、特にメスならば効果絶大です」


 レノルがなぜかウキウキと解説する。


「……それならいいが。とりあえずやってみるか」


 力を使い果たして人間の姿に戻ったセリの顎を掴むと、俺は強引に上を向かせた。じっと至近距離でその瞳を見つめる。


「――くっ」


 しばらく見つめあっていると、セリの顔が真っ赤になった瞳が潤む。心なしか息づかいが荒い。魅了は入っただろうか、いまいちよく分からない。


「そ、そんなじっと見るなっ」


 茹でダコみたいになって身をよじらせるセリ。


「俺の命令に従えば命だけは助けてやる。でなければお前は犬の丸焼きだ。従うか?」


 じっと目の奥を見つめていると、セリはしょぼんとした顔で視線をそらした。


「……なら仕方ない」


 俺はセリの顎から手を離した。


「よし、決まりだな。今日からお前は俺の下僕だ」


 ガックリと項垂れるセリ。親指を切り、その血で額に従属の証を刻む。血は赤々と光り、主従の絆が繋がったことを示した。


「チッ」


「チッじゃないだろ。ご主人様だろ?」


「ご、ご主人様」


 犬の首輪を付けたセリが嫌そうに俺を睨んだ。一応上からローブは着せてあるが、獣に変身する時に服を脱ぎ捨てたので、ローブの下は裸に首輪である。実に危ない格好だ。


「よしよし。じゃあ聞くが、お前のような犬頭にクザサ先生暗殺の計画を立てれたとは思わん。共犯者というか首謀者がいるんだろ?……とその前に」


 俺はセリの首輪を指でなぞるとニッコリ笑った。


「まずは三回回ってワンって言ってもらうかな」





「新魔王軍の首謀者は、マリナだよ」


 セリが重い口を開く。


「マリナが?」


「まさか。あんなに良い人そうなのに」


 ルリハが信じられないという顔をする。


「ああ。あいつは良い人のふりをして人の心につけ込むのが上手いからね。みんなすっかり騙されちゃって、バカだね」


 セリがせせら笑う。


「なるほどな」


 俺が言うと、セリは片眉を上げた。


「マオ、あんたはビックリして無いみたいだけど、マリナの正体を知ってたの?」


「いや。でもニコニコしていて一見優しそうなやつに要注意だってのは誰かさんを見ていれば分かるし」


「おや、一体誰のことでしょう」


 レノルはにっこりと微笑んだ。


 それにセリの部屋に忍び込んだ時にマリナのネグリジェ姿を見たけど、その時にへそにピアスが見えて、それでひょっとしたらと思っていたのだ。

 よく考えたら、隣の部屋で少し物音がしたくらいであんな着の身着のまま慌ててセリの部屋に来るのもおかしいし。


「それにしても、マリナはどこで魔王の体を手に入れたんだ」


「十五年前に偶然手に入れたって言ってた。でもその時は今みたいに動いたりしなかった」


「そうなのか?」


「うん。肉片が活性化したのは今年になってからだね。マリナはそれを、同じく肉片を持つ者が現れたせいじゃないかって言ってた」


 なるほど。マリナはそれでクザサ先生を襲ったんだな。


 けど恐らく肉片が動き出したのはクザサ先生が魔王の体を研究しているせいではなく、魔王の本体である俺が現れたせいだ。俺の体の中には魔王の核があるから。


「で、マリナは肉片をどこに隠してる?」


「それは分からない。でもたぶん寮の部屋には隠してないと思う。もっと広い場所じゃないと」


「そうか。ありがとう」


 首謀者は分かった。だが相変わらず、俺の体の一部の手がかりはなしか。


 マリナのやつ、一体どこに肉片を隠しているんだ?

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