第38話 魔王様と女子寮潜入

 二人で女子寮の入口へと向かう。

 緊張する。口の中がカラカラ乾く。手に変な汗までかいてきた。


「ルリハは何とか理由をつけてセリを呼び出して。その隙に、俺がセリの部屋を家捜しするから」


「分かったわ」


 ルリハは俺の顔をチラリと見やった。


「マオ、緊張してる?」


「当たり前だよ。男子が女装して女子寮に入ったなんて事がバレたら大問題だし」


 ルリハはカラカラと笑う。


「大丈夫よ。うちの寮母さん、案外鈍感だし」


 そういう問題なのだろうか。


「ただいまー」


 ルリハにくっ付いて、寮の玄関を恐る恐るくぐる。心臓がバクバク鳴った。


 寮母さんは長い金髪に青いワンピース。おっとりとしていて優しそうなお姉さんだ。

 ルリハたちによると、彼女の名はリイダさんというのだとか。


「おかえりー」


 にこやかに俺たちのことを迎え入れるリイダさん。だけど、その目の色が突然かわった。


「あ、ちょっと待って、あなた」


「ボ……私ですか?」


 突然指さされ、心臓が縮み上がる。まさか、もう女装がバレたのか。


「そう。あなた、制服にゴミがついてるわよ?」


 どうやら先程被服室で着替えた時にホコリがついたらしい。


「あっ、本当だ~! ありがとうございます。それではっ!」


 慌ててゴミを取ると、二人で走り去る。

 リイダさんの見えないところまで来ると、俺は大きく息を吐き出した。


「全く、ビックリさせないでよね」


「ビックリしたのはこっちだよ……」

 

 薄暗い階段を上がる。セリの部屋は二階だ。


 俺は通路の陰に隠れ、ルリハがセリの部屋のドアを叩くのを見つめた。


「はい?」


 不機嫌な顔でセリが出てくる。ピンク色の派手なキャミソールに短パン姿だ。相変わらず露出度が高い。


「あの、セリさんですか?」


 わざとらしい笑みを作るルリハ。


「そうだけど、何か用?」


「えっと、生徒会長がセリさんのこと呼んでるんですが」


「生徒会長が私を? 何でよ」


「さ、さあ。私もよく知らないんだけど」


「理由も知らないのに呼びに来たワケ?」


「たまたま道であって伝言を頼まれたのよ。とにかく着いてきて」


 上手いことルリハがセリを外に連れ出す。

 階段の下へ姿を消したのをいいことに、俺はセリの部屋の前までやってきた。


「モモちゃん」


 呼び出すと、先程まで胸に化けていたモモちゃんがブラウスの胸元から出てくる。


「モモちゃん、この鍵穴の形になれるか」


「キュイ」


 モモちゃんが変形し、鍵の形になる。

 俺は細長くなったモモちゃんをカチャカチャと鍵穴に差し込んだ。何度か回すと、感触があった。


「開いた」


 音を立てないように静かにセリの部屋に侵入する。


 机の上にはアクセサリーやコスメが置いてあり、ピンクのカーテンにピンクのベッドカバーと布団、枕元には熊のぬいぐるみが置いてある。意外と可愛い所もあるらしい。


 しかし肝心のクザサ先生を襲った証拠や俺の肉片は見つからない。


「わわっ!」


 が、途中、何か布を踏んでしまい足を滑らせる。


「痛たたた」


 何か踏んだみたいだ。


 足に引っかかったものを拾い上げると、それは真っ赤なスケスケのパンツとブラジャーだった。


「げっ!」


 全く、こんな破廉恥な下着をつけているなんて、あいつ本当に高校生かよ!


 俺がタンスや棚の中を調べているとモモちゃんがキュイと鳴いた。


「どうした?」


 耳を澄ますと、こちらへ向かってくる足音がした。


 まさか、もうセリが帰ってきたのか!?


 コンコンとノックの音。


「セリ? 今の音は何?」


 この声はマリナ?


 恐らくマリナは隣の部屋なのだろう。先程俺が転んだ音を聞いて、心配して来てくれたわけだ。


 ま、まずい。俺はキョロキョロと辺りを見回した。どこかに隠れないと!


「セリ? いるの?」


 マリナが部屋に入ってくる。


「おかしいわね、今、物音がしたと思ったんだけど」


 俺はタンスの中に身を隠し、部屋をキョロキョロと見回すマリナを隙間から見守った。


 マリナはいつもの制服姿とは違い、紫色の透ける素材のネグリジェみたいなのを着ている。


 普段は清楚な委員長が、あんな大胆な部屋着を着ているとはびっくりだ。


「気のせいかしら」


 マリナは部屋をグルリと見渡すと、部屋を出ていった。


 マリナが隣の部屋に戻る音を聞き届けると、ほっと息を吐く。


「はー、危なかった」


 しかし、思ったより時間を食ってしまった。そろそろセリも戻って来るかもしれないから早めに戻らないと。


 結局、大して収穫は無かったな。そう思いながらタンスの中から出る。


 と――


 タンスの中に掛かっている予備の制服に目がいく。よくよく目を凝らさないと分からないが、この制服の裾についてるの、血じゃないか?


 俺はとりあえず制服を紙袋に入れると急いで部屋を出た。


 セリの部屋から出て程なくして、セリとルリハの声が聞こえてきた。慌てて通路の影に隠れる。


「生徒会長、自分から呼び出しておいて来ないなんて、マジむかつく」


「もしかして、待ち合わせ場所を間違ったかしら」


「ちゃんと聞いておいてよね」


 セリが部屋のドアを開ける。


「あれ、鍵閉め忘れてたわ」


 一瞬、部屋に侵入したことがバレたのかと思ったが、あまり細かいことは気にしない様子でセリは部屋へと戻った。


 ほっと息を吐く。

 ルリハも脂汗をダラダラかきながらこちらに戻ってきた。


 良かった。どうやら上手くいったみたいだ。





 女子寮の前でルリハと別れると、学校のトイレで男子の制服に着替え、レノルと合流する。


「お疲れ様です」


 何が楽しいのか上機嫌で迎えるレノル。


「ああ。本当に疲れたよ」


 俺は空き教室の椅子にどっかりと腰掛けた。


「それで、女子寮では何か見つかりましたか?」


「ああ」


 紙袋からセリの制服を取り出す。


「これは?」


「パッと見は分からないかもしれないけど、袖口に血がついてるんだ」


 袖口をひっくり返し、レノルに小さな血の跡を見せてやる。レノルは眉間に皺を寄せじっと血の跡を見つめた。


「これがクザサ先生の血だと?」


「それは血の中の魔力物質を鑑定すれば明らかになるだろ。それだけじゃない、この毛を見てくれ」


 俺は制服にくっ付いていた黒く硬い毛をレノルに見せた。


「ふむ、獣の毛ですね。ラボで見つけたものと同じもののように見えます。これは成果と言えるでしょう」


「後は俺の体の一部が見つかればベストだったのだが、もしかすると他の場所に隠しているのかもしれない」


 レノルが顎に手を当てて考えだす。


「もしくは共犯者がいるのかもしれませんね」


「ああ。早速明日にでも、セリを呼び出して吐かせよう」


 新魔王軍や先生の襲撃、そして無くなった俺の肉片。その犯人が、もうすぐ明らかになるだろう。

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