第4話 魔王様と最初の授業
カーテンの隙間から薄く差し込む朝日で目を覚ます。
「ん、ここは」
辺りを見回すと、いつもの見慣れた神殿ではない。質素な机と棚。申し訳程度の台所。そして壁には真新しい制服がかかっていた。
おろしたての白いシャツに赤のネクタイ。紺のブレザーに紺のズボン。黒のローブには、胸元に金のドラゴンの紋章――名門校、アレスシア魔法学園の生徒である証がきらめいている。
「そうだ。今日は入学式だ!」
時計を見て慌てる。あと十五分ほどで始業時刻である。
窓の外では、同じ制服を来た生徒たちが学校へと急いでいる。
まずい。今から食堂に行っても間に合わない。朝食は抜いていくしかない。
ブカブカの制服に着替えて寮を出る。
教室に着くと、クラスメイトたちは皆ほとんど席についている。
どうやらギリギリで間に合ったようだ。
寮生活は初めてだが、多少寝坊をしても、学校の真横なので間に合うのは便利かもしれない。
ちょうどそこへ先生がやってきた。
「私は担任のクザサだ。始業式が始まるので、皆、体育館に移動するように」
無愛想な担任に連れられて体育館へとやってくる。
校長の長い挨拶が終わり、続いて生徒会長の挨拶が始まる。女生徒が壇上に上がった。
「――新入生の皆さんがこの学園で素晴らしい仲間と出会い、得がたい経験をすることを願います」
あれが生徒会長か。長い黒髪に切れ長の目、すらりとした脚を黒タイツで包んでいる。中々の美人だ。
「生徒会長のシラユキ様よ」
「相変わらず美人ね」
「美しいだけじゃないわ。座学でも実技科目でもトップの成績なんですって!」
女生徒の噂話が聞こえてくる。
なんて事だ。美人でパーフェクトな生徒会長が居るなんて、
やはりこの学園に入学したのは正解だったようだ。
俺の心は希望に満ち溢れていた。天にも昇る心地だった。
◇
入学式を終え、自己紹介を済ませると、いよいよ最初の授業の始まりだ。
胸をときめかせながら先生の話に聞き入る。
「――では君たちにはこれから実技科目の説明を行おうと思う。ついてくるように」
クザサ先生とかいう陰気な担任が、黒いマントをバサリと翻す。
ふっふっふ。ついに来たぞ。
何を隠そう、俺は学校案内で実技科目についの説明を読んでから、ずっとこの日を楽しみにしていたのである。
この学園には座学と実技科目が存在する。
座学は普通に教室で受ける授業。そして実技科目は人工的に作られた模擬ダンジョンの攻略を行う授業だ。
生まれてこの方ずっと魔王だったから、ダンジョンを作ったことはあってもダンジョン攻略なぞしたことは無い。否が応でも胸が高鳴ってしまう。
先生について、校舎裏の模擬ダンジョンに移動する。
「ここで実技教科を行う」
先生が石組みの綺麗な穴を指さす。ダンジョンと言うよりは炭鉱のようである。とてもじゃないけどモンスターが住んでいるようには見えない。
「今日は初めてなので、さらっと一周してもらう。ダンジョンに慣れてもらうのが目的なので難易度は最低まで下げておくから、心配はしなくていい」
ダンジョン横の壁に手をかざすと、何やら数字が浮き出て来る。先生はそこから1を選んだ。
「難易度は1から10まである。難易度を選ぶとそれぞれのレベルのダンジョンに転送される仕組みだ」
転送魔法はかなりの魔力を消費するはずなので、おそらく横の装置で地中から魔力を汲み上げているのだろう。
ぼんやりと操作を見つめていると、先生はクルリと振り返った。
「皆にはとりあえず、パーティーを組んでもらう。好きな者同士で三人から五人のパーティーを作ること」
――げげっ!
好きな者同士で組むと言われても、俺には友達はおろか知り合いすら居ない。
それに加え、後から気づいた事だが、このクラスの生徒は附属中等部からの持ち上がりが多い。
つまり皆顔見知りで既に仲良しグループは出来上がっている。そこに俺の入る余地は無かったのである。
気がつけば周りは見る見るうちにパーティーを組んでいく。俺はといえば完全に出遅れてしまった。
「あのぅ」
誰にも声をかけられずオロオロしていると、背後から可憐な女生徒の声がして振り返る。
「もしかして、あなた一人なの? 可哀想に。うちのグループに入る?」
地味な眼鏡に清楚な黒髪。委員長のマリナだ。
「え、いいの?」
俺は彼女のパーティーメンバーを見た。
女子が三人。そのうちの一人、スカートの短い派手な女があからさまに顔をしかめた。
「げっ、こいつ入れんの!?」
「だってセリ、一人余っていて可哀想じゃないの」
マリナが派手な女――セリをなだめる。
「他の男子のグループに入ればいいじゃん」
確かに、周りを見ると皆、男子は男子、女子は女子でパーティーを組んでいる。男女混合のパーティーは皆無だ。
ひょっとすると、俺一人だけ女子のパーティーに混じったら生意気だと思われるかもしれない。
それにあのビッチは怖いしなるべく近寄りたくない。
「あの、ごめん。やっぱり僕、女の子とは」
「えー、断んの」
「せっかくマリナが誘ってあげたのに可哀想」
今度は他の女子がぶつくさ文句をつける。どうしろというのだ。
「そうね、女の子の中に男の子一人だと気まずいものね。ごめんなさい、気がつかなくて」
ペコリと頭を下げるマリナ。
「い、いやいや、僕こそごめん」
「どうした。まだパーティーが決まらないのか」
ズカズカと大股でクザサ先生が歩いてくる。
「あ、はい。実は」
「そうか。誰か、マオを入れてくれるパーティーはあるか!」
大きな声で叫ぶクザサ先生。
やめろ!
心の中で叫ぶ。人を余り物扱いするとは、なんという羞恥プレイであろうか。即刻やめてほしい。
だが非情なるこの担任には俺の心の叫びなど届かなかったようで、さらに叫び続ける、
「マ オ が 余り物に なって いるぞ!!」
――やめろと言っているだろうに!
頭も心も真っ白になった。あれほど楽しみにしていた実技授業なのに、もはや授業などどうでもよくなっていた。
ああ、どうでもいいから早くこの場から消え去ってしまいたい……。
「仕方ない。マオは先生と一緒にダンジョンをまわるように」
「ハイ……」
ガックリと肩を落とす。なんという屈辱。
こうして俺は学校の恐ろしさを思い知ったのだった。
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