第5話 魔王様とコミュニケーション能力
そんな訳で、初日の授業で見事にパーティー作りに失敗した俺だったが、まだ入学したばかりである。
これからどんどん友達もできるだろうし、ひょっとしたら彼女も――などと初めのうちは楽観的に考えていた。
しかし現実は、そう甘くは無かったのである。
「あっ」
消しゴムが机から落ちる。
しかも、よりにもよって隣の席のほうへ転がっていくではないか。
俺は隣の派手な金髪の女子をチラリと見た。
本当は話しかけたくないのだが、自分では手が届かないので恐る恐る頼んでみる。
「あのー、セリさん、僕の消しゴムが転がったんですが、取って欲しいなー……なんて」
「あぁ!?」
セリは短いスカートで足を組み替えた。
「なんで私がそんなことしなきゃいけないワケ!? キモッ!」
クスクスと笑い声が聞こえる。
ただ消しゴムを取ってほしいだけなのに随分な言い草ではないか。
小さくため息をつく。
どういう訳か、俺はスクールカースト上位のこの女子に嫌われているらしい。
「でも、ここからじゃ手が……」
「だからって私に頼むワケ? なまいきー」
髪をかきあげるセリ。長い金髪からどぎつい香水の臭いがして顔をしかめる。
「ま、どーしても取ってほしいっていうなら、三回回ってワンってすれば、取ってあげないこともないけどぉ?」
「そ、そんなぁ」
せせら笑うセリ。クラスの皆の視線が俺に注がれる。どうしよう。ここは恥を忍んで犬になるしかないのか!?
最強たるこの魔王が、こんなビッチの犬になるだなんて、とてもじゃないが受け入れられない。
困っていると、眼鏡をかけた大人しそうな女子が消しゴムを拾ってくれる。マリナだ。
「はい、これ」
ニコリと笑うマリナ。
「あ、ありがとう……」
セリはフンと鼻を鳴らす。
マリナはこっそりと俺の耳元で囁いた。
「気にしないで。セリはああ見えて素直じゃない性格なの。ほら、マオくんって可愛いじゃない。だからつい構いたくなっちゃうんだと思うな。だから――」
はっきり言ってそれは無いと思うが、そう言いたい所をぐっと堪える。
マリナはクラスの誰もが良い子だと信じて疑わないのだ。
「本当に大丈夫だって。僕もそんなに気にしてないから」
「気にしてないならいいけど。何かあったら何でも私に相談してね。クラスで一人になっている子が居るなんて、見過ごせないわ」
「うん、分かった。ありがとう」
マリナが居なくなると、ポリポリと頭をかいた。
「クラスで一人になっている子」か。
確かに、なぜかマリナ以外は俺の事を腫れ物に触るみたいに扱い、誰も話しかけて来ない。
端的に言って、俺はクラスから浮いていた。見事にぼっちになっていたのである。
おかしい。
高校に入学したら、夢のように楽しい学園生活が待っているのでは無かったのか!?
俺が担任のクザサ先生に呼び出されたのは、そんなある日のことであった。
「このままでは、お前は落第だ」
先生は生徒指導室に俺を呼びつけるなり、いきなりこう宣言したのである。
「落第ですか?」
随分とおかしな話だ。
まだ入学して二ヶ月だ。授業もサボってないし、赤点も取っていない。
「あの、そんなに僕の成績悪いんですか? 授業は普通に受けていたと思うのですが。テストの点数だってわりと上位ですし」
先生はやれやれと首を振った。
「確かに、君の成績を見るに、座学の成績は悪くない。むしろ優秀なほうだ。だが」
そこまで聞いて、先生の言わんとすることが分かった。
「問題は実技科目ということですか?」
「そうだ」
さっと血の気がひく。
「君は実技科目の点が足りない分を座学で補えば良いと思っているのかもしれない。だが、進級するために最も重要なのは実技科目なのだ」
背中が冷や汗でびっしょりとなった。
他のクラスメイト達がどんどん模擬ダンジョンを攻略していく中、俺はといえばパーティーメンバー探しの段階でつまずいて、ろくに実技科目をこなせていなかった。
「悪いが、実技科目で一定のレベルに達していない生徒を進級させられない」
「そ、そんな」
「まだ入学して二ヶ月なのにこんな事を言うのは早いと思うかもしれないが」
クザサ先生の眉間に深い皺しわが刻まれる。
「もう入学して二ヶ月経つ。うちのクラスでは、パーティーメンバーが居ないのも、未だにレベル1なのもお前だけだ」
先生の言葉が矢のようにズキリと胸に刺さる。どうやら俺は、自分で思っていた以上に皆から遅れをとっているらしい。
「剣士や騎士ならいざ知らず、君はヒールしか使えないのだろう。どうして仲間を見つけようとしない」
「見つけようとしていないわけでは」
「掲示板でメンバーを募集するなり、知り合いに声をかけるなり、そういう工夫が君には足りないと言っているのだ」
「えっ、掲示板なんてものがあるんですか?」
そんな便利な物があるとは初耳である。そう思って聞き返したのだが、クザサ先生は珍獣でも見るかのような目で俺を見やった。
「君はろくに仲間も作ろうとしない、学校の設備にも興味を持たない、この二ヶ月間何をしてきたのだ?」
「何をと言われましても」
自分としては、ごくごく普通に過ごしてきたつもりである。
先生の口調が強くなる。
「いいか、マオ。この学校で、生き抜くために最も必要な能力、それがコミュニケーション能力だ。そんなんじゃ社会に出てやっていけないぞ」
やれやれと先生は頭を振る。
「はぁ」
「いいか、とりあえず一刻も早く仲間を見つけることだ。でないと落第するぞ。これは忠告だ」
「は、はい」
「よろしい。話はそれだけだ」
俺は肩を落として生徒指導室を出た。
とりあえず、仲間を見つけてパーティーを組み、レベルを上げなければ俺は落第するらしい。
やはりマリナに頭を下げて今からでもパーティーに入れてくれないか頼んでみるべきか。
いや、ダメだ。こっちから断っておいて今更それは無いだろう。それに、マリナのパーティーにはセリが居るし。うん、絶対無理だ。
では一体どうしたらいいのだろう。考えたが、良いアイディアは全く出てこなかった。
仲間って、一体どうやって作ればいいのだ?
俺は、入学して以来最大のピンチに陥っていた。
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