第3話 魔王様、入学する


 ――そして一年後。

 俺とレノルは、帝都アレスシアの地を踏みしめていた。


「着きました。ここがアレスシアにございます」


「うむ、やっとか」


 長距離魔動車バスを降り、顔を上げる。


 ほこりっぽい空気の中、巨大な建造物がいくつも建ち並んでいるのが見えた。


 人間の国の中でも最も発展しているというアレスシア帝国。さすがにその首都となると、街の規模が違う。


「大きな街だな」


 あまりの街の賑わいに声が漏れる。


 晴れ渡る空。果てしなく続く石造りの道路には、魔法でピカピカ輝く看板やお洒落な商店が途切れることなく続いている。


 豪華なローブや鎧で着飾った人々は皆裕福そうで、自分が酷く場違いな田舎者のように思えた。


「こんなにも人がいるとは、今日は祭りでもあるのか?」


「いえ、この街はいつもこのような感じですよ」


 こんなに沢山の人間を見るのは生まれて初めてで、何だか圧倒されてしまう。


 人間だけではない。歩いている者の中にはエルフやドワーフ、獣の耳や尻尾を持った獣人たちまでいるではないか。


 魔王城には悪魔やモンスターしか居なかったし、シスタ村にも人間しか居なかった。


 エルフやドワーフを見るのは一体何年、いや何百年ぶりだろうか。


 パンの入った紙袋を抱え、颯爽と街を駆けるエルフ。その美しい横顔に見入っていると、レノルは穏やかな笑顔で言った。


「エルフがお好みですか? でしたら綺麗どころを見つくろって魔王様の奴隷にしましょう」


 こいつめ。人間の村で何年も暮らしているうちにすっかり丸くなったと思っていたが、どうやら見かけだけだったらしい。


「人間というのはそういう事を大声で口走らぬものだ。気をつけよ、レノル」


「これはこれは。すっかり人間の暮らしに染まられたようで」


 嫌味ったらしいこの従者の口調に、フンと鼻を鳴らす。


「それより学校だ、学校。今日の四時までに寮に入らなきゃいけないんだからな。えーとアレスシア魔法学園はどこだ?」


 地図を広げ、ああでもないこうでもないとひっくり返していると、見かねたレノルが地図を取り上げた。


「貸してください」


 レノルは街の地図と入学案内を代わる代わる見比べた。


「ふむ、この辺もすっかり街並みが変わりましたが……どうやらあちらのようです。行きますよ、魔王様」


「魔王さまではない。マオと呼べといつも言っているだろうが」


「はい。マオ様。それにしても――」


 レノルは深々とため息をつく。


「まさか、本当に合格なさるとは」


 実を言うと、学校に通いたいと言った俺に、レノルは最初は猛反対した。


 だが俺が余りにもしつこいので、渋々こんな条件をだした。


 それは「この国で一番の難関校に合格できたら通っても良い」というもの。


 レノルとしては、そう言えば俺が諦めるだろうと思ったのだろうが、残念だったな!


 俺は一年間死に物狂いで勉強し、全寮制の名門高校・アレスシア魔法学園に見事合格したのだった。


「当たり前だ。俺を誰だと思っている?」


「さすがは魔王様です……」


 こうして俺とレノルは、意気揚々とアレスシア魔法学園へと乗り込んだのであった。





「あの、今年からここに入学するマオと言いますが」


 寮に着くと、受付の女に向かって可愛らしく小首を傾げる。


 女はチラリと俺を見ると、長い金の髪をかき上げ、けだるそうにパイプから煙を吐き出した。


「んー、マオ、マオ……」


 パラパラと名簿をめくる女。


 真っ赤な口紅。真っ赤なワンピースからは溢れそうなほど豊満な胸がのぞいている。


 寮の受付なのに、随分派手な女だ。


「あたしは寮母のエイダ。あんたは502号室だね。一人部屋だよ」


 無造作に部屋の鍵が投げられる。


「一人部屋? 寮は二人部屋だと聞いていましたが」


 寮母とやらはフンと鼻を鳴らす。


「同室になる予定だった子が辞めちまったからね。あとこれ、寮と学校の規則。それから入学式の案内」


 プリントの束と六角形の透明な石のようなものを渡される。


「うわ、これ最新式の魔法投影機マジック・プリズムだ。タダで貰っていいんですか?」


「そうだよ。もしかしてアンタ、見るのは初めてかい?」


「うん。うちにあるのは旧式の水晶玉だけなんだ」


「アンタ、まだ水晶玉なんか使ってるのかい。ずいぶんだねぇ」


「孤児院で育ったので、あまり贅沢は出来なくて」


 悲しい顔を作り、一晩かけて考えた設定を話してみせる。


「それで神官と一緒なのかい。アンタも苦労したんだねぇ」


 寮母は俺の頭をグリグリと撫でた。


「授業では必須だからね、今のうちに使い方に慣れておくんだよ」


「はい。ありがとうございます」


「優しい寮母さんで良かったですね」


「うんっ」


 ペコリと頭を下げ、受付を通り過ぎる。


 廊下を歩くと、壁にかかっていた燭台に自動的に火が灯る。


 恐らく追尾と点火の複合魔法だろう。魔力源はどうなっているのだろうか。


 俺がどういう魔法しくみだろうと考えていると、レノルは急に眉間に皺を寄せ険しい顔になった。


「あのクソビッチめ。いきなり魔王様の頭を撫でるとは生意気な」


 俺は低い声でたしなめた。


「落ち着けレノル。それだけ俺が完璧に人間に化けられているということだ」


 だがレノルはブツブツとうわごとのように呟く。


「大丈夫でしょうか。あの女、きっとショタコンですよ。夜な夜な美少年を誘惑しては、おねショタプレイに興じているに違いありません。魔王様があの女の餌食にならないか心配です」


「心配なのはお前の頭だ」


 しばらく歩くと、廊下の先に階段が見えてきた。早速上ろうとすると、レノルは横の黒い箱を指さした。


「マオ様、魔法昇降機エレベーターが来ましたよ。五階ですのでこれに乗って行きましょう」


「これに乗るのか」


 これがエレベーター。思わず息を呑む。話には聞いていたが、実際に見るのは初めてだ。


「どうしたんですか。早く行きますよ」


 レノルが慣れた手つきで操作板に手をかざす。ドアが開いたので、俺も慌ててレノルの後を追い、エレベーターとやらに乗り込んだ。


「大丈夫だろうか。この箱、落ちやしないか?」


「大丈夫ですよ、魔王様。落ち着いて下さい。これしきのことで驚いてどうするのです」


 俺はゴホンと咳払いをすると、真面目な口調でレノルに言ってみせた。


「失礼な。ただ我が魔王軍が人間どもに敗れた理由が、この技術力の差なのだなと感心していただけだ」


「なるほど、さすがは魔王様。常に魔王軍の再興について考えておいでなのですね」


「無論だ。俺はこの魔法学園で最先端の技術や人材育成術を学び、必ずや我が軍を再興させてみせるからな。フッフッフ」


「楽しみにしております。そのために、私は苦労して貴方をこの学校に入れたのですから」


 嬉しそうに頷くレノル。


 そう、俺の目的は魔王軍再興――と言いたいところだが、それはただの建前だ。


 本音はただ単に、学校に通ってみたかっただけなのである。


 俺はこのアレスシア魔法学園で、思いっきり青春してやると心に決めていた。


 書物ライトノベルみたいな、楽しい学園青生活を送る、それが俺の望みなのだから!

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