なんだ、この茶番劇。
「これ以上は隠せそうにないですね」
はぁっと小さくため息をついたあと、クロード先輩は眼鏡の位置を直す。
「これはですね、町を挙げての壮大な暇つぶしですよ」
「それは嘘ね。うちの町に予算はないわ」
クロード先輩の癖を読み取ってあたしはすぐに反論する。予算がないのも事実のはずだ。十年間の約束された不幸の年にそんな余裕があるわけがない。
「経理部のお姉さんみたいな言い方しないでくださいよ」
あたしのきっぱりとした台詞に、クロード先輩は口元を引きつらせる。嫌な思い出でもあるのだろうか。
――ってそうじゃない。
「ごまかされないわよ? 町長は何を企んでいるわけ?」
ずいずいっとクロード先輩に詰め寄る。
「あたしを何に巻き込んでくれたわけ?」
びしっと握っていた杖をクロード先輩の喉元に向ける。
「これはですね、えっと――オレが言うのもあれなんですが……」
「はっきり言いなさいよね! ぼこぼこにするわよ!」
杖の先でクロード先輩のあごを突いてやると、彼は両手を肩のところまで挙げて降参の意を示す。
「――マイト君の父親の依頼なんです」
「は? 俺の親父の依頼?」
伸びている黒頭巾の皆さんに謝っていたマイトであったが、名を呼ばれてこちらの話に参加する。
「なんでも、優秀な後継者が欲しいので、是非ともミマナ君を嫁に迎えたい。どうしたらマイトがその気になってくれるだろうか――って相談されたそうですよ!」
――あ、クロード先輩イラついてる。
「父は仲人役が好きですから、それに手を貸そうと言うことで今回の騒ぎですよ。ありもしない神殿に二人きりで向かわせ、そこを我々町役場職員の面々が罠を張る。様々な試練をともに乗り越えていった二人の間に恋が芽生え、やがて結ばれるのではないか――という、くだらない演出に沿って行われた安い演劇です。わかっていただけました?」
少なくとも、クロード先輩が言い難いと告げた理由はわからんでもない。
しかし、それはそれ、これはこれである。
「じゃ、じゃあ、選出者の話は? 選ばれたのはあたしじゃないってこと?」
「えぇ、今年は選出者を出す年ですが、まだ決まっていません」
クロード先輩が眼鏡に触れていないところからすると、それは事実のようだ。少なくともクロード先輩にその情報は伝わっていない。
「だったら、あの資料は? 町が一晩で消滅したって言うアレ」
そう。あれがなかったらここまで慌てたりしなかったかもしれない。
「あの資料はオレが作ったんですよ。オレの所属が情報課なのはご存知でしょう? 機転を利かせて作ったんですが、演出にしてはやりすぎてしまいましたね。秘書の彼女には詫びておきましたが」
「偽の情報だったってことか?」
むすっとしてマイトが問う。騙されていたことが許せないのだろう。しかも、くだらない親の依頼ともなればなおさら。
「えぇ、そうですよ。ですから、町は消滅していません。だいたい、一晩で町が消えるだなんてありえないでしょう?」
確かにその通り。あたしもそれが気に掛かっていたのだ。どうしたら町を一晩で消すことができるのか、不思議でしょうがなかった。そのからくりが情報の操作というのなら納得できよう。
「……って、おい」
何かに気付いたらしい。マイトはクロード先輩に真面目な顔をして声をかける。
「ほかに何か?」
きょとんとした顔でクロード先輩は聞き返す。
「あの黒尽くめは誰だったんだ?」
「!」
あたしはマイトの台詞に反応する。
「そうよ! うちの町にあんなに強い人っていた? 謎の術を会得しているような、そういう危険な奴、あの町にいるの?」
生まれも育ちもあの町である。見回りと称してあちこち探検に行った思い出のあるあたしの記憶に、あんな人物は存在していない。
「それはオレも知りたいことですよ!」
掴みかかる勢いで接近するあたしに、クロード先輩は慌てて答える。
――眼鏡に触れないところからすると、本当っぽい?
「だったら、どう説明してくれるの? あたしは黒尽くめに襲撃されたからこそ、本気にして町を飛び出したのよ?」
「知りませんよ。その件に関しては完全にオレの知る範囲ではありません。あのときは演出も兼ねて適当に合わせましたが、本当に知らないのです。一体どういうことなのか……」
――ん、待て。
あたしは思い出す。
「――ねぇ? クロード先輩が明け方に説明してくれた『終末の予言』ってのは創作?」
「いいえ」
てっきり肯定かと思っていたのに否定の答え。クロード先輩は首を横に振ると続ける。
「あれは古い文献に書いてあったことですよ。どれくらい有名なものなのかはわかりませんし、信憑性なども不明ですが」
あたしはその返事を聞くと一歩後ろに移動する。冷静に考える必要が出てきたのだ。
「――あの黒尽くめの襲撃が現実にあったこととしてよ……あの黒尽くめが本当に神様の使いだったとしてよ……町を出るなら見逃すって言われたとしてよ……」
「それらが全部本当のことだったらなんだって言うんだ?」
マイトが不思議そうに問う。
「……いやぁ、ね? このままあたしたち、町に戻らない方がいいんじゃないかなって」
あたしは自分が出した結論を苦笑いで告げる。
「あぁ……そうなりますね」
すぐに頷いたのはクロード先輩。
「そうって……あ、確かにそうなるが……。だが、あの馬鹿親父を殴っておかないと俺は気がすまないぞ?」
うなりながらマイトは言う。あたしもこのくだらない寸劇に巻き込まれた被害者ではあるが、マイトも同じ立場なのだ。その首謀者が自分の父親とあっては怒りを向けるのはごく当然だろう。
「個人的な感情でうっかり町を滅ぼすわけにはいかないでしょうが」
「む、むぅ」
納得しかねるといった表情だが、マイトはしぶしぶ頷く。
「――そうと決まれば、とりあえずどっか別の町に行くわよ」
あたしは棒を放り投げると、つかつかと馬車へと向かう。
「どっかって?」
「近場の町。野宿は嫌だもん。一晩泊まるくらいのお金はあるでしょ? 少なくともあたしはそうさせていただくわ」
マイトの問いにあたしはさらりと返事する。こんな蒸し暑い外で野宿するつもりは毛頭ない。水浴びをしないと寝られたもんじゃないわ。
「しかたねぇな。お前を一人にするわけにはいかないから、俺もついていくよ」
「了解」
その答えを聞いて、あたしはクロード先輩を見る。
「で、クロード先輩はどうする?」
彼は肩を竦めて微笑む。
「その馬車はオレの家から借用したものですよ? それを使いたいとおっしゃるなら、自動的にオレも同伴ということになりますが――」
あたしの足はそれを聞いてくるりと反転。馬車から移動。
「じゃ、マイト。徒歩で次の町を目指そうか!」
「おうっ!」
「えぇぇぇっ!」
焦ったのはクロード先輩。
――素直について行きたいって言えばいいのに。
あたしはわざと意地悪することに決める。馬車の中での反撃のつもりだ。
「だって、馬車は便利だけど、必要不可欠ってわけじゃないし。それに、伸しちゃった役場職員の皆さんも運ばなきゃいけないし、ね?」
「あ、それなら安心してください。ちゃんとその辺の手配はしてありますから」
生き延びた黒頭巾こと町の警備課職員の青年が答える。
「ほら、こう言っていることですし、次の町までは少なくともオレが案内しますよ?」
――クロード先輩、必死だなぁ。
見ていて可哀想になってきたので、あたしは仕方なく誘うことにする。
「ならばお言葉に甘えて」
あたしの笑顔に、クロード先輩は安堵のため息。ほっとしたところで、彼は警備課職員の青年に向き直る。
「――そういうことなので、父にはもうしばらく留守にすると伝えておいて下さい」
「はい。伝えておきます」
どこまであたしたちの話を理解していたかはわからないが、しばらく事情があって帰れないのだということだけが伝わっていれば良いだろう。
「よおっし! 早速出発よ! で、あんまり会いたくないけど、あの黒尽くめを探し出して、思わせぶりなことを言って去った真意を問いたださなくっちゃね!」
目指すは近場の町。探し人は神様の使いと名乗った黒尽くめ。
あたしたち一行は町役場職員を蹴散らした現場をこうして去ったのであった。
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