突然の襲撃にひるむようなあたしたちじゃないの。


 馬のいななきを合図にばたばたという足音。複数の音がすることから察するに、敵は一人ではないらしい。

 窓よりも下に身体を潜め、頭を少しだけ出して外の様子を窺う。


 ――一人、二人、三人……。しかしこの熱中症になりそうな暑さの中、よく黒頭巾に外套なんていう格好ができるわね……。


 怪しげな結社に所属している導師みたいな格好の人たちがこの馬車に向かって近付いてくるのが見える。手に杖を持っているようだが刃物ではない。


「いけそう?」


 小声で反対側の窓から外を覗くマイトに問う。


「余裕。心配するな」

「期待しているわよ」


 外から聞こえる声。何を言っているのかまでは聞き取れなかったが、どうやら号令だったようだ。一斉に黒頭巾たちが接近してくる。


「出るぞ!」


 黒頭巾の一人が扉に接近してきたのに合わせて開け放つ。

 ごすっ!

 勢いよく放たれた扉に当たって一人を倒す。マイトはその流れに乗って近くにいた黒頭巾に接近、相手が応戦しきれぬうちに腹部に一発拳をめり込ませる。

 どんっ!

 マイトの攻撃に吹き飛ぶ黒頭巾。軽く飛ばされて地面に落ちたが、もう動かない。

 攻撃中を狙って別の黒頭巾がマイトの背後に回り杖を振りかぶる。

 しかしそれも予測済みだったのだろう。マイトはわずかに足を動かして上体をそらし、流れに合わせて足を回す。

 がすっ!

 あっけなく足の餌食になって吹き飛ぶ黒頭巾。憐れにさえ感じられる弱さっぷりである。


 ――号令かけていたわりには連携ができていないのよ、連携が。戦闘能力が低くても人数がいて統制が取れていれば倍以上の力になるわよ。


 そんなことを考えているあたしはというと。

 マイトが最初に伸した黒頭巾から握っていた杖を奪い、迫ってきた数人の黒頭巾をあっさりと昏倒させていたわけだけど。ま、一応あたしの得意な武器は棒なので。奪った杖じゃ尺が足りないけど、間合いを稼げるだけ持っていたほうが良いし、ね。


「――で、あたしたちに何のようだったわけ?」


 馬車の死角からこちらに向かってこようとした残る黒頭巾に、杖をすっと伸ばしてみせる。ぎりぎり当たらない位置を狙っていたのだが、ちょうど牽制になる距離に収まった。黒頭巾は杖を落として両手を挙げる。


「こ……降参します!」


 聞こえてきたのはまだ若そうな男の声。震えているようすから、かなり恐がっているとみた。力の差がありすぎだもんね、これじゃ。


「よろしい。――まずは、どうしてそんな格好であたしたちを襲ってきたのか説明してもらおうかしら?」


 あたしが問いかけると、黒頭巾は頭をクロード先輩に向かって動かす。


「は、話が違うじゃないですか、クロードさんっ!」


 その台詞に、あたしはクロード先輩から離れて彼を見る。


「うーん。これじゃ全然足止めにもなりませんでしたね。お二人とも強すぎです」


 にこやかな表情でさらりと告げるクロード先輩。


 ――ん? 状況がわからないぞ?


「どういうことなんだ? 説明してもらおうか、クロード先輩?」


 怪訝な顔をして、マイトはあたしに近付きながら問う。


「あれ? マイト君はご存知だと思っていたのですが」

「は? 俺は何も知らんぞ。俺が聞いているのは、神殿までのミマナの護衛だけだ」

「――あぁ、そういうことでしたか」


 クロード先輩は一人で納得して続ける。


「あなたに本当のことを話してしまったらミマナ君に筒抜けになってしまう、そう判断したのでしょう」

「一体何の話? ――それにひょっとしてこの人たちは……」


 この気だるい暑さの中で肌を出さない格好をしていた理由にあたしはやっと思い至る。だってこのくらいしか思いつかないじゃない。つまり……。

 クロード先輩は微苦笑を浮かべてあたしの言わんとする答えを告げた。


「えぇ、マイト君もミマナ君も殺すつもりで動いていないと信じているのですが――町役場職員の皆さんです」


 暑さにも負けずに黒頭巾の着用が決められていた理由はとても簡単。相手があたしたちの知っている人間だったから。


「うぉぉぉぉぉっ!? 素人臭いと思ったら、町役場の非戦闘員のやつらかっ!」


 マイトの困惑する声。


 ――えっと……本気で倒してないよね?


 あたしはまぁ、相手の殺気がそれほどじゃなかったので手加減はしたつもり。「格闘家たる者、相手の力量を瞬時に見極め、最適な攻撃、防御を行うべし」ってマイトのお父さんがいつも言っていたし。マイトの動きを追うくらいの余裕はあったってところが、どれだけ加減していたかの証明になるでしょ?


「非戦闘員ってことはありませんけどね。これでも警備課の方々なので」


 ――警備課でこれはまずいだろ。町護る側の人間でこれじゃ情けないにもほどがあるわ。


 あたしの心の中での突っ込みはとにかくとして、話がややこしい方に進んでいることだけはわかってきた。


「それで、クロード先輩? どうしてこんなことを? ――ってか、そもそもどこからどこまでがくっだらない企みなんですかね?」


 役場で町長に会ったときに感じていた違和感の正体。それがここにつながっているような気がする。

 あたしは腕を組んでクロード先輩を睨む。

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