町内最強の女戦士の弱点とは。
ガタン、ガタン……。
規則正しい旋律と上下の振動。馬車が動いている。
「――ん……」
額の上のひんやりとした感触に、あたしは目を覚ます。視界に入ったのはクロード先輩のニヤついた顔。
「気分はどうです?」
「えっと……まぁまぁかしら」
あたしは額に乗せられたまっさらな布切れを手に取ると上体を起こす。ここはまだ馬車の中のようだ。
「マイト君から聞きましたよ? あなたの弱点」
愉快げに言うクロード先輩の台詞に、あたしは自分がどうして気絶したのかを思い出す。
――あたし、マイトに迫られて……!
「な、何を聞いたのっ!」
「いやぁ、意外ですね。町内最強の女戦士といわれるあなたの弱点が、まさかそんなことだとは」
「ちょ、ちょっと! 変な言い方しないでよね! あれは、その……」
「えぇ、心配しなくて結構ですよ。オレは口が堅いほうですし、その効果が期待できるのは彼がそれをしたときだけでしょうから」
くすくす笑いながらクロード先輩は言う。
――ん?
あたしはクロード先輩の台詞に引っかかりを覚える。
「――効果が期待できるのはマイトがしたときだけ?」
「えぇ、おそらく」
そう答えたクロード先輩は何かを思いついたらしく、にっこりと微笑んだ。
「……なんならオレで実験してみます?」
瞬時にあたしは眼鏡に向かって拳を真っ直ぐ放つ。
クロード先輩はあっさりとそれを最小限の動きで避けきった。この間合いでかわすだなんて、いつ見てもすごい。
「……それだけの反射神経を持ち合わせているなら、敏捷を活かした武道家になれると思うんだけど」
「オレは頭脳さえあれば充分ですから」
涼しげな顔での台詞。そういう態度があたしは好きになれない。
「でもはっきりしたでしょう? あなたはすぐに武力に訴える人だ。同じことをほかの人間がしたところで、おとなしくなるわけがない」
――そこまで言い切るか、この人。
「つまり、それだけマイト君のことを特別に思っているということですよ、ミマナ君。あなたは無自覚のようですが」
――あたしが、マイトを、特別視している?
「いや、それはないない」
あたしは首を横に振る。
「照れなくてもいいですよ? それにオレはマイト君ならあなたを幸せにできるだろうと思っていますし。お似合いじゃないですか」
――あぁ、もう。なんでそう言うかなぁ。
「それはクロード先輩の主観でしょ? あたしはマイトを意識したことなんて一度もないわよ」
あたしはだんだんと苛立ってくる。
「へぇ……ならば、オレにも機会があるってことですかね?」
「?」
――機会?
言っている意味がわからない。
「気付いていなかったんですか?」
「何を?」
「お父様の命令であなたたちに同行したんじゃなくて、これはオレの単独行動ですよ?」
クロード先輩は眼鏡に触れることなくさわやかに言う。
「え?」
ちょっと待て。
あたしは慌てて記憶を遡る。
――朝の登場時に眼鏡に触れていたのは……。
「あ」
思い出した。思い出したわ。
『この町の命運が掛かっているんですよ? 町民の代表として監視しておきませんと。あなた方が恋仲になって任務を放棄してしまうのが一番の問題ですからね』
その台詞の前に確かに眼鏡に触れていた!
「――あれは建前。任務を放棄してしまうのを心配したのではなく、オレはあなたがたの関係が変化するのに嫉妬しただけ」
――だ、騙された! 先輩の癖を把握しておきながら!
「少しは異性としてみてもらえませんかね? マイト君みたいにあなたを護ることは約束できませんが、足手まといにならない自信ならありますよ?」
――な、何、何言っちゃってるの? クロード先輩。あたしが蹴りを入れたせいで頭がおかしくなっちゃったとか? あ、でもそれならあたしが責任を取らなきゃいけないわけで……って、何考えているのよっ!
あたふたしていると、クロード先輩は細く長い指をあたしのあごに添えた。そっと持ち上げられると、視線が重なる。
ドキドキ。
――ちょ……今日のあたし、どうかしてる! 寝てないせい? 普段と違うことをしているから? だ、誰か教えなさいよ!
「おや? オレでもマイト君と同じ効果があるようですね。異性として認めてくれたようで、嬉しい限りです」
「じょ、冗談じゃないわ!」
なんとかあたしはクロード先輩の指先から逃れる。心臓がバクバクしていることは誰にも悟られちゃいけない。
「顔を真っ赤にしているあなたは可愛いですね。ますます惚れそうですよ」
「か、からかわないでよ!」
そう怒鳴ると、ぱたぱたと手の団扇で風を送る。露出した肌が赤く火照っているのが目に入る。
――う……少しは耐性をつけないとなぁ。でも、どうしたら耐性がつくものなの?
「気がついたのか? ミマナ」
御者台から心配そうなマイトの声。
「なんであんたが御者台にいるのよ!」
思いっきり八つ当たりである。心配してくれるのに感謝もせず、あたしは苛立ちを隠さない声で怒鳴る。
「えっ! だってあんなことのあとじゃ気まずいだろうが!」
「今現在も気まずいわよ!」
馬車は静かに停車。すぐに扉が開けられる。
「クロード先輩に何かされたのか?!」
敵意のこもったマイトの視線が向けられると、クロード先輩はすぐに両手を挙げて降参の意思表示をする。
「未遂です、未遂」
「未遂って――お前!」
馬車に乗り込むマイト。逃げ場のないクロード先輩の胸倉を掴み、殴ろうと構え――その刹那、振り下ろされるはずの拳が静止した。
「!」
今までとは違う気配があたりに充満している。マイトもそれを感じ取って思いとどまったようだ。
「この件はとりあえず保留だ」
クロード先輩を乱暴に解放すると、マイトは周囲に注意を向ける。
「どうやら敵の来襲みたいね」
あたしたちは臨戦態勢に入る。息を殺し、相手の出方を窺う。
「やれやれ」
非戦闘員のクロード先輩は呟く。
その直後に現場が動いた。
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