馬車移動中のハプニング
町に戻ってうっかり消滅、なんてことがあるといけないので迂回路を選択。頭を強打して気絶していたクロード先輩はまもなく覚醒し、神殿に向かって馬車を走らせてくれている。
そんな中、あたしはと言うと――。
「うぅぅ……」
車酔いをしていた。
決してクロード先輩の運転が悪いわけではない。くねくねと曲がりくねった道、そしてでこぼことした路面。そこを勢いよく走破しようと言うのだから車体が揺れる揺れる。長時間馬車に乗ることのないあたしにとって、これほどきついことはない。
――ひぃぃ、目が回る……。
「大丈夫か?」
正面の席に座るマイトが心配そうに覗き込んでくる。
「だ、大丈夫よ」
こんなことで負けていては戦場の最前線なんて無理。ここは何とかこらえなくちゃ。でも、生理的なものって耐えられるもんでもない、かも、しれない……。
「うぐっ……」
気分が悪い。そろそろ限界だ。
「無理するなよ」
「無理してなんか……してないもん……」
喋っていれば気が紛れるだろうか。口元に手を当てたまま下を向く。
「何かいるか?」
「……じゃあ、水」
「了解」
すぐに水筒が出てきて、あたしはそれを口に含んだ。これで少しは落ち着いただろうか。
「ふぅ……」
「少し寝るか? 俺が夜にお邪魔したせいで、あんまり寝ていないだろう?」
言われてみればそうだ。ほとんど徹夜でここまで動いている。昨日だってあれこれ調査していたので体力を使っているというのに。この体調不良はそれが原因か。
でもあたしは首を横に振った。
「このくらい平気だって」
あまり心配掛けさせても申し訳ない。あたしは笑顔を作って答える。
「うーん。水飲んで少しは顔色が良くなったみたいだけど」
「ね。もう心配いらないから」
「だが、休めるときに休んでおいた方がいいぞ? あの黒尽くめも気になるし」
夜中にあたしの部屋にやってきた黒尽くめ。自分の主人が神様であるとか言っていた謎の男。あの男ともう一度対峙するような事態になったら、正直勝てる気がしないので逃げてしまいたい。簡単に逃がしてくれるような相手ではなさそうだけど。
「気になるのはわかるけど、気にしていたってしょうがないでしょ? 大丈夫、逃げ切る自信はあるから。そのくらいの体力はあるわよ?」
「ならいいけど。俺も逃げるので精一杯だろうしな。――だが、命に代えてもお前は護るからな」
真面目な顔をして真っ直ぐあたしを見る。
「な、何言ってるのよ」
ドキドキ。
今までどうとも感じていなかった台詞だと言うのに、胸が高鳴る。
「それにあたし、護られるようなか弱い乙女じゃないけど?」
自分の気を紛らわせるためにむっとした顔を作って言ってやる。
「俺にとってはか弱い乙女だよ、お前は」
「ぶー。あたしは並んで戦っていたいのに」
ぷくうっと膨れたところで、マイトはあたしの両肩に手を置く。
――え? な、何?
顔を覗き込むその目には決意の色。
ドキドキドキ。
「別に俺はお前を弱いとは思っちゃいないよ。充分に強い」
「そ、それなら問題ないでしょ?」
ドキドキドキドキドキドキ。
あたしはマイトの視線から逃れるように顔をそむける。
「でも、お前は女の子なんだ」
「……」
――女の子だからって何? それのどこが問題なわけ?
あたしにはわからない。
「自覚がないようだから、証明してやる」
「しょ、証明……?」
マイトの頭が近付いてくる気配。
――な、何をしようって言うの?
逃げられないあたしは両目を閉じて身体を硬くする。
髪のにおい、汗のにおい。
温かな呼気が肌に当たる感触、直接触れていないのに感じる体温。
――う……なんだか頭がぼんやりしてきた……。
「――って、やりすぎた! ごめん! ミマナ、大丈夫か? 全身真っ赤だぞ!」
すっと離れるなり慌てふためくマイト。
――や、やだなぁ、大丈夫だって……。
そう思っているはずなのに焦点が定まらない。
――うん、大丈夫……だよね……?
今まで感じたことのない身体の反応。それに対処できない。
「あぁ、調子に乗り過ぎたっ! ごめん、ごめん、ミマナ!」
そういって焦っている彼の顔も真っ赤だ。
――ふふふ……そういう表情は可愛いなぁ……。
そんなどうでもいいことを思いながら、意識が途切れてしまったのだった。
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