あれは一体何者だったのか?
「――一体どんな人物なんです?」
クロード先輩は興味を持ったようだ。真面目な顔でマイトに問う。
「全身黒尽くめの長身の男だ。顔は布で覆っていて見えなかった。身体にぴったりとまとわりつくような衣装で、気配を殺せる。体格は細身であるため、一見前衛は不向きに見える。しかし身のこなしはしなやかで、近接戦闘もできるようだ。音もなく壁を切り裂くことができ、風を起こして姿を消した。――戦闘能力的なことならそんなところかな」
「よ、良くあの短時間でそこまで分析できるわね……」
相手の力の見極めもろくに行わずに突っ込んだあたしとは大違いだ。
「親父の隣で様々な人間を見てきたからな。これくらいできなきゃ恥だ」
なるほど納得。さすがはマイト、といったところかしら。
「ほう……黒尽くめの男、ですか」
「何か情報が入っているの?」
クロード先輩は役場の情報課に所属している。情報課はほかの町で起こった出来事を分析し、この町で起こった出来事をほかの町に発信する部署だ。なので、指名手配中の凶悪犯の情報、ほかの町を荒らしたとされる怪物の情報などに精通しているのがこの部署に所属している人間なのである。
「よくいる暗殺者のそれに似ているとしか思えませんね。――マイト君、先ほど戦闘能力的なことならと限定していましたが、それ以外に何か?」
「あ、あぁ。――神様の使い、だとかどうとか」
「神様の使い――!」
思い当たる節があったのだろう。クロード先輩の目の色が変わった。
「か、彼は何と?」
「すぐにこの町を出るなら見逃すって」
先輩の問いに答えたのはあたし。
「だからこうして出発することにしたのよ」
「訪問者が来たのは深夜だったんですよね?」
クロード先輩は天を仰ぎ、全体を見回す。
「えぇ、そうよ」
「ならばこうしてはいられない。急ぎましょう」
言って強引にあたしの手を引く。
「い、急ぐって」
全くわけがわからない。
「この先に用意しておいた馬車があります。それに乗り込んでください」
「どういうことなの? 先輩、何か知っているの?」
あたしは戸惑いながらも先輩に導かれて走り出す。
「詳しいことは馬車に乗ってから説明します。今は一刻も早くここを離れませんと」
一体何がどうなっているのかはわからない。とりあえず走るのみ。
間もなく見えてきた一台の馬車に、あたしとマイトは乗り込む。クロード先輩は御者台に飛び乗り、すぐに馬を走らせた。
「――あなた方は運が良い」
町がどんどん遠ざかっていく。
「そりゃあたしには幸運の女神様がついているもの」
「そうでしょうね。でなければ、オレたちの町も跡形もなく消し飛んでいたでしょうから」
「へっ?」
御者台にあたしは顔を向ける。
「『終末の予言』をご存知ですか?」
「なにそれ?」
全く聞いたことはない。マイトにそれとなく視線を向けると、彼は首を横に振る。どうやらマイトも知らないようだ。
「『神の御使い、吉報を告げに参る。従うものには幸福を、抗うものには破滅を与えるだろう』っていう予言です。この世界に残る伝説の中ではほとんど知る者がいないですけどね」
馬を操りながら答えるクロード先輩。
「それがどうして町の消滅に関係があるの?」
「これはオレの勘なんですが――消滅した町のほとんどが、どうも神殿への旅立ちの前にそういう事態に陥ってしまったようなんですよ。つまり、選出者を嫌って町に不幸が訪れた結果というわけではないようなのです」
「じゃあ……」
「あなたの前に忠告するものが現れたのなら、ほかの町の選出者の前にも現れた可能性はある」
それが本当なら大変なことである。ほかの町の人間にも知らせる必要もあるだろう。
「だったら知らせないと! 町の消滅を食い止める方法があるなら!」
「あくまでもこれは仮説ですよ? それに、オレたちが町に戻れる状態になった時、故郷がそこに残っている保障はありません」
「ふ、不吉なことを言うなよ、先輩」
クロード先輩の台詞に、顔を引きつらせるマイト。おそらくあたしも苦笑していたことだろう。
「何のためにそういうことをし、人間を試しているのかはわかりません。しかしだからこそオレたちは真実を知る必要がある。あなた方を神殿まで必ずやお送りいたしましょう。それに、自分の身は自分で守れます。あなた方はオレを気にすることなく自分の任務に集中してください」
確かに、回避技能ならこの面子の中で最も高いのはクロード先輩だろう。一対一の戦いであれば勝つこともないが負けることもないと思う。必要最低限の動作で回避できる彼の身のこなしなら、持久戦に持ち込めればあるいは勝機も見えるだろうし。
「わかったわ。そこまで言うなら干渉しないわよ。勝手にするといいわ。あたしも勝手に選出者としての任務を全うしてやるわよ、帰る場所を失わないためにね」
――とにかく、神殿に行って、やることやって帰るだけよ、あたしは。
左側から差し込んでくる太陽に目を細める。
――ん?
そこであることに気付いた。
「あの……先輩?」
「何です?」
左に太陽があるってことは、つまり……。
「この馬車、神殿に向かっているんですよね?」
「えぇ、そうですが」
北に向かっているなら、右手に太陽が見えるはずで……。
「方向、逆じゃありません?」
キーッ。
馬車が急停車。
「お? う? あ?」
クロード先輩は馬を止めると馬車を降りて辺りを見回す。一面に広がるのは静かな平原。
「ははは」
乾いた笑いが大地に吸い込まれていく。
「すみません。道間違えちゃいました!」
「間違えたじゃなーいっ! どんだけ危機感が足りてないんじゃーっ!」
ゴスンッ!
馬車を飛び出したあたしの飛び蹴り。今回は見事に決まった。たぶんそれは彼自身が反省していたがためにあえて受けたのであって……。
――って。
「おい、ミマナ。だから加減しろって言ってるだろうが」
完全にクロード先輩伸びちゃってるし。
「ご。ごめんっ! てっきり今回も避けると思って」
「お前のほうが危機感が足りてないだろうが」
やれやれと言いながらマイトはすっかり伸びて目を回しているクロード先輩を担いで馬車に乗せる。
「うぅ……反省してます」
「操縦は俺が代わる。お前は馬車に乗ってクロード先輩の介抱をしてろ」
言って、御者台にマイトが腰を下ろす。
「了解ー」
――はぁ、なんでこうなるかなぁ。
あたしが馬車に乗り込むと、静かに発進する。
前途多難な旅はまだ始まったばかりだ。
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