選出者の刻印

部屋は一つです。




 隣町の中でも栄えている宿場街。

 町に溢れる人の数が多いのはこの町が物流の要となる町であるからだろうか。酒場から漏れる明かりで通りは見通しがよく、陽がとうに暮れた時間であると言うのに露店も盛んに客を呼び込んでいる。農業主体のあたしの町とはまた違った雰囲気の土地だ。


「――で」


 あたしは窓から見下ろせるにぎやかな通りから部屋の中に視線を移す。

「どうして三人そろって同じ部屋になるの? 少しは気を遣いなさいよねっ!」


 部屋の中にはマイトとクロード先輩の姿がある。マイトは扉に寄りかかった状態でこちらを見ており、クロード先輩は部屋に置いてあった椅子に優雅に腰を下ろしている。


「そんなに嫌ですか?」


 しれっと問うクロード先輩。持ってきたらしい書物を机に置いて首を傾げる。


「嫌。絶対に嫌」

「だけどな、ミマナ。お前、命を狙われているかもしれないんだぞ? あの黒尽くめが襲って来たらどうする?」


 心配そうな顔で諭すように言うマイト。


 ――いや、まぁ、その気持ちは嬉しいけど。


「そのときは絶対に応戦しないから大丈夫。まずはあたしがゆっくり休める環境を、ですね、提供して欲しいわけなんですよ。――わかってる?」


 あたしは手を腰に当てて二人を睨む。


「我々がいると落ち着いて休めない、と?」

「そう。その通り」


 クロード先輩の台詞にあたしは大きく頷く。


「何を今さら意識して――」そこでこほんと小さく咳払い。「――えぇっと、意識して欲しいとは言いましたが、合宿で同じ部屋で転がっていた時代もあった仲ではありませんか。それってつい三、四年前の話ですよ?」


 合宿。

 クロード先輩が言う合宿とは、マイトの父親がやっていた格闘訓練のための合宿である。年に数回行われる合宿をあたしは物心がついて以来一度も欠席したことがない。もちろん、そんな合宿に参加するような女の子はあたししかおらず、必然的に寝泊りする部屋は同じだったわけだが。


「状況が違うでしょ? 状況が」

「何が違う?」


 きょとんとして首を傾げるのはマイト。本気で違いがわかっていない様子。


「あたしは今、独りにして欲しいのっ! 独りでゆっくり考えて、気持ちを落ち着かせて休みたいの! その気持ちぐらい察しなさいよ!」

「察した上での合理的な判断ですよ?」


 言って、眼鏡の位置を直すとクロード先輩は立ち上がる。


「いいですか? 確かにあなたを休ませたいとは思います。しかしですね、それ以上にあなたを危険な目に遭わせたくないのです。いざというときに護れるようにそばにいたいと思うのが男というもの。相手が愛する女性であるならなおさらでしょう。あなたこそオレたちの感情を察して従うべきだ」

「それのどこが合理的な判断なわけ?」


 ――眼鏡に触れたって言うことは、これは建前ってことか。


 あたしは近付いてくるクロード先輩の一挙手一投足を見逃すまいと注意する。


「合理的にこうせざるを得なかった理由は、町の財政難にあるんじゃないの?」


 ぴたり。

 クロード先輩の歩みが止まる。

 核心を突くことができただろうか。あたしは続ける。


「予算的に考えて、連続する二つの部屋を借りるよりも一つの部屋に収まるほうが安い上に便利――そういうことじゃないの?」

「……ほう」


 クロード先輩は口元を少しだけ上げる。


「それに――あたしが言うのも変だけど――同じ部屋にいたほうが、クロード先輩的に安心できるから、そういうことでしょ?」

「ん? それ、どういうことだ?」


 どうにも状況がわかっていない様子のマイトが不思議そうな声を出す。


 ――マイトの頭の中があたしを護ること以外になんもないからこその台詞だわね。


「……余計な心配だった用ですね」


 クロード先輩は苦笑して呟く。

 昨晩は勢いであぁなっただけで、マイトはあたしをどうこうしようという気はない――ということである。クロード先輩が心配するような事態はマイトの中では想定外なのだ。


「言っておくけど」


 牽制ついでに、あたしは続ける。


「あたしはマイトを信用しているし、マイトだってあたしのことをよくわかってる。だからこそそばにいられるし、隣で戦っていきたいとも思ってる。そういう関係なのよ?」


 戦場でともに互いの背中を預けられる――そんな関係でありたいとあたしは思っている。マイトの気持ちとしてはちょっと違うようだけど。

 あたしがちらりとマイトを見ると彼はふいっと顔をそらす。部屋の角灯に照らされているせいかマイトの頬が普段よりも赤くなっているように感じられた。


「――でしたらオレは」


 ――ん?


 まさかそこで口を挟んでくるとは。あたしは視線をクロード先輩に戻す。


「前衛として戦うあなたを支援する立場でありたい。戦場で舞うあなたが一番輝けるように全力で補佐しましょう」


 クロード先輩の真剣な表情。


 ――えっと……あたしはどう反応したらよいわけ?


 思わず対応に困って目をぱちくりさせる。


「あなたにとって、そういう存在は不要ですか?」

「危険な場所に送り出しておきながら安全な場所にいるような、自分大事な人間はいらない、だろ?」


 続けて問うクロード先輩にマイトが割り込む。少々苛立った感じがするのは気のせい……よね?


「うーん……そこまではさすがに言わないけどさ……」


 人間には向き不向きがある。

 クロード先輩に前衛になれとは言えない。彼は後衛としての仕事に適している人間であり、その場所にいるほうが彼の能力をもっとも有効活用できるだろう。正直、後方で指示を飛ばす立場の人間を選ぶなら、マイトではなくクロード先輩をあたしは選ぶと思う。それはマイトを信頼していないからではなく、マイトにはマイトのできることや適性があると考えるからだ。

 少なくともあたしはマイトは前線で戦況を見ながら指示を出し、敵を切り崩していくのが合っていると思っている。積んできた経験や知識を最も効率よく発揮できるのがその場所である、と。


 ――ならばあたしは、どこにいるのが良いのだろう?


「と、とにかく。――本題からそれたわっ! あたしは独りで寝たいの。それを叶える気があるかないか、どっちっ?」


 その問いに、マイトとクロード先輩は互いの顔を見る。


「面倒だし、今晩はこれで良いんじゃないか?」

「オレはもとからこの状況をお勧めしていますが?」


 ――う……今晩は我慢するか。


 思ったよりもさわやかに返してくる二人。利害が一致しているようなので、衝突することもないようだ。


「わかった……」


 あたしは項垂れて了解を示す。


 ――仕方ないわよね。心配してくれているのは事実なんだから。


 はぁ、っとため息。今晩も落ち着かない夜を過ごすことになりそうだと思うと、気が重かった。

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