第3話 未解決結末
それから数週間が経った。然しながら、
この事態に、世間は連続誘拐事件ではないかと大騒ぎ。特に、ターゲットではないかと考えられる若い女性は、一人で外を歩けない程に、世間はこの事件に怯えていた。
「失踪したのは、揃いも揃って女性。しかも、10代から30代・・・」
加賀知はネクタイも着けず、ワイシャツを腕まくりしてホワイトボードを見つめている。
「被害者の共通点と言えるものはこれくらいです。他は、職業も、住所も近しいところはありません」
一方の浜谷も、流石の暑さにジャケットは脱いでいる。けれど、胸元にはしっかりとネクタイが結ばれている。浜谷なりのケジメなのだろう。
「田村優里子、高橋里奈、
加賀知は手元に置かれていた珈琲を飲み干し、そう呟く。そんな加賀知の様子を尻目に、浜谷は矛先を失った怒りを手元の書類にぶつけていた。
「どうなってるんですか?!どうして、一ヶ月足らずで15人の女性が失踪なんかするんですか?!これはもう誘拐事件ですよね?だとしたら、何で犯人の目星すら付かないんですか?!脅しに使ったであろう凶器は勿論、連れ去るために用いたであろう車すら見つからない!
そもそも、犯行現場と思われる場所すら見つからない!
あー!もう!訳が分からない!」
ホチキス止めされていたかった書類は勢いよく宙に舞うと、ひらひらと漂いながら床に落ちていった。
「落ち着け浜谷。俺達が焦ったところで何も見つかりはしないんだ」
「だったら加賀知さんも少しは考えて下さいよ!貴方はいっつも、見て分かるような事しか言わないじゃないですか!いいですか?!これはもうれっきとした連続誘拐事件なんですよ?!神隠しなんかじゃない!何処かにこの一連の事件の犯人がいるんですよ!犯人は、若い女性を狙っている!こんなの、小学生でも捜査資料読めば分かるんですよ!俺達がやらなきゃいけないのは、ここから犯人を見つけなきゃ行けないんですよ!その為に何回も街に出ては聞き込みをして、被害者の周辺を捜査しているんです!それなのに、何の証拠も出てきやしない!」
「浜谷、落ち着け───」
「こんな状況で落ち着ける訳ないでしょ!?現に、人が居なくなってるんですよ?!今こうしている間にも、彼女らは衰弱してるんです!だったら一日でも早く犯人を捕まえて、解放してあげようって思わないんですか?! 少しは、被害者の事を考えたらどうですか!?」
そう言った浜谷の目は真っ赤に充血しており、目の下には一層濃いクマができていた。一向に進まぬ捜査に苛立ち、夜も眠れぬのだろう。
「すいません・・・、流石に言い過ぎました・・・申し訳ありません・・・」
「あ、浜谷・・・」
「すいません・・・、俺外行ってきます───」
床に散らばった捜査資料もそのままに、浜谷は自身のジャケットを手に取ると部屋を出て行った。そのジャケットはいつの間にか皺だらけになっていた。
「そりゃ、俺だって出来ることなら早く解放してやりてぇよ・・・」
一人部屋に取り残された加賀知は、床の捜査資料を拾い上げると、事件が起きた日付順に整理し始めた。
「最初の事件は、9月15日の
被害者女性の職業や、住所、そして顔写真が記載された書類を並べ替える。
「にしても、やっぱりどの女性も美人だよな───」
若い女性を狙った連続誘拐事件だからか、そうだとしても不気味な程に、被害者の女性は皆綺麗な顔をしていた。
「美人を狙った犯行ってか・・・」
「ここ最近で、怪しい人物を見ませんでしたか?何でもいいんです。誰かの後を追っていたとか、同じ人が同じ場所にいたとか」
部屋を飛び出した浜谷は、皺だらけのジャケットを羽織り、必死に聞き込みを行っていた。けれど、事件の報道のせいか街に出ている人は一ヶ月前に比べて大幅に減少していた。
そんな時、やっと見付けたのは田村優里子が務めていた不動産会社の近隣に住む会社員男性だった。浜谷は早速彼に、近頃怪しい人物を見なかったかと尋ねた。
「怪しい人物は見てないですけど、同じ人をよく見るってのはありますね」
「本当ですか?!それは、何処で?!どんな人ですか?!」
どんな人でも、鬼気迫る顔で問い詰められれば後退りをするもの。しかも、この時の浜谷は寝不足と、思い通りに進まない捜査のストレスで狂気にも満ちた顔をしていた。
「あ、あそこです!あそこにビルが見えるでしょ?あ、あのビルの隣に公園があるんですよ!で、そ、その公園で、よくスーツを着た男性を見るですよ!」
男性は怯えるように、声を震わせ、声を詰まらせながらそう答えた。
「公園・・・、一連の事件と何か関係があるかもしれない・・・」
そんな男性が見えていないのか、浜谷は突然独り言を呟く。そして、その直後何かが分かったのか、真っ赤な目を見開き男性に礼を告げると、その公園に向かった。
「ここか。しかし、それらしき人は見当たらないな───」
男性に言われた公園に辿り着いた浜谷であったが、周囲を見渡しても、スーツを着た怪しき人物は見当たらなかった。
すると、ジャケットの懐に入っていたスマートフォンが着信を報せてくれた。
「加賀知さん?」
浜谷は一瞬出ることに躊躇いもしたのだが、きっと何か重要な手掛かりが見つかったのかもしれない、そう思い電話を繋いだ。
「浜谷、今何処にいる?」
「田村優里子が務めていた不動産会社の近くの公園ですけど」
「そうか。何か分かったことあったか?」
しかし、加賀知は加賀知で思考を巡らせど、犯人には辿り着けずにいた。
「実は、先程会社員の男性から、自分が今いるこの公園でよく見掛ける男がいるとの情報を聞いて現在捜査中でして」
「公園?今そこに、その男らしき影はあるか?」
「いや、それが見当たらないんです」
浜谷のいる公園は区が管理しており、緑化指定区域になっている。敷地面積もあり、都内にしては緑が生い茂った公園となっている。その為、人が隠れられる場所は至る所にあるのだ。
「そうか───
分かった。ありがとう」
加賀知から電話が切れ、浜谷は近くにあったベンチに腰を掛ける。
「くそっ、何も見付からない・・・」
そう言って肘掛に拳を打ち付けた瞬間、地面に何かが落ちる音がした。何かと思った浜谷は、ベンチの下を覗き込み落下物を探すと、その正体はカメラのフィルムケースだった。
「今時フィルムとは、珍しいな」
デジタルカメラが主流になった今、フィルムカメラを使っているのは、余っ程のカメラ好きだろう。かくいう浜谷も、学生時代フィルムカメラにはまっていた時期があった。
「こんなんでも大事なもんだろ」
持ち主も無くしたことに気付いているかもしれない。けれど、わざわざ探しに来るような物でも無い。だからといって、このまま放置すればゴミとなってしまう。
浜谷仕方なくそのフィルムケースをポケットに入れると、捜査を再開した。
「必ず見つけて捕まえてやる」
しかし、世間を騒がせた一連の連続誘拐事件は、犯人が捕まることなく終わりを迎えることになる。
16人目にして初めての男性の被害者―
捜査側的見解 終
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