第2話 謎ノ骨董品店

 まず二人が訪れたのは、高橋里奈たかはしりなが通っている都内私立大学だった。そこで、彼女の友人に聞き込みを行った。事件当日彼女に変わった様子はなかったか、最近人間関係でトラブルがなかったか、など。しかし、どれだけ聴き込んだところで、帰ってくる答えは、「いつも通りでしたよ」「そんなのないと思います 」のみ。


「聞けば聞くほど、人のいい女性だってことが分かりますね」


 浜谷はこれまでの聞き込みでのメモを見返し呟く。新米はメモを取れという加賀知の教えをしっかりと守っている浜谷のメモは、丁寧な字でまとめられており、レポートのような出来である。


「美人で、品行方正か───」


 突然、加賀知は高橋里奈の写真を取り出し溜息の如く呟いた。


「ちょっと加賀知さん。高橋さんに見惚れてないで、真面目に考えて下さいよ」


「おいおい、真面目にって、俺は何時だって真面目に考えますけど?」


「いやいや、加賀知さんメモは全部俺に取らせるし、聞き込みも自分からは行かないし。一体、何を見てるんですか?」


 先週よりも目の下のクマが濃くなっている様にも思える浜谷の精神衛生は、あまり宜しくなかった。現場に出向いて尚、何を考えているのか分からない加賀知に苛立ちを覚えていたのだ。


「とにかく、失踪した田村優里子と高橋里奈の行方を掴まないといけないんですよ?いつまでも手掛かりなしじゃ、何時また第三の被害者が出るかも分かりませんよ?!」


 普段は温厚な浜谷も、事態の足踏み状態に鬱憤が溜まっているのだろう。


 その後、二人は別々に聞き込みを行った。



 *****



 浜谷が田村優里子たむらゆりこが務めている不動産会社に再度向かっている中、加賀知は高橋里奈たかはしりなが帰宅したであろう通学路を捜査していた。


「至って普通の商店街・・・。人通りもあれば、死角になるような路地裏も無い・・・。そんでもって、残念なことに監視カメラは無しか・・・」


 彼女が通う私立大学の最寄り駅に向かう途中にある商店街。都内にしては珍しく、八百屋や鮮魚店、薬局までもあり、地元の人で賑わっている 。


「となると、ここでいなくなったという可能性は低いか」


 先程の聞き込みから、高橋里奈の通学ルートはだいたい把握していた。勿論、事件当日高橋里奈が向かうはずだったバイト先の飲食店の場所まで。


「店の方行ってみるか」


 加賀知はこの事件を、誘拐事件ではないかと考えていた。確かに、身代金の要求は現状されていないが、これらの失踪が事故や、ただ行方を眩ませているだけではないような気がしていたのだ。だからこそ、きっと何処かに彼女らの行方を掴む証拠が残っているのだと信じ、加賀知は浜谷とは別のアプローチを取っているのだ。


「確か・・・、駅はこっち、だったよな・・・、ん?何故だ?」


 駅に向かおう、そう思い辺りを見渡したはずだった。しかし、周囲にはそれまでの賑わいはおろか、人影まで綺麗さっぱり消え去っていた。


「何故・・・、誰も居ない・・・」


 あれ程活気のあった八百屋も、鮮魚店も、薬局も、確かにそこにあったはずなのに、何処にも見当たらない。あるのは、シャッターの降りた寂れた店ばかりだった。


「おいおい・・・勘弁してくれよ・・・」


 夢でも見ているのか、加賀知は連日の疲労を疑った。しかし、意識は鮮明だし、見渡す景色には確かな色彩がある。


 そう、これは現実なのだ。


 加賀知は目を瞑り、ゆっくりと肺に酸素を取り込んだ。そして、それをゆっくりと外界に戻すとゆっくりと目を見開く。


「よし、落ち着け。きっと、何処かにトリックがあるはずだ」


 活気に満ち溢れていた商店街が、突如として寂れたシャッター商店街に変貌してしまった。そんな状況にも関わらず、加賀知は冷静さを取り戻し状況の整理を始めた。


「俺がここに来たのは、確か12時過ぎ。滞在時間でいえば、5分足らず。即ち、これがドッキリの類だとすれば、ここの人達は俺が考えに耽っていた僅かな時間で店仕舞いをし、何処かに隠れたということになる。

 いや、どう考えても不可能だ。ここには、かなりの数の人が買い物をしていた。それが、俺に気付かれず何処かに隠れられるか?

 くそっ、考えれば考える程分からん・・・」


 超常現象か、と一瞬そんなことを考えた加賀知であったが、その案は却下していた。


 このまま佇んでも埒が明かない。そう考えたのか、とりあえず人が居ないか商店街を探し回り始めた。


「人どころか、犬猫も居ないぞ・・・」


 流石に心細くなっていた所に、一軒だけ営業している店を見付けた。その店はログハウスの様な造りになっており、軒先の看板には『骨董品店』とだけ書かれていた。


「何でこの店だけやってるんだ?」


 商店街の雰囲気に合わないその店を不思議に思った加賀知は、興味本位で店に入ることにした。


 扉を押し開けると、カランコロンとドアベルが店内に響き渡る。それと同時に、店の奥からだろうか、「いらっしゃい」という男性の低い声が聞こえてきた。


「営業はしてるみたいだな。にしても、何だこの店・・・。骨董品店という割には、あるのはガラクタばかりじゃないか・・・ 」


 店内には無数の棚が置かれており、そこに無造作に物が置かれていた。それが商品なのだろうが、よく分からない絵本であったり、普通の賽子さいころ、真っ黒な傘まで置かれている。


「まるで、フリーマーケットだな」


 使えるのかどうかも分からない物達。こんなものに買い手があるのだろうかと思いながら、加賀知は店内を散策していた。そして、店の一番奥、カウンターらしき所で人がいるのに気が付いた。


 服装は、黒のロングコートに、黒のシルクハット。何とも西洋かぶれな人物だなと思うかもしれないが、頭髪は金色に輝いていた。その長い金髪を後ろで束ねているため女性かと勘違いしそうにもなるが、加賀知が入店時に聞こえたのは男性の声であった為、この人物が男性であると断定できた。


「すいません。お聞きしたいことがあるのですが」


 加賀知は胸元から手帳を取り出し、店主らしき人に提示すると、気持ちを仕事に切り替える。しかし、そんなことを無視するかのように、目元をシルクハットのつばで隠した店主が口を開く。


「これはこれは、随分と珍しいお客さんだ。貴方は、“望み”を持っていない。本来ならば、貴方のような人はここには来れないはず。それにも関わらず、貴方は今ここにいる。さて、貴方はどうやってここにやって来たのですか?」


 店主の声は恐ろしく無感情で、冷たく重いものだった。


「それはどういう事だ?まるで、この店は“望み”が無いと来れないみたいな言い方だな」


 加賀知からすれば、ただ目の前にあった骨董品店に入っただけに過ぎない。それなのに、どうやってと尋ねられても、扉を開けて入店したとしか答えられない。


「ええ、その通りですよ。ここは“望み”を持った人のみが訪れることができる骨董品店なのです。ここにある物は、そんな人達の“望み”を叶えられる物なのです。それなのに、何故貴方のような人が迷い込んでしまったのか」


 ロングコートに金髪シルクハットという、何とも奇妙な格好の店主は変わらず冷たい声で、何処か困ったように言う。


「なら、この店に来るような人は一体どんな人なんだ?俺とは違う“望み”を持った人達なんだろ?」


 すると、突然店主は目線を上げ、加賀知を見つめた。シルクハットの影から露わになった店主の瞳を見て、加賀知は思わず目を丸くしてしまった。


 何故なら、店主の瞳は焔のように真っ赤だったのだ。


「ここに来る人ですか?至って普通の人ですよ。自分が自分であるという証明が欲しい人。自分がどう思われているのか知りたい人。後、美しいものを我が物にしたいと思っている人とかも来ましたね」


 店主が例で挙げたのは、聞き流してしまえばそこまでだが、よく聞けば強欲な人ばかりだ。この骨董品店において、“望み”とは「欲望」と言い換えられるものであった。


「そんな奴らは、一体何を買っていくんだ?そもそも、そんな“望み”とやらを叶えられるだけの物がこの店にあるというのか?」


 加賀知は店内を指差し、店主に問い詰める。この店主は何処か変だ。そう思いながらも、その「何処」が一体何なのか解き明かしてやろうと考えていた。


「ありますよ。その人にぴったりの物がね。例えば、自分が自分であるという証明が欲しい人には“お面”をあげましたよ?」


 カウンターの向こう。丁度店主の後ろの壁に、いくつかのお面が一列に飾られていた。そのどれもが何とも奇妙な物で、異様な存在感を放っている。その中で一箇所、そこにお面があったであろう、埃があまり付着していないスペースがあった。


 そう、そこには以前、店主が言っていた“お面”が飾られていたのだ。


「他にも、ヘッドホンもあげましたね。ついこの間なんか、一眼レフカメラをあげましたよ」


 この時、加賀知は店主の言葉に違和感を覚えた。


「ん?今、「あげた」と言ったか?ここは、骨董品『店』ではないのか?この店に来た人は客で、客が物を買っていく所ではないのか?」


 すると、店主は燃えるような焔のような瞳で、口元だけに笑みを浮かべてこう言った。


「お代なら確かに貰ってますよ?ただ、その場で現金で、何てことはしてませんけどね」


 流石の加賀知も、店主の言ったことが理解出来なかった。


「さあ、もういいでしょ。貴方はこの店の客ではない。つまり、貴方に見合う物はこの店にはありません。さっさと店から出て行ってください。営業妨害です」


 全身黒を見に纏った店主は、そう言って加賀知を店の外に追い出そうとしたのだ。


「いや、待ってくれ!まだ聞きたいことがあるんだ!」


「申し訳ありませんが、これ以上貴方に話すことはありません。お引き取り下さい」


「頼む!せめて!店主!貴方の名前だけでも!」


 しかし、店主は加賀知の言うことなど無視を続け、遂にはドアを押し開け加賀知を店の外に追い出してしまった。


「それは、貴方がまた御来店した時にでもお教えします。では、またの御来店お待ちしております」


 そう言って、不気味な店主はドアを引くと、不気味な骨董品店の中に消えてしまった。


「くそっ、何だったんだ一体!」


 店の雰囲気に誘われ、たまたま入っただけの店なのに、店主にあれこれ言われ、挙句の果てには店を追い出され、加賀知は訳が分からなかった。


「てか、あの扉、入る時に押し開けなかったっけ?」


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