89×127mmの世界
新成 成之
捜査側的見解
第1話 懐疑的怪奇
事の発端は、都内在住20代女性の失踪事件だった。
「9月15日、被害者の
皺の無い、整えられたスーツを見に纏った若い男性が書類を読み上げる。彼のジャケットの襟には、金色のバッチが輝いている。
「つまり、会社には出勤していたということか───」
先程の若い男性とは別の、スーツ姿の男が呟く。彼のスーツには、若い男とは対照的に、皺が目立ち何処と無くだらしのない印象だ。しかし、彼の襟にも金のバッチが輝いている。
「はい。それに、彼女はその日、定時を少し過ぎた時刻には会社を出て帰宅しています。これも同様に、勤怠システムと、周辺住民からの聞き込みから間違いないと思います」
そう言って、手元の資料を確認しながら事件の経緯を辿る若い男は、
先程から浜谷と加賀知が話をしている事件こそ、これから起こる連続失踪事件の発端となった
「見れば見るほど変な事件だよな。その田村優里子って女性は、誰かに恨まれるような人でもなければ、男性とのトラブルも無かったんだろ?女性とのトラブルも」
加賀知は、こめかみを叩きながら、回転する椅子でくるくると回り始めた。そんな様子を気にもとめない浜谷は、淡々と状況を説明する。
「そうなんですよね。会社での評価は勿論、近隣住民からの評価も良く、とても綺麗な女性だという声が多くありました」
「美人で他者からの評価もいい人が失踪ね・・・」
「その事なんですが、先日田村優里子の自宅であるアパートを調査したところ、生活用品を含め、通帳や印鑑といった金銭の絡むものまで、全てが残されていたんです」
「ほぅ・・・」
田村優里子は都内の不動産会社に勤める20代女性である。性格はとても穏やかで、人当たりもよく、男女関係なく人に好かれるような人物であった。そんな彼女が、先日9月15日に突如として姿を消したのだ。
彼女の失踪に気づいたのは、会社の同僚である
事件の翌日16日、いつもの様に出勤した足立は、いつもなら自分よりも先に出勤しているはずの田村優里子の姿が見えず、心配に思っていた。しかし、その時は風邪か何かの体調不良だとばかり思っていたのだが、始業の時刻になっても田村から連絡は来なかった。
これまで無断欠勤など一度もしてこなかった田村優里子に、不信感を抱いた足立は、田村に連絡をとる事にした。けれど、メールはおろか電話にも出ず、さらに心配になった足立は田村の家に向かうことにした。それには会社の社長も許可を出してくれ、足立は会社の車を使い田村の住むアパートまで向かった。足立は駆け足で田村の部屋まで行き、勢いよくインターホンを鳴らす。一度目での応答は無し。二度三度とインターホンを鳴らせど、中からは物音一つ聞こえてこなかったのだ。足立は咄嗟に、田村の身に何かあったと思い警察に連絡してきた。というのが、今回の事件である。
「会社を出て帰宅したはずの女性が、家にも戻らず突然姿を消した・・・、まるで神隠しだな」
加賀知は机に置かれた冷えた珈琲を飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。
「加賀知さん、冗談言ってないで真面目に考えて下さいよ!神隠しなんて、そんなこと現代の日本である訳ないでしょ?現に、何の罪も無い女性が一人行方不明になってるんですよ?」
人一倍正義感の強い浜谷は、今回の事件の手詰まり感に苛立ちを覚えていた。何しろ、どんなに捜査を続けても、失踪した田村優里子に繋がる手掛かりが一つも見つからないのだ。その上、連日の残業に彼の精神は既に磨り減っていた。
「分かってるよ、分かってる。だけどな、実際どうするんだよ。田村優里子が失踪したのは分かっているが、殺人のような事件に巻き込まれた痕跡も無い。何せ、街中探しても田村優里子の所持品や、争った痕跡が無いんだからな」
「それは・・・、そうなんですが・・・」
浜谷と加賀知が頭を抱えたところで、田村優里子の足取りは掴めずにいた。
*****
それから数日が経ち、事件の捜査も進展したかに思えたのだが、相も変わらず足踏み状態。未だに、田村優里子は見つからないままだった。
そんなところに、浜谷と加賀知のところに新しい事件が持ち込まれた。
「加賀知さん大変です!これ見てください!」
いつもながら皺のないスーツの浜谷が、何やら慌てた様子で部屋に入ってくると、その手には捜査資料が握られていた。
「どうした?!田村優里子の行方が分かったのか?!」
部屋で一人珈琲を飲んでいた加賀知は、急いで口の中を空にすると、そう声を上げた。
しかし、浜谷が持ってきたのは田村優里子に関する手掛かりではなかった。
「いや、田村優里子についてではありません。見てくださいこれ、また新たな失踪事件が起きてしまったんですよ」
浜谷が持ち込んだのは、田村優里子とは別の女性、
「田村優里子に続き、第二の失踪事件か・・・」
未だに田村優里子の手掛かりが無い状態での次なる失踪者。流石の加賀知も、頭を抱えていた。
「高橋里奈、都内の私立大学に通う20
「田村優里子は20代女性、そして高橋里奈も20代・・・、他に分かっていることは?」
「はい。高橋里奈が消息を絶ったのは、9月21日の午後。彼女は、その日の午前は大学の講義に出席しており、午後からアルバイトがあるとの事で学校を出たそうです。しかし、その日はアルバイト先の飲食店には出勤せず、無断欠勤をしています」
「田村優里子と似た状況だな」
「加賀知さん。これ、誘拐事件とかじゃないんですか?」
失踪者が一人ではなく、二人になってしまったのだ。それも、一件目の失踪事件から一週間と経たずに二件目。そうなれば、誘拐事件と考えることもできる。
「だとしたら、犯人は一体何の為に彼女達を誘拐したんだ?身代金が目的なら、田村優里子の時に要求が来るはずだ。それなのに、それが一切無い」
「確かに・・・、もしかしたら、彼女達に恨みがあった人物が?」
「いや浜谷よ、それはおかしいだろ。お前、この前、田村優里子は誰かに恨まれるような人ではなかったって、自分で言ったんだぞ?」
「そ、そうでした・・・」
しかし、いくらこうして二人で議論し合っても、分かることなどありはしない。浜谷の持っている捜査資料には、限られた事しか書かれていないのだから。
「よし、おい浜谷支度しろ。外行くぞ」
「はい!」
分からぬのならば、見つけに行けばいい。それまでもそうしてきたように、浜谷と加賀知の二人は、部屋から飛び出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます