月のライン 7-2


 町役場の広場の中央に、小さな回転木馬が設置されていた。


 馬の数は5台しかない。サーカスのゾウのように、体中に派手な模様をペイントしていた。


 メルは自分のかたわらで、満足げにそれを見つめる、父の横顔を見た。


 メリーゴーランドの張り出た屋根に、ピカピカと点滅するライトが光る。


 父の顔を明々と照らす。


 よくこの短期間のうちに仕上げたものだ、とメルは思った。


 たぶん、父の手柄じゃない。技術職人が頑張ったのだ、と分かっていた。


 それでも、父の嬉しそうな顔を見ると、メルもまんざらでもなく、胸を張りたくなる気持ちだ。


 馬の目の中に電飾がつかなくてよかった、と心の底でメルは思った。


「さあ、子供たち。遠慮せずどんどん乗りなさい」


 父は興味津々で見つめる、子連れの観光客に向かって言った。


「大人は体重制限があり、乗れないがね」


 子供たちの笑い声が響く。


 それにつられてか、役場の中から、町長が役員たちと姿を見せた。


 笑いながら、回るメリーゴーランドに拍手を送る。


 優しそうな顔の町長を、メルは見た。


 彼が親子喧嘩で、ロイを追い出したのだろうか?


 どんな理由か、ロイも町長も、詳しく話してくれなかったけど、子供好きなあの町長が、はたしてそこまでするのだろうか。


 遠巻きに町長を見ながら、メルは首をひねった。


「メル、どこかで一杯やらないか」


 父はメルの肩を抱いて、上機嫌に、元気よく言った。


「どうせ今日はモンフルールに泊まるんだ。強いのをいきたいな」


「無理するなよ」


 メルは父の腕を振り退けながら、なだめた。


 仕事が成功した打ち上げをしたいのだろう。


 しかしメルには応えられない。お酒が飲めない口だからだ。


「それに、明日も午後から、配達があるし。ひと足先に、ホテルに戻るよ。母さんと、三ツ星シェフのディナーを食べよう」


 メルは父を残して歩き出した。


「おーい、メルー」


 父が後ろのほうで情けない声を出していたが、メルは足を止めなかった。


 少しかわいそうかな、と思ったけれど、酔い潰れた父の姿は、あまり見たくなかった。


 ホテルのほうへ向かいながら、メルは町の見学をした。


 毎日歩いているとはいえ、昼と夜とでは違う町の表情だった。


 通い慣れた路地も、今は光に満ち溢れている。


 ミリのパン屋の前では、オープンカフェが大盛況。


 かぐわしいパンの香りが、通行人の足をいざなう。


 客の間を、ミリの亭主が行き交っている。


 忙しそうに、注文を受け取っているけれど、お腹が邪魔して、カップを倒した。


 メルは乾いた声で笑った。ミリの亭主は、いつもピエロのように見えてしまう。


 その時だった。


 突然、街灯の下に、メルは見つけた。


 ひとり寂しげにたたずむ、その姿。


 メルをまっすぐ見据えている。


 メルは心臓が高鳴った。思わず、彼の名前を叫んだ。


「ロイ!」


 ロイは呼ばれても身動きしない。


 メルが駆け寄るのを、街灯の下でただじっと待っていた。


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