月のライン 6-2
フラワーショップ・ナヤのドアを開けると、ドアに取り付けてあるベルが、涼やかな音を響かせた。
一歩中へ入って、窓から外を眺めると、雨はまるで滝のように店全体を打ち付けていた。
「ごめんなさい、お客様。今日は店はお休みなんです」
奥の間から、ナヤのか細い声が聞こえた。
「ナヤ」
キトはたたんだ傘を、ドアの横に立てかけながら、話しかけた。
「僕だよ」
「キトね」
店舗に出てきたナヤは、やわらかい微笑みをキトに向けた。
天使みたいだ、とキトは思った。
微笑み返しながら近寄ると、ほんのりラベンダーの香りがする。
キトの想いに、ナヤは気づいているはずだった。
しかし少し年下だからか、キトを大人の男として見てはくれない。
ちょっともどかしかったけど、それでも今のキトには、安心できる唯一の存在だった。
「お休みって、珍しいね」
「兄さんが、昨日の昼、本土へ行ったきり、帰ってこないの」
ナヤは荒れた両手をさすっている。
「花の配達と、仕入れをしに行ったはずだったのに……電話をしても繋がらなくて」
「大丈夫だよ」
何の根拠もないのに、心配そうなナヤを見て、思わずキトは励ました。
「セドはしっかりした人だから。そうだ、この大雨で、船の時間が延びているのかも」
「それなら、いいけれど……」
ナヤの表情はすぐれなかった。
キトも少し悲しくなった。ナヤが不安だと、キトも不安になってしまう。
すり合わせるナヤの両手を、キトは見つめた。
手に手を取って、慰めたかった。
そんなふうに思ったその時、また店のベルが鳴った。
「郵便でーす」
明るい声と健康的な笑顔が、店の中にやってきた。
透明な雨合羽の下、紺色の帽子のひさしから、水がしたたり落ちている。
「はい。それでは、たしかに」
ナヤに手紙を渡すとき、ちょっと会釈した。
そして再びドアを開け、忙しそうに去ってゆくメールボーイ。
「誰からかしら」
ナヤは封筒裏を見た。とたんに笑顔になって言う。
「兄からだわ!」
「よかったね」
キトの言葉に、「うん」と頷いた。
一度、店舗の奥に行き、ナヤはハサミを持ってきた。
封筒の端を切り開き、手紙を取り出す。
キトは居場所なさげに、お店の壁を見回していた。
飾られたリースが愛らしい。今度、これも買ってあげよう……。
「えっ……!」
ナヤの口から短い悲鳴がして、キトはすぐに駆け寄った。
手紙をナヤから受け取ると、キトは素早く目で読んだ。
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