第2話 飛来したお客様
世界ホテルはホテルというだけあって基本的には予約制だ。星間移動が必ず必要になるため、ほぼほぼ全てのお客様から事前に予約の連絡が入る。特に遠方、土星以上離れると移動だけで1年以上かかってしまう。そうしたこともあり、お陰様で当ホテルの予約はそこそこで埋まっている。
しかし、いつもいつも満室というわけではない。やはり繁忙期はあり、また反対に閑散期もある。ただそのタイミングが不定期でどの時期が忙しく、どの時期が暇か予測が困難だ。
その時は突如訪れた繁忙期を乗り越え、少し落ち着いた頃だった。
「ズドン!」
外で大きな物音が聞こえ、私は食べかけのケーキを放ったらかしにして外に飛び出た。
世界ホテルの敷地は異星人解放区域にあり、莫大な土地の広さを誇る。その敷地の多くはお客様の宇宙船の駐船場となっている。以前、木星から来たお客様の宇宙船は直径2km近くある円盤状の船だったのだが止めることが出来た。
その駐船場にブーメランのような形をした宇宙船が突き刺さっていた。大きさは10メートル程度だろうか、降ってくる途中で損傷したのか一部分が欠けてしまっているようだった。その欠けた部分から生命体がぶら下がっている。意識がないのかもしれない。
「マキ!ちょっと来てくれ!」
私はすぐさまホテルの受付にいるマキを呼んだ。
「どこから来たんだろうか?もし、相手の言語が分かれば話しかけてみてくれ」
「や、やってみます」
状況に戸惑いながらもマキは得意の異星言語でぶら下がっている生命体に色々と声をかけている。
騒ぎを聞きつけたジュンとミシマがやってきた。
「ちょうどよかった。お前たち1室でいいから準備を頼む」
「支配人代理ー。これどこから来たの?」
ジュンが無邪気に聞く。
「まだ分からない。今、マキが調べてくれている」
声が聞こえていないのか、それとも墜落した衝撃で死んでしまっているのか、飛来した生命体はマキの声かけに反応を示していないようだった。
私は駐船場に墜落した宇宙船の写真を撮り、事務所に戻り各惑星大使館へ連絡をすることにした。宇宙船の形状はその惑星の特徴を反映しやすいため、何らか手がかりをつかめる可能性があった。
メールを送信して3分と経たずに返信が届いた。発信元は金星大使館だった。
「お世話になっております。その形状の宇宙船は我が金星の物である可能性があります。乗員は無事でしょうか?」
各大使館にはマキのような異星言語を地球言語に変換してくれるアンドロイドが常駐しているため、やりとりで困ることはない。
「マキ、その宇宙船は金星の可能性がある。金星の言語で話しかけてみてくれ」
「はい」
マキが金星語で話しかけると、生命体がピクッと反応してこちらの方を向いた。
金星人は地球人と姿形がよく似ている。違うところといえば肌の色がバイオレットなことと、頭頂部に角のような触覚があることだろうか。あと、体毛がない。
「支配人代理、交信できました!」
マキの話ではこの金星人は地球を飛び越え、木星へ仕事に向かう途中に浮遊する岩石に宇宙船が接触してしまいそこで損傷し、近かかった地球に不時着したとのことだった。
「とりあえずホテルへ案内して、怪我をしているようならドクターを呼んで。あと宇宙船の修理も必要そうだから、メカノクトに連絡しておいて」
墜落した宇宙船には3人の金星人が乗っていた。3人とも姿形がほぼ同じのため見分けはつかない。不幸中の幸いで全員怪我はなかった。金星の宇宙船の安全技術の賜物だろう。
メカノクトから2人のエンジニアがやって来た。メカノクトとは宇宙船専門のエンジニア会社だ。地球にやってくる異星人の宇宙船は星間移動中にどこかしら損傷していたり、故障してしまうことがある。その時のために宇宙船の修理や、燃料補給を行なっている。メカノクトのエンジニアも基本的には島原の開発したアンドロイドだが、メインで取り仕切っているのは金星人だ。金星の宇宙船技術は太陽圏の他の惑星よりも発達しているため、技術的な顧問として地球に常駐している。
メカノクトからやって来たエンジニア2人はアンドロイドと金星人だった。アンドロイドはこちらとの交信手段でもある。
「修理にどれくらいかかりそうですか?」
「そうですね、まず欠損した部品の再構築が必要になりますので2日ほどかかるかと」
アンドロイドが無表情に答える。
これくらい欠損していても2日で元に戻せてしまうのか。その方が驚きだった。
ホテルのエントランスへ戻り、マキに宇宙船の修理にかかるであろう日数を伝え、それを金星人3人に伝えてもらった。となればその間は地球から出る事が出来ない。
私は安否連絡とともにこの3人の星間パスの検索を求め、金星大使館へメールの返信を行った。
「不時着した宇宙船に乗っていた3名は無事です。ただ、宇宙船の修理に2日ほどかかるとのメカノクトから診断を受けています。それまでの間、世界ホテルへ宿泊していただくことは可能ですが、星間パスの確認をお願い致します」
メールを送信すると私は食べ掛けだったケーキを一気に食べ、コーヒーで流し込んだ。
金星大使館の迅速な対応により、3人の金星人の星間パスの発行はすぐさま行われ世界ホテルへの宿泊が可能となった。ジュンとミシマによって部屋の準備は恙無く行われており、こちらとしての準備は整った。
しかし、ひとつだけ懸念が残った。それはメカノクトのエンジニアアンドロイドが帰り際に私に言ってきたことだ。
「この宇宙船は恐らく違法改造されています。金星では宇宙船の改造は重罪に当たります。今回の修繕で改造されている部分への関与は行いません。一応身柄の確保しているホテルの方に伝えておきます」
身柄の確保などというと犯罪者のような扱いになってしまうが、違法改造というのはそれほどまでに重罪になってしまうということなのだろう。宇宙船技術の発展している金星では安全率を見込みつつの限界設計をおこなっているらしく、速度を上げるためのマイナーチェンジでも故障や事故の原因になりやすく、また実際に改造宇宙船の事故が多発したため法律による規制がかかったとのことだった。
犯罪という言葉を聞いてしまうと、どうしてもモヤモヤしてしまう。ただ宇宙船を修理されている間、この金星人3人はあわてる様子もなく平然としていた。彼らにはそのような感情が無いのか、そもそも犯罪をしているという自覚が無いのか、一見するだけでは察し得なかった。
とは言え、今はただのお客さまだ。ナガノが案内をし、3人は部屋へと向かっていった。閑散期を迎えていたこともあり、空室となっている部屋も多く調整に手間はかからなかった。この時期特有のまったりとした時間が流れる。私はこの時間が好きだった。
「今日の支配人は楽しそうですね」
マキが暇を持て余したのか、話しかけてきた。
「いつもは楽しそうじゃなさそうかい?」
「ええ、どこか悲しげな顔をしていることが多いように思います」
自分では意識していなかったが、そんな顔をしていたのだろうか。
「まぁ、忙しい時はな。正直毎回毎回みんなの世話になってばかりで自分じゃ何もできないんだなって実感することが多いんだ。今日だってマキがいなきゃ未だにあの金星人たちはあのままだったかもしれん」
「私たちは目的のために生まれました。それが出来て当然なのです。むしろ出来なければ必要がありません」
「俺は何のために生まれたんだろうな」
「その目的が必要ないのが私たちの大きな差なのかも知れませんね」
マキはこの世界ホテルの受付としてやって来てから、アンドロイドと人間の違いについて何度か私に質問してきたり、意見を言ってきたりしている。私はマキとこうした話になる度に以前に島原からされた話を思い出す。
「俺の仕事は言ってしまえば、境目を曖昧にしているようなもんだ」
機嫌が良い時にしか飲まない酒を飲みながら、島原は私に言っているのか、独り言なのか分からない話し方で話し続けていた。
「人工知能が意思を持つなんてことは大昔から分かってることだ。意思ってのは何らかの事象に対し過去の経験から何種類かの選択肢、まぁ時には一択でその中から取捨選択し、決定することだろう」
グイっとグラスに入った酒を飲み干すと、新たに酒を追加し島原は立ち上り窓の付近をうろうろしながら続けた。
「かつて携帯電話に音声認識機能が搭載され、そいつは選択肢の提示で留まったが今ではどうだ?もう大体のことはこちらの問いに対して人工知能が選択決定しているじゃないか。それはもう意思に他ならない。ということはだ、むしろ意思を失ってるのはこっち側、人類なんじゃないのかね」
当時の私は16歳だったと思う。島原の言っていることは何となく理解が出来たが、途中で意見を挟むと執拗に質問攻めを食らうためずっと黙っていたと思う。
「人類主義者の意見書は隅々まで読んだが、ロクなもんじゃない。臓器や赤く温かく流れる血液が必要ならアンドロイドに幾らでも付ける事が出来る。ただ、不要なんだ。我々にしか必要ないものをアンドロイドに付けることほど無駄なことはない。では私たち人類とアンドロイドの差は何だ?」
こちらへの質問なのか、自問自答なのか分からない。それに私にはこの問いの答えは全く分からない。しばらくの沈黙の後、島原がゆっくりと口を開く。
「私は常々、人間は死ぬために生まれてくるのだと思っている。どんな大罪を犯した犯罪者も、神の教えを説く神父も、宗教家も、無宗教家も、金持ちも、貧乏人も、男も、女も、大人も、子供も向かう先は一律に死のみだ。だが彼らは違う。彼らは生まれるために生まれてくる。必要とされ生まれてくる」
覚えているのはここら辺までで私はあまりにも長く続いた島原の独説によって、夢の中へと誘われていた。
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