世界ホテル

鮎屋駄雁

第1話 遠方からの来客

夜勤でクタクタになり、仮眠室で仮眠をとっていたがバタバタと外が騒がしかった。

さっき業務の引き継ぎは済ませたので、気にしなくても良かったのだがあまりにも騒がしい。

重い体と瞼を無理やり起こし、私は仮眠室から出た。

ドアを開けると客室案内のTP3058-NN8、内内での通称ナガノというアンドロイドが廊下を走り抜けていった。

「おい、走んなよ」

「すいません、支配人代理。今、休憩中では?」

「お前らがバタバタうるさいから、寝るに寝れん」

「そうでしたか。それは大変失礼致しました。しかし、残念ながらバタバタせざるを得ないのです」

「何があった?」


ナガノに連れられエントランスへ向かうとそこは無数の土星人で埋め尽くされていた。

「実はマキが予約を取り違えていたようで」

マキというのは受付の異星言語に堪能なアンドロイドだ。

「珍しいな、マキがそんなミスするなんて」

「何でも土星では2日に1回くらいのペースで言語が変わるみたいでアップデートが大変らしいんです。元々は言語でなく、テレパシーを主なコミュニケーション方法だったので仕方ないのかもしれませんね」

犇めき合う土星人は体長15センチほどで地球でいうと人参みたいな形をしている。丸くて太い胴体から針みたいに細い手足のような部位で立っている。

「マキ」

「支配人代理。申し訳ありません、予約人数を聞き間違えてしまったようで」

「何人と聞き違えたんだ?」

「468名と聞こえたんですが、本当は49328名だったみたいです」

土星の言語もそろそろ統一してほしい。

私は土星語は分からないが、先週まで468だった数字がどうして二桁も増えるように改変されるのか。

「マキ、とにかく代表者と話をしてかなりの人数での相部屋で進めるしかない。このサイズなら一部屋にそれなりに入れるはずだ」

「分かりました」

私は一礼し、そそくさとその場を離れ客室準備アンドロイドのジュンとミシマを探しに向かった。


ジュンとミシマは基本的に常に二人一組で行動している。客室準備で行う内容を分担し、凄まじい速度と精度で業務を遂行する。

ジュンは当初子供がいない世帯に向けた少年型のアンドロイドだった。しかし、アンドロイドへ虐待を行う人間が増えたため、生産はすぐに中止された。このホテルで働くジュンも虐待を受け廃棄されかけていた。それをうちの支配人が拾い上げ、今では客室準備の従業員として働いている。

一方、ミシマは土木現場での力仕事を補助するアンドロイドだった。生産された当時はかなりの台数が各工事現場へ派遣されたが、時代が進み建設はほぼほぼオートメーションで行うようになりミシマを含めた土木作業員が不要となった。あとの経緯はジュンと同じだ。

ジュンとミシマは従業員用の休憩室にいた。

「ジュン、ミシマ。すまんが力を貸してくれ」

「どうしたんですか?支配人代理」

ジュンが可愛らしい大きな反応を取りながら問う。

「実はな、、、」

土星人の事態を話すと二人は快く仕事を引き受けてくれ早速客室準備に向かった。

「あとはチェックイン作業か」

膨大な人数のチェックインをこなすのは容易なことではない。異星から地球へ来る際に文字の文明を持たない来客も少なくないため、異星間パスというものがある。地球にある各惑星の大使館が発行するものでこのホテルでの情報管理、チェックイン、チェックアウトなどを一元的に行えるものだ。これによって非常にスムーズにチェックイン業務を行えるのだが、今回のこの数ではどうしても窓口が足りない。

私は休憩室にあった電話を取り、1つため息を吐いてから電話をかける。

「もしもし」

「非番の日に電話して悪いな」

「その声は支配人代理ですね」

「ああ、今ちょっと困ったことになっ」

「すぐ向かいます」

食い気味に返答し、とっとと電話を切られた。今電話をかけたのは客室対応アンドロイドのナカジマだ。ナカジマはこのホテルいるアンドロイドの中でも特殊な才能を持っている。水銀性の物質で構成された身体と液状人工知能を持ち、分裂することが出来る。上限があるのか分からないがかなりの数に分裂することが出来るらしい。ただし、質量は保存されるため分裂を繰り返すほど、分裂後のナカジマは小さくなる。今回に関しては土星からの小さめのお客様のため、適任だろう。

私は今出来る限りの下準備を終えたので、改めて土星人犇くエントランスへと戻った。


ナカジマの到着は私が電話をしてから48秒後という最高記録を更新した。その後約4500人程度に分裂したナカジマによってチェックインはスムーズに行われた。

ジュンとミシマによって15分程度で空き部屋250室の準備が完了した。

一部屋約200名の相部屋で土星人側の代表者からの承諾を得ることができた。

星間移動技術がいくら発達したとはいえ、土星から地球まで早くても1年はかかっている。それに星間移動は決して安全なわけではない。惑星は常に消滅と再生を繰り返し、膨張をしている。惑星の消滅に巻き込まれたり、宇宙船の故障など安易な道のりではないのだ。だからこそ、私、当ホテルは遠方からの来客を必ず受け入れる。それは支配人の意向でもあるが、私のポリシーでもある。そのためにいつ、どんな時でも対応できるようにここのスタッフはそれぞれ専門的に長けたプロが揃っている。

マキとナカジマの協力により、チェックインが完了した。

順番が入れ替わってしまったが、あとはお出迎えの言葉だ。

私を先頭にナガノ、マキ、ジュン、ミシマ、たくさんのナカジマが並ぶ。

「ようこそ、世界ホテルへ」


世界ホテル。

2067年、設立されたこのホテルは太陽圏で初の異星人対象のホテルだ。場所は異星人の地球観光が許可されている異星人解放区域内に位置している。

支配人はアンドロイド研究の権威、島原孝行。新しいアンドロイド技術を次々に開発したが、アンドロイドの人権問題でアンドロイド側に立った発言をしたことで学会を追われたらしい。永久に研究を行うため、自身の体も一部アンドロイドに変えているほどの根っからの研究者だ。ナカジマも島原が学会を追われた後に独自に研究を続け、開発したものだ。

さて、ホテルの話に戻る。

基本的に多いお客様は太陽圏の惑星からがメインになる。地球は観光の星として非常に人気が高い。それを支えているのも異星言語を理解できるアンドロイドがいることが大きい。しかし、地球人の全てが異星人の来訪を喜ばしく思っているわけではない。反対する国も多く、世界ホテルの設立には長い間の議論が尽くされた。そして、異星人解放区域内を設け、その内部のみでの居住を認めるということで決着が着いた。学会を追われた直後だった島原に世界ホテルの支配人の話が舞い込んできた。これは事実上の左遷と永久追放を意味していた。だが、島原はこれを快諾しただの荒地だった場所にホテルを設立し解放区の整備を行った。

その成果が実り、今では異星人溢れる解放区が実現された。

それから数年経ち、世界ホテルと解放区で利益を上げ始めた頃、当時異星人居住に反対していた人々が興味を持ち始め世界ホテルへの宿泊を願い出たが、島原はそれを一蹴した。

「地球人を泊めるとロクなことがない」

そう言って、世界ホテルは地球内にありがなら地球から孤立することになった。

今でも島原は多くの時間をアンドロイドの研究に費やしている。そのためホテルの業務は支配人代理として私に押し付けている。優秀なスタッフのおかげで仕事はこなせているが、特に何の能力も持たない私が仕切るのは申し訳なさがある。

物心がついた時には隣に島原がいた。

幼少期は島原の開発したアンドロイドと遊んでいた。周りが全部アンドロイドだったからか、自分自身をアンドロイドだと思っていた時期があった。

「お前は残念ながら地球人だよ」

13歳の誕生日に島原にそう言われ、自分がアンドロイドでないことに気付かされた。その前から薄々感づいていた。島原のアンドロイドは何かに特化した性能を持っている。しかし、自分には何もなかった。ショックは受けたが、この10年の間でどうでもよくなった。世界ホテル唯一の地球人は無能ながら今日も精一杯に生きている。







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