三十六話 学校って、ラフィアが言っていたやつだっけ?
ずずずずー……。
「美味しい?」
「……まぁまぁだ」
出会い頭に風呂へぶち込まれたリーシェッドは、隅から隅までキレイさっぱり清潔になったついでに冷麺を食べさせられていた。季節は夏。この時期の甘海は大好きな冷麺ばかりを食べているせいで冷蔵庫は他に何も無いのだ。
庭の物干しに掛かる自分の装備一式を眺めながら麺を啜るリーシェッド。いまは甘海の寝巻きに使われていた大きめのTシャツをワンピースのように着用している。
「アマミ、我が怖くないのか?」
「何で?」
「この世界に魔物などいないだろう。しかも我は魔王だぞ。それを子犬のような扱いをしおってからに」
「あぁ、そんな設定だっけ?」
「設定ちゃうわ!!」
「関西人?」
「いや、こちらの書物の受け売りだ」
リーシェッドの頭は多少混乱していた。ゾンビを恐れるあまり人間は強くなり過ぎたという仮説があり、その証拠にゾンビへの対策が完璧に成されていた。それなのに、目の前にいる甘海は魔王と名乗っても信じる素振りすら見せず、設定だのコスプレだのと言葉を並べて自己完結してしまう。魔物の知名度がどうなっているのか全く理解できなかった。
「りっちゃん。ご両親は一緒じゃないの?」
「りっちゃんはやめろ。我の両親など顔も思い出せぬほど昔に死んでおる」
「またまたぁ。ここは船じゃないと来られないんだよ? 運賃、お金がないとダメなの。港辺りにいるのかなぁ」
「はぁ……もう勝手に想像せい。アマミの両親は近くにいるのか?」
「ううん。仕事でどこか遠くに行ってるよ。カメラマンだからすぐ色んなところに飛んでっちゃうの」
「か、かめらまん? そうか、とにかく仕事ということはわかった」
リーシェッドは居心地が悪そうに目を逸らす。魔界で親の所在など聞かれたこともなかったせいか、なぜ甘海がそこにこだわるのか謎で堪らなかった。
ひとまず今後の予定を頭の中で組み立てるリーシェッド。今回の目的は人間について知ること。この世界そのものについて知ること。無知のまま侵略計画を一人で進めることは決してしない。
チラりと甘海を横目に収める。想像通り基本は友好的な種族ということが確認できたリーシェッドは、次に知識を貯めるため滞在しなければならなかった。幸い甘海は同居人がいない。一人口説き落とすだけで済むなら労力も安くつく。
「アマミ、お願いがあるのだが」
「ん? まっふぇね」
「急がんでいいぞ。しっかり噛んでから飲み込め」
「ん、ん、りっちゃんは優しいねぇ。それでどうしたの? お願い叶えられるかなぁ」
少し考えた結果、情に訴えかけて哀れんでもらう作戦に決めた。戦争で敗残兵を襲わないなどを素でやってしまう人間であれば同情してもらうのが手っ取り早いと踏んだのだ。
少し俯きがちに上目遣いで甘海を見上げる。
「実は、悪い魔物に追われて居場所がないのだ。しばらくの間かくまって欲しい……」
「ダメだよ〜」
「即答!?」
「だって嘘じゃん。さっきの設定だと一番強い魔王様だし、それじゃあ急に弱くなってるもん。ちゃんと考えないと立派な魔王様になれないよ?」
「ぐぅっ!」
「お父さんお母さんと喧嘩しちゃったの? 許可があれば私は別に気にしないけど、ちゃんと断ってからだねぇ。学校もまだ夏休みじゃないでしょー」
「はっ? へ?」
親に断りを入れる意味も分からなければ『学校』というのも余り聞き覚えがない。文化に違いがありすぎて口説き文句を間違ってしまったリーシェッドは悔しそうに頭を捻る。
そして、反撃のセリフを無理矢理絞り出した。
「こ、この際魔王は置いておこう。まず学校……は、この国のものでは無いので休み……? なのだ」
「あそっか、外人さんだもんね。外国って休み長いって言うし。う〜ん」
「り、両親には休みなら自由にしていいとー、おしっ、教えられておるのだ。断りなら後で手紙を送っておくから心配ないぞ」
「なんかすごい噛んでるけど、なにか嘘ついてない?」
「こここ言葉ムズカシイ! 我タイヘン!」
異文化を想像しながら違和感なく交渉するなど、リーシェッドにとってこれほど難しい席は初めてだった。冷や汗を感じながら目が泳ぐ感覚は、ミッドフォールを欺く時にしか味わったことがない彼女である(欺けるとは言っていない)。
甘海はしばらく考えた末、両手を前で叩いて笑顔を見せた。
「うん、いいよ」
「い、いいのか?」
「なんだか考えてたらお腹減っちゃった。ちゃんと手紙出すなら大丈夫でしょ」
「お腹減ったって……今食べてるではないか」
「おかわりしよっかな。りっちゃんもいる?」
「……もらおう」
あまり頭は良くない甘海であった。
知らずのうちに異文化コミュニケーションというお題目を得た彼女は、仮住居と情報源を手に入れることが出来た。その代償として甘海に振り回されることとなるが、結果を見れば十分合格点である。
「あ、私からもりっちゃんに一つお願いしてもいいかな?」
「もちろんだ。何でも話せ」
「ここにいる間は私がお姉ちゃんだからさ、『甘海お姉ちゃん』って呼んでほしいなぁ。一人っ子だから妹が欲しかったの」
「あ、アマミ……」
「お姉ちゃん」
「……
「んー、それでもいっかな! よろしくねりっちゃん!」
「わかった。アマミ……姉」
ミッドフォールに次ぎ、部外者に姉まで出来てしまったリーシェッド。他者から呼び方を決められる心苦しさを理解した彼女は、心の中で密かに謝った。
(ボルドンよ、こんな気持ちだったのか……)
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