三十五話 人間第一号がおかしい
とある小さな島。働き盛りの若者の大多数が本土に渡ってしまうほど何も無い田舎の隅で、一人洗濯に勤しむ学生服を着た女の子がいた。
「今日はカラッと晴れてて乾くのが早いなぁ〜♪」
ちょうど梅雨を越えた時期で、溜まりに溜まった洗濯物を次々に干しては入れて上機嫌。佐々木
そんな折り、突然家の反対側から物音が聞こえて振り返った甘海は、邪魔にならないよう一つ結びにしていた髪を解いて様子を見に行くことにした。
そして、一人の少女と出会ってしまう。
「…………え? 足?」
小さな蜜柑農園に頭から突っ込んだのか、天に向かって綺麗に伸びる足がそういうオブジェのようにも見えた。ただ分かったのは、枝葉の中でモゴモゴ言っているから意識はあるということだ。
「だ、大丈夫ですかー?」
子供の足とすぐに理解した甘海は丁寧に腰から持ち上げて救い出す。
顔を見せた途端びっくりした様子で、猫のような柔軟な身のこなしで甘海の腕から逃れた少女はそのまま拳を前に構える。警戒していることに気付いた甘海は、出来るだけ怖がらせないようにしゃがんで笑ってみせた。
「お嬢ちゃん大丈夫? 怪我はない?」
『貴様、人間か? しまったな。着いた途端接触してしまうとは運のない……』
「あ、あれ? 今なんて言ったんだろ。発音が難し過ぎて英語かどうかもわかんなかった」
『んん? 今なんと言ったのだ? 独自の言語なのか。ふむふむ、全くわからんな。敵意は無さそうだが』
お互いに首を捻る。その間、甘海は少女の姿に気を取られていた。
空の青を薄く反射する透き通った白髪。やや黒っぽいように見えるが健康そうな肌。大きな目はギュッと圧縮したアメジストを彷彿させる瞳を宿し、大人っぽいような子供っぽいような二面性を映し出していた。
極めつけに目を引いたのはその服装だ。ノースリーブのへそ出しシャツに、末広がりのパンツは模様から民族衣装と見て取れる。しかし、なぜ禍々しい黒マントなのか理解できなかった。白鳥の羽をぶら下げたネックレスも民族っぽい。銀盤に埋め込まれた六つの宝石のブレスレットも何となく分かるがなぜ黒マントなのだと、甘海は気になって仕方なかった。
「参ったなぁ。どこからきたんだろ」
『ん、やはり魔素がない。しかし、体内の魔力は変わらずあるな。放出系以外の魔法なら使えそうだ』
「え、なになにわかんないよ〜」
『ならばあの魔法を応用して……』
少女が一言呟くと、小さな身体が一瞬薄く光った。
「どうだ、これで言葉が通じるだろう」
「あ、日本語話せたんだねぇ。意地悪だなぁもう。お姉さん困っちゃったよ」
「日本語というのか。思考を伝達する魔法を応用しただけだから、正確にはそんな言語使っておらん。お前に理解できるよう変換されて伝わってるだけなのだからな」
「うわぁ、難しい言葉使えるのね。歳はいくつ? お母さんとはぐれちゃったの?」
「…………」
話が噛み合わず、ひとまず自己紹介から入ることにした少女は咳払いをする。
「我の名はリーシェッド。魔界八賢王が一人。不死王リーシェッドだ。人間よ、お前の名を聞かせろ」
「あ、ダメダメ『お前』なんて言っちゃ」
「……へ?」
渾身の名乗りを軽く流されたリーシェッドは、甘海に腕を掴まれて引っぱられる。
「コスプレしてる外人さん初めて見たけど、ちゃんとした日本語覚えようね。お姉さん教えてあげるから遊んでいきなよ」
「コスっ、ま、待て待て待て!」
「ん? ちょっと臭う? リー、リー……りっちゃん毎日お風呂入ってないでしょー。服もちょっと汚れちゃってるし先に綺麗にしよっか」
「りっちゃん!?」
縁側で無理矢理靴を脱がされたリーシェッドは、汚いからと言って脇の下で抱えられたまま風呂まで運ばれた。
「お姉さんは甘海っていうの。甘い海であまみ。よろしくね」
「降ろせアマミ! 我を小脇に抱えるなど並の魔物なら死罪ものだぞ!」
「あーまたそんな言葉使うー。甘海お姉ちゃんっ。もしくは甘海ちゃんって呼ばないと、呼び捨ては失礼なんだよ?」
「出会って数秒で小脇に抱える方が失礼だろ!」
「それもそっか。あはははっ!」
「何をわろとるんだ!!」
甘海はマイペースな娘であった。
こうして、リーシェッドと甘海は説明のつかない関係のまま、短い二人暮らしをスタートさせることとなった。
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