二十七話 ドラゴントークに置いてけぼり
「はっはっは! 戯れよ戯れ!」
「…………」
豪快に笑うペンギンに対し、全身ヨダレまみれのリーシェッドは爬虫類のように無機質な視線を送る。汚された乙女の怨みは根強い。
「それにしてもラフィアまで来ていたとはな。随分久しいじゃないか。千年以上も前だぞ?」
「らしいわね。あんたと会ってしばらくして死んじゃったから、生き返った百年ちょっとくらい前からの記憶しかないもの。あの小太りな鳥が偉くなったものよ」
「永久の命があれば嫌でも力を持ってしまうものさ。ところで、
「まぁ、あたしが死んでるくらいだもの。アイツなんて生きてるはずないわ。ほんっとあたしがいないと駄目なんだから……」
「そうか、出来ればもう一度顔を見ておきたかったな」
同郷トークに花を咲かせるシロイトとラフィア。シロイトは、実は鳥類ではなくハーピーとドラゴンの混種の血統なのだ。
「おっとすまない。コルカドールもいつ寝入ってしまうか分からないんだ。早速手早く本題に入ろうか」
「さっさと死ね」
「んん? さっさとしろと言ったのかな?」
「さっさと死ね」
「そう急かすな。今話してやるさ」
殺意をあしらうのも年の功。シロイトの図太さはリーシェッドのそれを越えかねない。
役者も揃ったところで、シロイトは羽を渡せない理由を語る。
「羽というのは、俺の半魔半聖の魔力から聖の魔力だけを抽出した結晶体のことなんだが、これがいま手元に一枚もないんだ」
「怠惰」
「口調が変わってるぞお嬢さん。つまりは渡したくても渡せないんだ。俺だけではあれを作るのに数年は掛かる。間が悪かったな」
コルカドールに唾液を拭き取ってもらったリーシェッドは、一度深呼吸をして気持ちを落ち着かせる。
「ふぅ、お前の魔力が足りないだけじゃないか。ならば我の魔力を渡してやろう」
「それは出来ない。聖魔力じゃないからね」
「打つ手無しか」
「が、手はある。運が良いことにね」
運が良い。そう言ってシロイトが目を向けたのはラフィアであった。
「ラフィアの魔力は元々が聖。アンデットになり魔が混在しているが、俺の狭間の魔力に当てられてかなり聖の魔力が強くなっているみたいだ。これを抽出出来れば羽が完成するかもしれないぞ」
「あたしの魔力を?」
「もちろん、今すぐには無理だ。抽出技法はハーピーの秘術で、俺は完璧に扱えているわけではない。他人の魔力をコントロールするなんてもっと難しい。そこでだ、君たちには一つアイテムを取ってきて貰う」
壁掛けの大きな地図を差すシロイト。大陸とは言わずとも、少し大きな離島ほどの規模が書かれたこれは、彼が狭間に隠した元魔界であった。
「広いな。城以外にも色んなエリアに別れておる。一体どれほどの魔力があればこの広さを隠せるのだ?」
「数百年分の羽を全部使ったんだ。連れていく魔物が多くてね。それより、北方に描かれた山脈を見てくれ」
ちょうどこの城から真っ直ぐ北に位置しているやや黒く描かれた山脈。
それに素早く反応したのはラフィアである。
「こ、これってドラゴンの里じゃない! あんた里を丸ごと狭間に持っていってたの!?」
「懐かしいだろう? ドラゴンは逃げ隠れするような気質じゃないけど、マザードラゴンの血統もいなかったからみんな戦意喪失してたんだ。勝手に連れてきたのは謝るよ」
「……別にいいわよ。ママの跡を継いだのに死んじゃったあたしが悪いんだし。それより、ここのアイテムってもしかして」
「そう、ドラゴンの秘宝【龍玉】だ」
リーシェッドどころか、コルカドールですら不思議な顔をしていた。龍玉とは、短時間ではあるがドラゴンの力を破格に引き上げるドーピングアイテム。その存在はドラゴン種の中でも一部にしか知られていない。
「龍玉を使ってラフィアの魔力を爆発させる。その勢いで抽出すれば多少はやりやすいはずだ。ついでに俺の魔力も上がれば抽出精度も上がるんだから正しく一石二鳥だろう」
「でもさ、龍玉なんて使った事があるドラゴンなんていないでしょ? 一体どれほど身体に負担がかかるか……」
「それが……言い難いがラフィア、いるんだよ使ったヤツが。お前がいない間にドラゴンの里が襲われた際、たった一匹で守り抜いた勇敢なドラゴンが」
「誰よそれ、地位の高いあたしやあんた以外に龍玉を知ってたってこと?」
口籠もるシロイトは、不愉快な顔をするラフィアから目を逸らさず事実を伝える。
「お前の旦那。雷帝と呼ばれたレアラベル。マークツーだ」
『マークツー』の名を口に出した瞬間、ラフィアの顔から血の気が引いて悲愴に歪む。
マークツーはラフィアの番であり、ドラゴン種最古のレアラベル。温厚で人懐っこい性格の彼は誰からも可愛がられる弟のような純粋無垢なドラゴン。四足の強靭な四肢は多種が知覚出来ない速度で走り、唯一無二の雷魔法を操る圧倒的な実力を持ちながら、臆病で戦うことが嫌いな平和主義者だ。
マザードラゴンの娘であるラフィアと番であれば、地位が多少低かろうと龍玉の事は知っている。それを使いこなせるかは別の問題だ。
「マ、マークツーが……なんで」
「彼の勇姿は語るに尽きない。魔神本人を単体で凌げる魔物など、彼以外に居ないだろうな」
「魔神と戦った!? どうなったのよ! あたしのマークツーは! 退けたってことは生きてるんでしょ!?」
「わからない。あの壮絶な戦いの後、誰と会話することなく姿を消したんだ。もしかするとラフィアを探しに行ったのかと思ったんだが、そうではないのだな?」
「…………」
ラフィアは立ち上がり、リーシェッドを咥えて背中に乗せる。
「お、おいラフィア。どうしたと言うのだ」
「ドラゴンの里へ行くわ。マークツーは居ないかも知れないけど、彼がどうなったのか少しでも知りたいの……」
「ラフィア……」
リーシェッドがラフィアの頭を撫でると、大きな頭を下げて沈黙した。アンデットとして蘇ってから声が出せなかったが、ラフィアにとって唯一の心残りだった。それを知ったリーシェッドは彼女を止められない。
「コルカドール」
「なんだい?」
「お前はこの城でペンギンの側にいてくれ。我はラフィアとドラゴンの里へ向かう。少し時間は掛かるかもしれんが、待っていてくれるな?」
「もちろん、僕の出る幕じゃなさそうだしね」
二人は頷き、心の準備が出来たラフィアは歩き出す。目的は龍玉であっても、この旅はラフィアに取ってとても重大な問題へと昇華していた。
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