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切売

「ねえ、そういやあ今日はポッキーの日だねえ」

「そうですね」

 そうですねってそれだけかーい。篠原は煙草をかしながら、職場の後輩である田中に絡む。いつものヘラヘラとした笑顔でツッコミのような手振りをするけれど、田中は瞬きの回数が増えただけ。

「まあ、篠原さん、そういうの好きそうではありますよね」

 篠原は田中と違い、人に囲まれ話題を呼ぶ男だ。そういう華やかで明るいイベントごとがよく似合う。

 対して田中は、「ポッキー安く買えたりしないかな」と考えるタイプだ。12月25日の深夜近く、クリスマスケーキコーナーを物見遊山気分で覗く。わざわざこの日のためにあらかじめ菓子を買っておくなんて、間違ってもしない。でも、篠原ならどうだろう。

「買ってきたんですか」

「え?」

「ポッキーですよ」

「ああ、」そこで篠原は一旦、口を閉ざす。勿体もったいつける気はなかったが、一泊置いてみたらいい具合だったので焦らしてみた。

「持って……ない!」

「はあ」

 篠原は随分嬉しそうに言う。

 その顔を見て田中は、この人は相変わらずよく分からないなと思わずにはいられない。

「持ってたらシェアハピできたのになあ」言い終え、篠原は何でもないふりをして今一度、煙草を口にふくむ。

 顔には出さなかったが、篠原は少し後悔していた。菓子を分け合って喜ぶことにはさして興味はない。だが、田中の反応は面白いかもしれない。そう、思い至った。

 もし、ここで俺がポッキーを取り出して田中に渡せば、見られていたであろう顔が知れないのが惜しい。紫煙を肺に送り込みつつ、そんな思考が管を巻く。

「あ、そうだ」

「なんですか」

 田中は面倒な気配を感じつつも、聞き返す。

「ポッキーはないけど、同じ棒状のものならあるぞ」そう言って、篠原は吸いかけの煙草を差し出す。「途中で色も変わってるし、似たようなもんだろ」とあんまりなことを付け足しながら。

「それ、吸えってことですか?」田中は呆れながら返す。ポッキー要素はほとんどない。

「田中くん、煙草、直では吸ったことないでしょ? いい機会だし、社会勉強だと思ってやってみなよ」

 言いながら、どうせ断るだろうなと篠原は思った。田中はこういう訳の分からない絡みは好かない。それに、たとえ先輩相手であっても嫌なことはきっぱり断る性格をしている。それでも、菓子があったときにできたことが、ほんの少しでもできたなら満足だった。

「じゃあ、拝借します」

「え」

 だから、田中の手に白と薄茶の棒が移ったのは意外でしかなかった。

「それ、俺の吸いさしだけど」

「渡してきたの篠原さんじゃないですか」田中は本当に初めてらしく、どう口をつけたものか少し戸惑っているように見える。それに「息吐いてから口つけな」と助言しながらも、篠原は混乱していた。

 田中が俺の煙草を吸ってる。明らかに肺まで煙が入ってない。なんかちょっと険しい顔してる。

 まだ、目の前でも繰り広げられている光景が篠原には受け止めきれなかった。

 一方、田中は一度吸っただけで満足したらしく、なんでもないふうに互いの口をつけあったものを返してくる。呆けたままの篠原を見て、田中は言う。

「吸いさしぐらい、今更でしょう」

 篠原は戻ってきた煙草をわずかばかし見つめる。なんやかんやしてるうちに、もう吸える長さではなくなってしまった。とりあえず火をもみ消す。

 でも、携帯灰皿にすぐ入れてしまうのは、やはり惜しかった。







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