第19話 救いたい思い

 ――出口が遠い。走っても、走っても一向に逃げ切れない。

 逃げなければ殺されるというのに、なぜか軽やかに走ることが出来ない。何かに足先を引っ張られているみたいに。


「待てぇぇ!! 金田、悪く思うなよ!! お前の首は絶対頂く!!」


 後ろを見るともう間近に迫ってきている。

 片手にナイフを握った友人――いや、突如豹変したことで現れた殺人鬼。

 追ってくる姿を見て、足の速度を早めるが、詰められた距離を大きく離すことは出来ない。絶望的だ。

 

 高校時代からの友人がなぜこうなるのか。なぜ躊躇いもなく刃を向けられるのか。

 さっぱり分からず混乱する。かつてない追われる恐怖が体に染みつき、足元の感覚が寒く、マヒしてくるのが非常事態でも逃げながら伝わってくる。

 生じる不安に無自覚なパニック。それは逃げたい足を縛りつける見えない錠。

 

 勘を頼りに夜の森の中を駆け抜ける――外灯もない、暗い森林をひたすら突き進む。

 だが、ここでふと気づく。簡単に振り切って逃げることへの迷い。マヒと合わさって、足を重くする。

 奴がこの事件を裏で仕組み――そもそもな話――自分を今の状況に陥れた真犯人。城崎に濡れ衣を着せた張本人だ。


 逃げ切れば自分の命は助かる。

 だが、相手が相手とはいえ、ここで真犯人を逃せば城崎を救えない。

 それだけではない。事態が取り返しのつかない方向へと急転するかもしれない。

 立件されていない今ならば――あるいはこうして対峙している今こそ――こいつをどうにか捕まえて蔭山に差し出せば、城崎の無実の罪を晴らせるだろう。


 元濱が真犯人と分かれば、いつまでも城崎を拘束しておく理由などないのだから。救いたいという思いが、逆に重荷となって足を重くする――。

 豪快につまずき、体が宙に浮いて頭から草むらの中へと突っ込む。

「ま、マズいィ!」

「もらったー!! お腹を引き裂いて、一網打尽にしてやるよ!!」


 急いで両手に力を入れ、体を起こした時にはもう遅し。

 その刃は高く振り下ろされようとしていた。両手で握ったそれは高い所から力強く振り下ろされる――。


「……っ!」

 間一髪で体を横に転がして、その振り下ろされるギザギザな先端部分を回避する。

 相手が体制を立て直す隙を突いて、反撃を試みた――。

 が、立ち上がった時には既に向こうも立ち上がろうとしていて――本能的なブレーキがかかる。

 このまま行けば、握られている刃に心臓を一突きにされかねない。


 後ろに跳んで、距離を離した所でまた逆方向に逃げる。

 ――武器はない――どうすれば――!


 すると、目の前の視界に映ったそれを前に足が止まる。

 見覚えのある水色のツインテールの髪と蒼い双眸が、木々の隙間を抜けて降り注ぐ月夜の光によって輝く。

 少女は子供のように背は小さいが、お約束のアレをコートに隠れた腰の二つのホルダーから一丁抜いて銃口を向ける。


「やっと見つけたわ、金田鉄生」

「イリア! こんな時にどうして現れるんだ!」

 全くだ。最悪だ。背後には殺人鬼となった元濱。前方には二丁拳銃の少女。

 ――ここまでだ。終わった、もう何もかも。


「おおっ! こんな時にお前が来てくれるとはな、イリア・カミュール! 助かるぜ!」

 ちょうど背後から元濱が笑いながら現れる。

 ――それがあいつの名前か。


「そりゃ、あたしの手にかかればコイツの居場所を掴むぐらい容易いものよ」

 得意気に話すイリア。全く逃げる方法が思いつかない鉄生。

 たとえ二人のいない左か右の方向へ逃げたとしても、少女の銃弾が飛んでくるだけ。

 その上、迂闊に動けば恐らく後頭部を撃たれるヘッドショット


「イリア、こいつは俺が先に見つけたんだ! 手出しは無用だ。そのまま銃を金田に向けたままでいろ。逃がすなよ!」

「ええ。アンタがそこまで言うのなら、仕方ないわね」


 イリアはもう片方の一丁も取り出し、二丁拳銃の銃口を向ける。

 元濱はそっと今にも捕らえようと迫りながら、

「どうだ、追い詰められた気分は? 金田ァ!」

「なーに、すぐに終わる。痛いのは一瞬だけだ。我慢しろよ――」


 鉄生の背後より迫り、向き直った彼をズタボロに引き裂くべく、振り下ろす。

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