第20話 あいつ

 ――満月の夜空の下、一発の銃声が響き渡る。


 直後、まぶたを閉じた。自分に風穴が開けられる――直感して闇の中、視界では捉えられない攻撃に対し――。

 弾ける金属音と響く断末魔。人影が貫かれ、草むらの上に叩きつけられた――。


 撃たれた当人は体制を崩して、腹部に開いた赤い風穴を抑え、呻く。

 身の安全を感じ取り、閉じていた瞼が自然に開く。無傷だ。開いた先に広がる光景を見て一瞬――何が起こったのか分からなかった。

 血を抑える手が赤く染まっていく中、弾丸を撃ってきた相手を睨みつける。その眼差しは因縁をつけたもので鋭く険しい。


「あたしの目的は他の黒服と同じく、こいつを始末すること」

 こいつ。そう呼んだ人物に銃口を向ける――が、すぐにそれを下ろす。いきなり向けられたそれに驚くが下ろされたことでホッと息をつく。


「――だけど、への忠誠心が人一倍強くて、自分勝手な行動に走るアンタを監視するようにも言われてるのよ」

「そ、それは……からかよ!?」

「アンタはやりすぎた。単独でここまで鉄生を連れてきた時点でね」

「――もう、終わりよ」


 非情にも、向けられた銃口。放たれる弾丸。

 夜の闇に紛れ、放たれた追撃の一発。貫かれた対象は草の上で滑稽にのたうち回る。出血している右足を抱え、情けない悲鳴をあげて。

 ついでに腹部からも、酷い色をした赤の侵食は止まらない。

 更に追い打ちの二丁拳銃による二発。草むらの上で弾けると、その怯え様は激しさを増した。


「や、やめてくれぇえ!!」

「おい、イリア。それぐらいにしろ」


 いくら先ほどまで命を狙われていた相手だとしても、目の前でのたうち回っているのは高校時代からの友。さすがに見過ごせないと、制止に入る。


「なによ! 素人パンピーが横から首を突っ込まないで! 安心しなさい。急所は外してあるからキチンと手術すれば綺麗に治るわよ」


 眉を寄せて機嫌悪く言うと再び標的に視線を向けるイリア。

 終わりだと粛清を通告したと思いきや、殺し屋なのに命まで取らないとはどういうことか。首を傾げた。全く流れが読めない。


「か、金田!! 頼むぅ、助けてくれよ!! お前しかいねえんだ!!」


 この期に及んで、逃げようとしても二発開けられた風穴によって動けず、うつ伏せで手を伸ばし、助けを求める元友人。その姿に思わずため息がこぼれる。

 この現場に居合わせていただけならば、助けていただろう。

 だが、本気で殺そうとしてきた以上、容易く許す気にはなれない――それに、こいつのせいで城崎は逮捕されたのだ。だから――、


「警察に自首して、大人しく真相を全部話してくれるのなら、助けてやってもいい」

「する! する! 頼む助けてくれ~!!」


 潔いが呆れる以外ない。先ほどまでの真実を告白し、自分を殺しにかかった威勢の強さはどこへやら、これではまるで器の小さい小悪党のようである。

 土下座し、頭を何度も草につける哀れな男。

 ――オレの高校時代の友人はフタを開ければこんなちゃっちな奴だったのか?


「なあ、イリア。こいつは警察に引き渡す。これ以上、手を出さないでくれ」

「それなら、こうね」


 土下座している頭を素手で強くブン殴ると、元濱は顔面を草むらに埋め、動かなくなった。


「お前、いきなり殴って気絶させるってどこのマンガの設定だよ!?」

 ――こんな華奢な少女のどこに大の大人を気絶させるほどの腕力があるのか? 絶対只者じゃない……

 鋭く、強気な目で鉄生を見て、

「別にいいじゃない、これしか思いつかなかった。手錠とか持ってないし」

 ――それでいいのかよ……まぁ、銃で傷つけたり脅す物騒なやり方よりは平和的な解決法なのかもしれないが。


 効率的には道具も何も使わない分、いいのかもしれない。

 が、その膨れ上がったタンコブを作るほどのゲンコツはむしろ、彼の脳が心配になってきたのが本音であった。

「それじゃ、あたしは目的を果たしたから帰るわね」

 ここである一つの疑問が浮かぶ。

「おい、オレを殺すことがお前の任務なんじゃないのか?」


「うるさいわね! アンタはあたしの獲物よ! 結果的に助けたんだから、ここで殺したらフェアではないじゃない? ありがたいと思いなさい!」

 立ち去ろうとしたが、やっぱり振り向いて頬を赤くしながら勝気な態度で強がった。


「勘違いしないでよね。これはアンタのためじゃない。次会ったら殺してあげるんだから!」

 イリアは鉄生を指差して、森の中へと消えていった。

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