第18話 偶発

「――それは、俺が全部やったからだよ」


 振り向いたと同時に放たれた――冷えた声とともに、大きく目開いた不気味な顔で衝撃の告白は放たれた。あたりの木々がざわめく。


「嘘……だろ?」

 その言葉が本当なのか、冗談なのか。混乱とともに口から思わずこぼれた言葉に、目を丸くした視界の先に映る元濱は首を横に振った。


「嘘じゃない、金田。お前に十三万円と書いたあの手紙を送りつけたのは俺だ! お前のクレジットカード盗んだのもな!」


 松山の――あの晩の――ホテルでの出来事が蘇る。ざわめく森とともに、連続写真のようにして。

 確かにあの時、部屋にいたのは鉄生と元濱だけという時間はあった。逆に、特別二人きりになったのはそこだけ。

 ――もしや、


「最初からオレをハメるために、あえて一緒になるように行動をとってたのか?」

「その通り。あの時、タカちゃんと城崎が風呂行ってる間も、俺はお前のクレジットカードを盗むためにずっとチャンスをうかがってたんだよ」


 あの時、元濱は終始ずっと部屋で携帯ゲーム機を取り出して夢中に遊んでいた。

 休憩する鉄生には目もくれず――そのように見せかけて――自分の世界に閉じこもり、黙々と同じモンスターを倒しまくる。

 それで時折スマホを開いて特殊なツールでゲームに重要なステータスの値を計算。

 鉄生もそんな元濱に対しては興味も湧かず、旅の疲れから自分の寝るベッドの上でグッタリ、風呂の番を待っていた――自分が狙われているとも知らずに。


「じゃあ、どうやって盗んだ? オレは生憎、クレジットカードを脱衣所に持っていったのか否か、全く覚えてない」

「ククク……知りたいか?」

 光る歯を見せる黒き邪悪な笑み。


「あの時、お前は城崎と入れ替わりで風呂行ったろ? 覚えてないか?」

 小馬鹿にするそぶりで、わざとらしく首をキョトンとする。


「覚えてる。だが、それがどうした?」

「分からないのか? あいつらが戻る時刻も分からない中、いきなり城崎が帰ってきたお前は、そのまま早く風呂に入りたいとばかりに脱衣所行ったの」

「その時お前は見落としてたんだよ――


 埋もれてしまった数多の記憶。

 うち、ある一つの記憶が奥底より外に出てこようとしている。元濱の言葉に引きずり出されて。

 四人の宿泊した部屋。並ぶベッドの正面には四角い大きな鏡が置かれていて、それは化粧直しをしない男どもには無縁な物。

 しかしその脇にはいくつかコンセントがつけられていて、そこは一人ひとりのスマホの充電にうってつけだった。


 初日の松山で、東京では見慣れない光景ゆえについカメラを回し、写真を撮ったり、事前の打ち合わせ不足もあり観光施設へのアクセスを調べるのに使いまくった鉄生のスマホ。

 バッテリーがホテルに着いた時は電池のアイコンが真っ赤。そのスマホケースには買い物や観光で何度も使われたクレジットカード。


 ホテル到着後は、部屋で充電器に刺したまま。カードを持ち歩くためだけにわざわざスマホを持ち歩くのは非効率だ。

 いつもはスマホとセットで、ケースの中にカードが入ってさながら一心同体。しかしこの時はカードをわずかな現金の入った薄っぺらい財布に入れて持ち歩いていた。


 最後にカードを使ったその後も、財布からケースには戻さず――スマホが充電中で眼中になく――それをここまでの旅路で肩にかけてきた重いバッグの中へ、財布ごと自然に放り込んだ。

 そして城崎が帰ってくると、そのくたびれた体を暖かい湯で癒すべく、タオルや下着、着方を持って脱衣所へと向かった――。

「そうだ、すっかり忘れていた。あの時オレは……」


 カードをどこへやったのかと困った記憶と同時に現れたのは、皮肉にもこの事件が起こる発端となった真実。

 忘れていたそれが、元濱の言葉から鮮明かつ明確に蘇ってくる。


「ようやく思い出したようだな。こちとら、脱衣所に忍び込んで盗むか、寝てる間に盗むか考えてたから好都合だったよ」

「あ、部屋に城崎いたけど、あいつ帰ってきてすぐ風呂上がりの飲み物買いに行ったから、俺は引き抜いたんだよ――お前のバッグの中にあった財布からな!! ハハハハハハハハ!!」


 ようやく分かった消えたカードの謎。だが、これだけではない。


「じゃあなんで、十三万円という金額が分かったんだ?」

「そんなの簡単だよ。俺がタカちゃんと帰り別々だったからだよ」

「何を言ってるんだ! お前は先に帰っただろ!?」


 自分たちより先に帰ることを知らせる、あのメッセージ。送ってきたのは高谷のみで、元濱からは何も来なかった。

 だがあのメッセージから、ともに行動する元濱も一緒にルシエルライナーで帰ったと考えるのが自然だ。


「タカちゃんは、俺ら先に帰るわ~ってメッセ送ってたけど俺は違う」

「俺はあの後、空港のあのクッソ寒い長い廊下を走ったせいで、お腹壊したからタカちゃんと別行動とったのよ。だから乗れなかった」

 クッソ寒い長い廊下――630メートルの、ターミナル間を繋ぐあの通路だ。


「でも――そのお陰で、トイレ入った後にお前と城崎の喧嘩を盗み聞きしたんだ。カードを盗み、お前らがカネの貸し借りする状況を作った時点で、俺の目的は達成されていたけどな」

「言っとくが、俺のせいじゃない。お前が怠惰からくる自分勝手で理不尽な正義を掲げ、あいつから無理矢理カネを巻き上げたせいだ」


 存在するだけで無関係な人間に被害を及ぼし、城崎と自分を繋いでいた借金十三万という金額。

 もはやそれは、鉄生の自然な自分勝手と元濱がたまたま居合わせた事で偶発的に発生した呪縛に他ならない。

 ――ハメられた。

 蔭山の言っていたことが脳裏によぎる。それだけじゃない。


「お前の目的はなんだ? わざわざオレと城崎にカネの貸し借りをさせて事件を起こした理由はなんだ!!」

 言葉を荒げて啖呵を切る。が、全く動じる様子もない。



「おい!! 黙ってないで何か言えよ!!」

「……俺ののためだよ。すべてはそいつの思い描く、の創造のため。そのためにタカちゃん――いや、高谷も車で轢いて病院送りにし、お前をここに誘き寄せたんだ」

「お前……高谷は高校時代からの親友だろ!? あんな状態にして、何とも思わないのか!!」


 高校時代から互いに仲が良いコンビとしか目に映らなかった、高谷と元濱。そんな思い出の一部分が割れて砕け散っていく。

「あるよ。だけどさ……世の中には優先順位ってのがあるじゃん? 高谷ととじゃあ、俺はあいつを優先したいんだよ」

 俯いてこの時、微かな結晶が目からこぼれたような気がした。しかしそれは指先で払われ、動じることもなく鉄生を見る。


「俺の望みはただ一つ。お前を殺して、その首をあいつに届けてやること。銃は響く。せめて、これで静かに殺してやるよ」

 そう言って懐から取り出される、小さな鞘から抜かれた、刃がギザギザなナイフ。


「お前を死ねば、あいつの思い描く理想郷を創ることが出来る。この特別に用意したナイフが、新しい世界を創る刃となるのだ!」

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