第17話 生か、死か

 そびえ立つ扉は静かなる緊迫した空気に包まれている。

 向こうからは音も何もなく、その前の長い廊下は静寂のみがただ残る。今は廊下の脇にある長い椅子に座ってただ待つことしか出来ない。

 高谷の無事を祈り――やきもきしながら――いつ開かれるのか分からないその扉が開くのを。


 行きたくても面会は許可されなかった。彼はこの奥の集中治療室で、体はあっても

 医師の話によると、車に轢かれて体が赤く破裂した状態でここまで運ばれた。全身に血液を送る心臓の鼓動こそ生きているが、意識は戻っていない危険な容態だ。


 ――何時になっただろうか。

 ふとスマホの時計を見ると夜十時を過ぎていた。

 ここへ来たのは確か三時間前だ。それだけここで待ったという実感は無いに等しい。高谷のことが心配になるあまり、時間を意識していなかったことを痛感とさせる。


 長い時間待ち続けていたことを思い出し、どっと疲れを感じた直後、集中治療室の扉が開かれる。

 現れたのは一人の看護婦。鉄生はすかさず彼女に駆け寄った。


「先生!! 高谷は無事なんですか!?」

「今、出来ることはすべて施しました。が、心臓の鼓動こそ正常ですが意識は戻っていません」


 看護婦の歯切りが悪い報告を聞いて肩を落とす。

 結局、意識不明の重体であることには変わりない。いつ目が覚めるのかはまだ分からない――不安を嫌でも煽られる報告だ。

 しかし、今は呼吸器をつけて酸素を送り続けている――何かあれば、すぐに連絡するので今日はもう遅いので帰って欲しい――。

 看護婦の願いを素直に聞き入れる形で、仕方なく元濱と病院を後にした。


 何度も、何度もあの報告が脳内に響き渡る。

 ますます心配になってくる。

 ――もしもこのまま高谷が死んでしまったら……? 


 高校の頃からの付き合い。当時は特別仲が良かったわけでもない。だが、ここまで長い月日の中で付き合いのある数少ない友人である。 

 年が明けてもう月末。とうとう高校三年の時代も十年前のものとなってしまった。


 そんな友人が日常のニュースでよく見かける事故であっさり失われるなど、あってたまるものか。あって欲しくない。事故の恐ろしさを思い知る他なかった。

 

「なあ、金田。ちょっと歩こうぜ。すぐ帰る気がしなくなっちまった」


 肩を叩かれ、元濱についていく。この気持ちが少しは晴れることに期待して。

 元濱と高谷は高校時代から凄い仲良しだ。席も隣でよく授業中に喋ったり寝たりしては先生の怒号が響く要因となっていたほど。

 遠足や文化祭、修学旅行でも同じ班、同じ出し物をするグループ、同じ部屋。それぐらいに仲が良かった。

 そんな相方が生死の境を彷徨っている。元濱はもっと辛いに違いない――次々と蘇る当時の記憶。

 肩を叩かれて誘われた直後、蘇ったそれら思い出に揺さぶられたのもあり、付き合うことにした。


 あまりすぐに帰ろうという気もしない。

 帰ったら警察の監視下でしばらく生活しなければならないのも相まって、帰ろうという気が薄れてくる。たとえ寒くても。

 真っ暗な寒い冬の夜。外灯ぐらいしか辺りに暖かいひかりはない。


「この近くに森林の公園があるの、タクシーから見えただろ? そこ行って話でもしようぜ」


 病院から少し歩いた所にある、木が沢山生い茂った場所。

 とにかく誰もいない、寒く、そして暗い森の奥へとひたすら歩いて進んでいく。

「それにしても、高谷よりはマシだがお前も大変だよなぁ」

 歩いていると、前を歩く元濱が歩きながら喋りだした。


「まあな、まさか松山でクレジットカード失くしただけでこんなことになるなんて、思わなかったよ」

「あれは城崎もどうかしてるよ……十三万円のためにあんな殺し屋雇ってまでお前を殺そうとするとはなぁ」



「おい、ちょっと待て」

 思わず口から滑り出たようなその一言。

 その場で歩みを止め、鉄生の声が低くとても鋭いものへと変わる。森林も風でざわめく。

 城崎を貶されたから怒っているのではない。


「お前、なんでその金額を知ってるんだ? オレと城崎が貸し借りした額をどうやって知った?」


 その金額は自分たち二人以外知らない……はずだ。

 城崎と十三万円という額を知る真犯人を推理し、その後蔭山にもその金額が出来た経緯について訊かれた。

 十三万円がただ貸し借りした金額ではないことを裏付け、次々と脳裏に浮かんでくるこの金額の重要性に関する記憶。

 今やその金額は真犯人を追うためのキーワード同然。

 元濱は鉄生の追及の声を聞いて立ち止まり、こっちとは正反対の方向を向いたままで、一切口を開かない。


「おい、黙ってないで答えろよ!!」

「なんでその金額を知っているのか、知りたい?」


 後ろを向いた首が微かに動く。その声はとても冷えた静かなもので、不気味さと寒気を含んでいた――。

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