第16話 手引き
その報を耳にすると、先ほどまでの疲れを忘れ、休憩室を一目散に飛び出した。
エレベーターを降り全速力で出ると、外は既に日が沈み、街灯が辺りをポッと照らす。
冬の冷たい風が、暖かくしていても明るい時間帯より寒く感じた。まるでこの展開の不安を煽るように。
右手に見える川――桜田濠をよそに、ここから品川までの交通経路を調べようと、最寄りの桜田門駅を目指しながらスマホを開く――、
直後、鉄生にメッセージを知らせる
『新しいメッセージがあります』
そこから変換され、出てくる一部の内容と差出人の名前。
――この非常事態にこれ以上ない助け舟だ。
立ち止まり、高速で人差し指を動かして返信を打つ。
四通、矢継ぎ早に送られたメッセージのやりとりを済ますと、道路上の入口に桜田門駅と書かれた階段を駆け足で降りる――。
紺色の作業着にマスクをした作業員たちが慌ただしく作業している部屋。そこに茶色いコートを着た刑事が入ってくる。
「どうだ? 例のパソコンの解析は終わったか?」
城崎の家から押収したノートパソコン。この中に犯行を裏付ける証拠と事件の全貌を知る手掛かりが眠っている。
「お疲れ様です、蔭山警部。たった今、終わった所です」
「結論から言うとこのパソコンから動画が送られたことは間違いありません。が、クラッキングされた痕跡は見つかりませんでした」
――パソコンが別の誰かに遠隔操作されたのではないとすると、真犯人はどうやって……?
「更に、肝心の"闇"との繋がりや今回の事件に関わる情報が書かれたメール、チャットログなどは一切見つかりませんでした」
「そうなるとパソコンではなく、やりとりだけはスマホでしていたんじゃないのか? スマホの解析はどうなんだ?」
あっ……と思い出した鑑識。隣の仕切りの先に預けっぱなしのスマホの様子を見た後、小走りで戻ってくる。
「スマホについても解析を行いましたが、そのようなやりとりは見つかってないとのことです」
「ふむ……」
顎に手を当てた。犯行を裏付ける証拠のメールやメッセージを警察に見られたくないのは当然だ。ただ手動で消すのではなく、暗号化など何かしらの細工がしてあるはず。
「多少時間かけても出来るか? 細工されたデータや残滓を洗い出す、もっと内部を隅々まで洗った高度な解析を。パソコンとスマホ両方だ」
「やってみます」
徹夜覚悟の返事をすると、鑑識は奥の方へと引っ込んでいく。
決してコンピュータについて特別詳しいわけではない――が、インターネットが昔に普及した時から、機械が目覚しい成長を続ける現在、そのチカラは犯罪の
削除されたデータは表面的には消える――が、それでも断片的に散らばったモノを再構築し、復元する技術はいくらでもある。
バラバラの紙を復元するように。
それがたとえ暗号化されてパズルのようになっていたとしても――正常なデータと見分けがつかない偽装工作をされていたとしても――。
鑑識のデータ復元技術は超一流だ。蔭山の知る限りだと復元出来なかったケースは殆どない。解析は容易のはずだ。
――さてと、この宿の調べ物を終えたら、休憩室で休んでいるだろう金田の様子でも見に行くか。
蔭山は自分の事務机へと戻り、パソコンに向き直った――。
「――お、来たか。金田」
改札口を抜けると、先にそこで待っていた方から声をかけてきた。紺色のダウンジャケットを着た男。そこにいたのは鉄生もよく知る人物。
「元濱! 悪い。遅れちまった。それよりも高谷が搬送された病院知ってるって本当か?」
「あぁ、タカちゃんだけど、この品川駅からそう遠くない病院に搬送されたよ……」
救急搬送された高谷の行方を知りたい――その矢先に助け舟と言わんばかりに連絡をよこしてくれたのが元濱だった。
導かれ、最高速度で桜田門から夜賑わう品川へと降り立った。
「なあ、高谷は無事なんだろうな?」
「落ち着け。タクシーで行こう。ここからすぐだ」
駅を出ると、元濱に連れられて駅近くの歩道へと向かう。
ちょうどそこで客が来るのを待っていたタクシーに乗り込み、行き先は高谷がその病院を指定した。すっかり暗くなった夜の街を走りだす。
「ところで、お前はなんで搬送先の病院知ってるんだよ?」
「実は現場にちょうど俺もいたんだよ。横断歩道を一緒に歩いてた所に車が突っ込んできて、俺は助かったけどタカちゃんは……」
生き残った元濱が救急車を呼んでくれたのだろう。
その表情の暗さと怯えようから、アスファルトの上で血まみれに赤く破裂した親友の姿を見たのだろう。
二人を乗せたタクシーは煌びやかな街から徐々に閑静な住宅街に入り、やがて近くに生い茂る公園もある静かな場所に位置する、大きな白い建物の前に着いた――。
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