第15話 十三万
「……ふう」
張り詰めた一室の空気からようやく開放され、自販機からペットボトルを購入し、口に含みながら休憩室の椅子に腰を降ろす。
まさかこの庁内にあんな動画を送りつけていたとは。だがこれで証明された――城崎を装った真犯人――偽城崎は必ずどこかにいることが。
殺し屋を操り、あのような動画を送って警察をも嘲笑う。強大で正体が掴めない不気味で謎の存在。
容疑者、城崎裕司に動画を再生して突きつけた上で四国旅行の経緯を聞き出した刑事――蔭山は同様に鉄生にも同じ動画を見せた上で、城崎から得た情報をもう一度確認するように次々と質問を投げかけた。
疲労があの刑事と交わした言葉の数々を、空気読まず思い出させてくれる――。
『警視庁組織犯罪対策課の蔭山だ』
顔写真と警部の二文字の下に、フルネームの書かれた警察手帳をこちらに見せ、現れた茶色いコートの刑事。ドラマでもお決まりの展開だ。
例の動画を観終わった後、机に座って向かい合い、聴取は始まった。
『四国への旅行へ行ったあんたを含めた四人は、全員が高校時代の同級生のようだな。で、あんたと城崎は小学校からの幼馴染であり大学も一緒で経済学部を専攻。それ以外で四人の学歴的な交わりは無し』
相手が刑事とはいえ、赤の他人に自分たちの過去や人間関係を分析、細かく調べあげられることは気持ちの良いことではない。
今回の事件は完全に四人の旅行の中で起こったこと、表面的には城崎が
じゃあ過去も含めて徹底的に調べて本当か解明すると言わんばかりに調べられる以外何もなかった。
『金田鉄生。二十七歳。大学卒業後は物流会社に一般事務職として就職……』
「城崎裕司。年齢は四人とも同じだな。大学卒業後はITベンチャー企業にエンジニアとして就職』
『元濱
『高谷
こんな短時間でよくこれだけの情報が集まったと感心する前に、蔭山はひとりひとりの進路を読み上げた。
城崎が話したものも含まれているのだろう。あるいは城崎が容疑者と特定し、その身辺を徹底的に洗い出したか。
高校卒業後も学校は違えど時々集まって飲んだり、カラオケやボーリングを興じていたものだ。
最後の高谷の所で、蔭山の表情が訝しげになる。高谷は三人と異なり、大学卒業後の進路が新卒入社ではない――本当の意味で未だにアルバイトだ。
志望した会社にことごとく玉砕を食らい、卒論との兼ね合いもあってとうとう新卒を得ることが出来なかったその後の苦労話。散々酒を飲みながら聞かされた。
表向きには飲食店経営会社の正社員昇格制度ありの契約社員だと語っていた。
が、それでも鉄生ら三人は就職した年の年末の酒場で、本人の口から壮絶な転々としたアルバイト生活を聞かされ揃って仰天、驚愕した。
『――ところで、あんたと城崎が貸し借りした金額は合計で十三万円。今朝あんたの自宅に届いた手紙にはなんて書いてあったんだ?』
『二十四時間以内に十三万を返せ。でなければお前の命を狙う、と』
『なるほど。その額はあんたと城崎しか知らない――はずだよな?』
『はい』
蔭山の追及する真剣な眼差しをしっかりと見て、強く頷いた。
鉄生の経緯について――もうある程度城崎から聞いたのだろう――蔭山の理解は鉄生の予想以上に早かった。
『今回の事件、犯人が他にいると考えるなら、それは二人の会話を盗み聞きした奴以外に他ならない』
『盗み聞き?』
『心当たりはあるか?』
一回目の貸し借りの時は傍に高谷と元濱がいた。二回目の貸し借りの時は鉄生と城崎だけだった――が、自分勝手で意地になる鉄生、その言い分に腹を立てた城崎。
そう、両者とも言葉を荒げていた。目の前の状況しか捉えられず、通行人がいたとか周りの状況など思い出そうとしてもそれはとても思い出せない。
一つだけ言えることがある。自分のやってしまった失敗を思い返しつつ――、
『成田では言葉を荒げていたゆえ、立ち聞きしようと思えば出来る状態でした。カネを巡って喧嘩していたので』
蔭山はなるほどと頷いた後、
『だったら――答えは一つだな。あんたらは誰かにハメられたことになる。さすがに二人揃って嘘をつくとも思うまい』
――そうだ、その通りだ。オレたちはハメられた。オレのせいで城崎は手錠をつけられた。
『何か、旅行後に不審物が持ち物の中に混入していたとかはないか? あんたらをハメるためには十三万という金額を知らなければならない。その喧嘩の内容を知る必要がある。発信機とかそういうのはなかったか?』
『……ありません』
『妙だな……高谷と元濱は先に帰ったんだろう? (どうやって額を正確に突き止めた……?)』
首を傾げながら、腕を組む蔭山。
旅行から帰ってきた際はもう夜中だったためにすぐ寝てしまい、朝が来た時には出勤の準備でとても荷物を片付ける状況ではなかった。
その日仕事から帰ってきて、その夜に片付けを行ったが不審物が混入していたということはなかった。
『このままだと立件されるのは城崎だ。旅行中にあんたと城崎の間で起こった金銭トラブルであり、逆上した城崎が起こした事件として処理されるのも時間の問題だろう』
裏側を知らない人間からすれば、この事件は二人の男による、ただのくだらない争い。
貸した側が殺し屋を雇い、借りた側に無理矢理カネを返すように迫った――人々はそう捉えるしかない。そうなれば、誰もこの事件の裏に真犯人がいるとは思わない。
借用書は無いがカネを借りたことは、鉄生、城崎の両名の供述、更に旅行後の鉄生のクレジットカード再発行手続きの記録が裏づける。
カードがない間の不足分を借金で賄っていたのだから。
『城崎を救うには真犯人を突き止める以外、方法はない。話を聞く限り、これまでの情報まとめると、そいつの狙いは城崎よりあんたのようだな』
手紙、動画の内容からも標的は城崎ではなく鉄生。城崎は濡れ衣を着せるのにちょうど居合わせた都合の良かった存在だ。
『こちらとしても、あんたが真犯人に命を狙われる事は避けたい。どこか、安全な場所を用意するからそれまでは帰らないで欲しい――』
真犯人を突き詰めようにも、それらしき手掛かりはどこにもない。
だが、今になって――過去を思い出すことが重要視され――忘れても無意識に蓄積した山の中から――失念していた記憶がふと出てきた。
十三万円という金額。それは四国と成田両方で鉄生と城崎のカネの貸し借りを目撃しなくては知り得ないもの――と思っていた。
今だったら思い出せる。成田のやりとりだけを終始盗み聞きすれば知り得ることが出来るということを。
あの時、借金が昨日の分も含めた額を城崎本人が確かに言っていた。十三万円と。
人は自分が発言したことだっていつの間にか忘れる。
なぜ忘れていたのだろう。城崎とは十三万円という金額を自分たち以外で知る人物が真犯人だと結論づけたのに。
――!
ふとスマホを見たらまたしても速報ニュースが。品川でひき逃げ事故。二十七歳の男性一人が病院へ搬送――。
二十七歳。まさか――!
『清掃事務所に勤務する
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