第23話 Dragon's Cauldron
「お、織音さん?」
話しかけようとしたところ、緑のタキシードの執事さんが
「失礼致します。本日、真里奈お嬢様、瑠夏お坊ちゃまの担当でございます《レヴィアタン》と申します。ご注文はお決まりでしょうか?」
織音さんはメニューを見せながらレヴィアタンさんに尋ねている。
横顔から見る織音さんの眼が鋭い。まるでカミソリのよう。それでいて口元は妖しくにやけている。なんだろう? ウンベルトさんが出てきたのかな?
「かしこまりました。少々お時間をちょうだい致します。今しばらくお待ち下さいませ」
レヴィアタンさんは胸に手を当て一礼すると、華麗なステップで厨房の方へと歩いていった。
「織音さん、だいじょうぶでしたか?」
「だいじょうぶです、注文できました。運がよかったです。あと紅茶はサービスでアールグレイが頂けます」
「オーダー用紙もなにもなかったですが?」
「耳にハンズフリーのイヤホンが刺さっていました。確認した時点で注文が厨房へと届いているのでしょう。ここは筆記用具は禁止ですからね。執事の方も徹底しています」
「なんか……いじわるな笑いをしていませんでした?」
こんなことを聞く私の方がいじわるだな。
「あ、わかっちゃいましたか? ちょっと
『まさかメニューに載っていてできないとは』
って言葉に含ませたのですが、軽くあしらわれました。なんか負けた気がします……」
ちょっと落ち込む織音さん。
「すいません、お嬢様のわがままで……」
「いえいえ、実は僕も目に止まったんですよ。さすがに青田さんが引くかなと思いましたけど、マルゲリータさんにかこつけて注文できてよかったです」
ひょっとして織音さんって甘党なのかな? だからウンベルトさんが取り憑いたとか?
じゃあ私は? お嬢様が取り憑いた理由は?
場の空気に慣れたのか、改めて店内を見渡した。
一番奥は厨房なのだろう。天井一面に教会のフレスコ画みたいに、空や雲や神様や天使が描かれている。壁にも絵画や掛けられていて観葉植物や脚のついたプランターも置かれている。
さらにテーブル一つ一つに小さいシャンデリアがぶら下がっており、厨房に向かって左から私たちのいる壁際のテーブル列。通路テーブル列(左)、通路テーブル列(右)、そして一番右側の壁際テーブル列となって、それぞれの列に左から緑、黄、青、赤の執事さんが待機している。私たちの席は緑の執事さんに担当みたいだ。
入口に立っているのは席に案内してくれた白のタキシードの家令さん。レジには茶色の執事さんが控えている。
店内のお客さんはやっぱり私と同年代の人が多いな。もっと執事さん達を見ていると思ったけど、意外と静かに紅茶やスィーツを楽しんでいる。
「そういえば織音さん、家令ってなんですか?」
「そうですね……
「だからお客様である私たちを席に案内したんですね。名前もなんか変わっていましたね。ティアマト……だったような?」
「おそらく店名にちなんで古今東西の竜、ドラゴンの名前を付けたのでしょう。この席の担当のレヴィアタンもそうですよ」
「へぇ~」
「それにさっきから執事達の動きを見ていますけど、隙がないですね。何よりすごいのはお客様はもとより、執事同士でもすれ違わないんです」
「え? そうなんですか?」
「すれ違う時ぶつかって、運んでいる品を落としたり、お客様のテーブルにぶつからない配慮だと思われます」
「はぁ」
我ながら気の抜けた返事だ。
「あと、一つの列で二つのテーブルから呼ばれた時は、横の列の担当がヘルプに入るんですけれど、わざわざ大回りで、それでいて慌てず、急がず、お客様をお待たせせず、テーブルへと向かっています。まるでベルを押す寸前に第一歩を踏み出しているかのようです」
「……」
「あ、すいません。つまらない話をして」
「いえいえ、私もウェイトレスですので勉強になります」
(なら、明日からはもう少し
無視。
「織音さん首が疲れません? 場所を変わってもいいですよ。こっちの方が店内を見渡せますし」
「いえいえ、この店のように窓のないレストランやカフェでは、淑女は店内を見渡せる場所に案内するのが紳士のマナーです。逆に窓のあるところですと、景色が見えるように窓の前へ案内致します」
世のリア充と呼ばれている女性達も、このようなマナーをパートナーから当たり前のように受けているのだろうか?
(貴女まさか知らなかっ……あぁ~らぁ~ごめんあそばせぇ~!)
うっさい! だんだんお嬢様の口ぶりが現代っぽくなってきた。
レヴィアタンさんが音もなく、まん丸で三脚のティーワゴンを押してきた。よちよち歩きみたいに進むティーワゴンがちょっとかわいい。
「失礼します。ご注文の品をお届けするまで、アールグレイの紅茶をお楽しみ下さいませ」
ソーサーをつまむように持つと、ティーカップに紅茶を注ぎながらティーポットを持ち上げて下ろしている。かっこいいな。今度やってみようかな。
(おやめなさい。こぼした紅茶を拭こうとして足を滑らせて、重いお尻を床の上に落として下着まで濡らすのが関の山よ」
……ここまで細かく描写されると、怒る気すらなくなる。
あれ? 最初は織音さんの前に置いた。レディーファーストじゃないのかな?
(貴女は黙っていなさい)
”……はい”
私の分はちょっと時間を掛けている。それこそ最後の一滴まで落とすかのように。
「ミルクカップは熱くなっているのでお気を付け下さい。では、至福のひとときを」
ん? ミルクから湯気が出ている?
「なるほど、そういうわけですか」
「織音さん、どういうわけですか?」
「紅茶を頂く時の温度はそれこそ永遠の議題なんです。さらに砂糖はまだしもミルクを入れる場合はどうしても温度が下がってしまいます。この店は逆にミルクを温めることでそれを防いでいるんです。おっと失礼、まずはそのまま頂きましょう。熱いですのでお気を付けて」
ぽか~んと聞きながら、からくり人形や
”あっ!”
「素……敵」
お世辞でも格好つけているわけじゃない。ごく自然に口から言葉が出てきた。
織音さんも眼を閉じて、
「なにも言うことはありません。言葉にしたら散ってしまう花びらのようです」
そう、言葉はいらない。二人で素敵な時を過ごせればいい。
……え? なに、なんか、込みあがってくる!
紅茶を飲んだだけなのに……私じゃない! お嬢様!?
慌ててポーチからハンカチを出して目頭を押さえた。
「青……」
織音さんはすぐさま口を閉じて顔をそらしてくれた。
周りから変な風に見られたかな。
鼻から大きく息を吸って、織音さんに向き直った。
「ごめんなさい。なんか、
お嬢様のせいとは言わないでおこう。
「いえいえ、実はティーポットからこぼれ落ちる最後の一滴は『
だからレヴィアタンさんは最後の一滴を私のカップに……。
やがて”おぉ!”っと店内の空気が震えた。厨房から家令のティアマトさんと、その後ろでカートを押しているレヴィアタンさんがこちらへ向かってくる。
カートに乗っているのは……のはぁ!
ティアマトさんが
「失礼致します。真里奈お嬢様、瑠夏お坊ちゃま。当店のスペシャルメニューでございます
『
を心ゆくまでご堪能下さいませ」
音も起てずテーブルも揺らさず置かれた縄文土器、いや、クリスタルボウル!
真ん中にはツリーのようなケーキかな? その周りには色とりどりのクリームやアイス、そしてフルーツが盛られていた。
「北欧神話の
いや、そんなことより重大なことに気がついた!
もしこれを私と織音さん二人で食べたら、食べたらぁ!
かかかんんんせせせつつつきききっっっすすす!!!
「失礼致します。こちらは
クリスタルボウルの横にもフォークやスプーンが入ったカトラリーボックスが置いてある。
そうですよね。このまま食べようとすると、頭が”ごっつんこ”しますよね。
「では頂きましょう! 実は今日、朝からなにも食べていないんですよ!」
もしかして織音さん、最初からこれが目当てだったのかな?
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