第22話 Dragon's Tail

 商店街からちょっと外れた真新しい商業ビルに入ると、階段で地下へと降りる。

 踊り場で折り返すと景色が一変した。


 ビル内のLED照明より明るく暖かい光が私たちを包み込むと、赤絨毯の階段に壁はコンクリートではなく大理石のタイルが貼られ、目の前には装飾を施しながら落ち着いたたたずまいのドアが鎮座していた。

 ドアのすぐ左にはカウンターがあり、織音さんは黒いタキシードを召したコンシェルジュさんに声をかけた。


「すいません、予約した織音と青田ですけど」

「かしこまりました。織音様と青田様でございますね。確認する為、少々お待ち下さいませ」

 コンシェルジュの男性は織音さんより若干若いけど、落ち着いて、てきぱきとキーボードを叩いている。


「織音様、青田様。確認致しました。本日は当『Dragon's Tail』へのお越し下さいまして誠にありがとうございます。初めてのご来店ですので入店に先立ちまして会員証を作らせていただきます。恐れ入りますがあちらのテーブル席までお願い致します。


 ドアの右側にある、マホガニーの丸いテーブルと四つの肘掛け椅子アームチェアへと案内されると、周囲に額縁模様が印刷された紙と万年筆がテーブルの上に置かれた。

 万年筆なんて最後に使ったのはいつだろう? 緊張してペン先を押しつぶしたりしないようにしないと……。


「当店をご利用頂くに当たりましての注意事項をなっております。ご了承頂けたらチェックをお入れになって、最後にご署名をお願い致します」

 注意事項には色々と書かれていた。それでも淑女、紳士Ladies&Gentlemenならごく当たり前のこと。


 例えば

 ・店内での撮影、SNS及び携帯電話、パソコン、筆記用具の使用を禁止。通話については電話ボックス内で。


「すいません、筆記用具ってなんで禁止なんでしょう?」

 私の質問にコンシェルジュさんは

「店内で執筆やスケッチをされる方がいらっしゃいますので、他のお客様のプライバシーの為と、消しゴムのカスなどが飛び散って他のお客様のご迷惑になるからです」


「本を読むのはどうなんでしょうか?」

「それはかまいません。ですがタブレットの使用はお控え下さい」

 なるほど、絵描きさんが執事さんや店内の様子を描いたりするのか。

 タブレットもペンを使えば絵が描けるし、カメラで写真も撮れる、徹底しているな。


 ・店内では節度ある声での会話を推奨。

 ・例え知人でも、他の席のお客様への声かけの禁止。

 ・従業員への過度の接触、会話の強制、プライバシーの設問の禁止。

 ・従業員の出待ち、同伴入店、オフの従業員への声かけ、写真撮影等の禁止。 


 ここまでくると執事さんはもはやアイドルだ。逆を言えば、淑女にとってそれこそ禁を犯したいほどの魅力がこの店や執事さんにはあるんだな。


 あと、支払いはクレジットカードかデビッドカードのみ。二十歳以上しか会員になれないから、本当に淑女、紳士向けなんだな。

 織音さんはインクがつかないようそでをまくってチェックしている。署名が終わってコンシェルジェさんに手渡すと、


”パチンッ!”


 指を鳴らすと同時に、カウンターから二つのおしぼりを持った別の……っていつの間にかカウンターに別の人がいる。確かに私たちの相手をしている間、無人にするわけにはいかないよね。


「確かにお受け取り致しました。会員証を作るに当たって写真撮影を行います」

 織音さんも私も座ったままデジカメで写真を撮られる。よかった、パーティードレスで。


「な、なんか、これだけのことで、すでに緊張しています」

「いや織音さん、さきほどの”どうれぇ~”はどこいったんですか?」

「あ、あれはコイツウンベルトが言ったことですよ」  

 そんな会話をしている間に会員証ができて、ようやく入店と相成った。

 コンシェルジェさんがドアを開けながら


「では、当『Dragon's Tail』を存分にお楽しみ下さいませ」


 目に、いや、体の表面を包み込んできたのは、地下にもかかわらずお日様のような暖かい光。

 耳に、いや、体内に注がれたのは


『『『『いらっしゃいませ。真里奈まりなお嬢様、瑠夏るかおぼっちゃま』』』』


 左右に赤、青、黄、緑のタキシードを召した執事さんが二人ずつ、正面にちょっと年長っぽい白のタキシードを召した執事さんから、ピッタリ息の合った出迎えの言葉だった。

 つい今し方会員証を作ったばかりなのに、もう名前で呼ばれるなんて。


 白のタキシードの人から店内の角の席へと案内される。

 それだけで私の足取りはふわふわして、地に足が着かないって言葉を生まれて初めて実感した。

 私が壁際の席を引かれ腰を下ろし、その前を織音さんが座る。


「真里奈お嬢様、瑠夏お坊ちゃま。本日は当『Dragon's Tail』へお越し下さり誠にありがとうございます。わたくしは家令ハウス・スチュワードを任されております『ティアマト』と申します。ご注文が決まり次第、こちらのベルでお呼び下さいませ。では、失礼致します」


 ウェイトレスの私だったら何回舌を噛むかわからない口上をスラスラと、それでいて微笑みを交えながら暖かみのある言葉で述べると、胸に手を当て一礼し、颯爽さっそうと席を離れていった。


 すでに口の中がカラカラな私はすぐさまお冷やを口に含んだ。

「あ、おいしい」

「お冷や一つにもこだわっていますね。ミネラルウォーターは冷たすぎずぬるすぎない温度です。下手に氷を入れるとグラスの周りが結露けつろをおこして、テーブルが濡れてしまいますからね。おっと、時間が限られていますから早く注文しましょう。もちろんおごらせて頂きます。カードもちゃんと持っていますので」


「あ、ありがとうございます。なんか、奢ってもらってばかりで」

「気にしないで下さい。淑女にご馳走するのは紳士の誉れだと、ウンベルトも常々言っていますから」

 例えお世辞でも、淑女と呼ばれて喜ばない女はいない……と思う。


 さっそく一つの品に英語、フランス語、日本語と書かれたメニュー表を、穴が空くように眺めている二人。

 さすがにコーラ関係はない為、織音さんはジャワティー。私はオレンジペコー。

 え? 産地はどこだって? 聞いたことのない地名です。


 すると突然、お嬢様が!

(この『Dragon's Cauldron(ドラゴンの大釜)』にしなさい』)

”え? え~と……はああぁぁぁぁ!? なにこれぇ!? 縄文土器のような特大のクリスタルボウルに入ったパフェじゃないの!?”


(店の格を知る一番手っ取り早い方法は、一番高い品を食べればいいのよ)

”いやいやいや、いくら織音さんのおごりでも、これ一つで税を入れれば万超えるのよ!?”


(それぐらい払えるでしょ? ウン十年前のこの国の女なんて、車、食事、プレゼントと男を使い分けていたのよ)

”その前にメニューには

『材料不足でご用意できない場合がございます』

って書かれているしぃ~!”


(なに言っているの? だったら次に高い品を注文すれば済むことよ。貴女はそんな機転も利かせられないの?)

”ぐぬぬぬ!”


「青田さん、どうかされましたか?」

「あ、あの、実はお嬢様が……(く斯く然々しかじか)」

「……」

 織音さんは顎に手を当ててなにやら考えている。着物姿だし、こんな真剣な顔を見たのは初めて。なんか別の一面を見たようだ。


「さ、さすがに無謀ですし、そこまで織音さんに甘えるわけには……」

「わかりました!」

「え?」


”チンッ!”


とすぐさま織音さんはテーブルに置かれたベルを人差し指で軽やかに……押した。

 ええええぇぇぇぇぇ!

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