第13話 Twin Madam

 こうなったら開き直りだ! どうせ誰も知り合いはいないんだ! 痛い女としてしばらくの間、SNS界隈で炎上もやされるだけだ!


『……あなた方のお気持ちはよくわかりました。ですが、わたくしに謝られても筋違いですわ』

 隼さんが「で、ではどのようにすれば……」


『そうですわね……この一帯の机を飛びこえた無礼を働いたのなら、せめてものお詫びに他のサークル様の作品のアピール、並びに販売のお手伝い、その他雑用を行いなさい。ただし無理強いはだめよ。必ず相手様の了承を得るようになさい』


『『『『御意! マルゲリータ様!』』』』


 えええぇぇぇっ! 今度は四人そろって片ひざをついてひざまづいたぁ!


 ……あれ? 私の名前ではなく、マルゲリータって?

 なんで私の中のマルゲリータさんをみなさんが知っているの?


 あと、みんな左ひざを立てている?

”これってなんか意味があるんだよね?”

(騎士の礼の仕方よ。左ひざを立てると左腰にある剣が抜きにくいからね)


”はぁ~。今まで何気なしに読んでいたけど、こんな意味があったのね”

(ホントあきれるわね。貴女が試し読みした大罪の書の中にもこの描写があったから、この時代この国でも騎士道精神が残っているって感心していたのに……まさか大罪BLの内容に夢中で気にしていなかったとか?)


”面目ない……”

(言いたいことは山ほどあるけどまぁいいわ。殿方をいつまでも座らせておくわけにはいきません)


『さぁおいき! わたくしのかわいい下僕たち!』

『『『『oui Mademoiselle Margherita!』』』』


 まるで忍者のように散っていった四人。

 それを見届けると、私の体は机の上に両手をついた。


(お体をお返しするわ。もっとも、もう一度彼に背中から抱きしめられたかったら、お望みどおりにしてさしあげますけどね)

”このまま返して!”


(強がらなくてもいいのよ。フフフ……)

 声が消えると同時に、私の魂にウン十キロの体重がのしかかってくる。

「……!」

 すぐさま両腕両足に力を入れるけど、腰が砕けるように膝をついてしまった。


「青田さん!」

「だ、だいじょうぶです。だいぶ……慣れてきましたから」

 織音さんが机の下をくぐってきたけど、さすがに公衆の面前で二回も後ろから抱きしめられるのは!

 力を入れて、机をよじ登るようにしてなんとか立ち上がろうとしたけど、まぁいいか……このまま机の下を潜れば。


 織音さんが用意してくれたパイプ椅子いすに何とか座ると、後の四人はこのエリア一帯をかけずり回って他のサークルの方々のお手伝いをしている。


 白鳥さんは

禁忌タブーこそ、二人の愛をからめる堕天使からの祝福ブレス! それは神ですら断ち切ることのできない、官能のくさり! さぁ! こちらの


『兄が好きなのは弟のお前だけだ!』


をお読みになって、貴女も悦楽の虜になり、ご一緒に楽園エデンを追放されましょう!』


 め、目黒さんは

『壁ドン! 股下膝またしたひざドン! 脚ドン! さらに地面に押し倒して前から後ろからドンドンド、ドン! と何でもござれだぁ! 欲しいものは力で手に入れる! これがおとこの生きざまよぉ! 社長! 上司! 先輩! これら強い男にねじ伏せられる主人公が見たければ、この……え~と


Wild Wish Warningワイ……ウイ……ワァ~


を読めってんだぁ!』


 い、乾さんは

『愛する者同士、言葉はいらない。ただ、相手を欲する欲望と息吹があればよい。こちらの


『危険で沈黙な情事』


では、無言で見つめ合い、吐息で愛を語り合う二人、情事における男同士の熱い息づかいが如実に描かれている傑作である!』


 えっとぉ……隼さんは

『美しさ。ただそれだけで罪。この主人公は僕に似ている。美しさに惹かれる五人の猛禽もうきんは、劣情の赴くまま、ボロぞうきんになるまで主人公をついばむが、傷つき、うち捨てられてこそ、主人公の美しさはより際立ち、輝くのである。あぁ、この


『これ以上のはずかしめにうのを、僕はまだ知るよしもない』


の主人公をこの僕だと思って、貴女の妄想で存分に僕を陵辱してくれたまえ!』


 ……開いた口がふさがらないって、こういうことをいうんだな。


(でも素敵な”さえずり”ね。思わず読んでみたくなっちゃう)

 ”でたなエロエロお嬢様”


(あら、目の前の殿方を”放置プレイ”して、私にかまっている暇があるのかしら? フフフ……)

 いつの間にそんな言葉を。


「あ~なんか、接客業とはいえ、みなさん慣れていらっしゃいますね」

「ええ、現に”参加者”の方々も集まっています」

 ”お客さん”じゃなく”参加者”だなんて、織音さん、すっかり順応しちゃったんだな。おっと、本題本題。


「あ、あの織音さん、やっぱりその、いきなりお店で働くってのは……」

「え? ああ! そうか、青田さん働いていらっしゃるのですね。そうですよね。僕ったらつい、出過ぎた真似を」

 ううん。それは問題ない。でも、私には”その資格がない”だけ。


「あ、いや、そうではなくて、その、お店の店長さんとか、オーナーさんに許可もなく勝手に話を進めたら……」 


『あんれまぁ~”シロちゃん”や。うちの”ひよこ”ら~、こんなところであそんどるだがね~』

『”コンちゃん”。よ~みんしゃい。女の子ら~の手つだぁ~をしとるがや』


 背中から聞こえるおばあちゃん達の声。

 振り向くと……誰もいない。ええっ! あ、脚が見える。机で隠れていたんだ。


『ま、マダム!』

 ”ガタッ!”と織音さんはいきなり立ち上がった。

 せっかくだ。机で顔が見えないから私も立ち上がろう。


「ありゃやんだ、マ○ダムだなんてな~。あたしゃ爺さんとちごうて、おひげなんか生えてにゃ~で~。ひゃっひゃっひゃっ!」

「なにいっとりりゃ~すのコンちゃん。”まだむ”はぁ~”ねぇ~↓さま↑”って意味だぎゃ~。ええかげん”ええご”をおぼえなかんよぉ~。はぁっはぁっはぁ!」


 なにも言えず、ただ立ち尽くす私。

 よく見ると……双子? でも、失礼だけどシワが多すぎてそう見えるだけかな?


「んん~。おっじょ~さんが”まるげりいた”ちゃんかや?」

「あんらほんと~だがやぁ~。”かるら”ちゃん、よかったでなも」

 ええっ! まだなにも言っていないのに!


 お二人は机の下をくぐると、中へと入ってきた。

 織音さんにならって、私もパイプ椅子を勧めるけど


「ええでええでぇ! わきゃ~もんのじゃま、しにゃ~からよ」

「でもせっかくだで~、膝の上に座らせてもらおうかにゃ~。はぁっはぁっはぁ!」

 椅子に座り直した織音さんと私の上に、おばあちゃんが座った。

 すごい絵面えづらだ……。


「え、えっとぉ~青田さん。紹介します。こちらの、僕の上に座っていらっしゃるのが、喫茶店のオーナー兼店長の《金剛こんごうさん》。青田さんの上に座っていらっしゃるのが、バーのオーナー兼店長の《白銀しろがねさん》です」

「あ、初めまして、青田です」


「……で、よろしかったんでしょうか? マダム」

「ああ~もうどっちでもええんよ」

「昔は爺さま達でも区別がつかんでよ~はぁっはぁっはぁ!」


 ……だいじょうぶかな。

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